神の御言の仰せのままに
北見 柊吾
御言
ある時、私は運良く神とお話しする機会をたまわりました。思想やモノの考え方など、私は神からさまざまなことをお教え頂き、さまざまなことを学ぶことができたのです。
そのはじまりはほんの些細なことでして、生きる希望をなくしていた私は神に救われたのです。この世に溢れた地獄と変わらなかったであろう私の世界は、正義のように差し伸べられたその手によってすべてが光に満ち溢れました。まるで日も落ちかけた夕方に蛍光灯が私の周りを照らすような、そんな感覚でした。
私は神に深い信仰心を持ってお仕えしてきましたので、神は折に触れ私に優しく、他の信者以上の扱いをしてくださいました。私は大変喜びました。私の信仰心にきちんと神は気付いてくださったのです。時間こそかかりましたが、やはり神は正しいのです。私はその時、神にさらなる信仰心を誓ったことを覚えています。私は、神に敬愛を示し続けていたのです。
神は私にさまざまなことをお教えくださいました。世界の創造から、この世界の終焉まで。なぜ戦争が終わらないのか、なぜ我々は生きているのか。本当に何から何まで神はお教えくださいました。その話のほとんどが、私が初めて聞く話ばかりであったので、私はいつも驚きました。神の話す物語は今まで私が常識と考えてきたものとはかけ離れていましたから。
神は実に多くのことをお教えくださったのです。そのなかのひとつに──いえ、最後の教えと言ってもいいでしょうが──幸か不幸か、という話がありました。
私はとても不幸なのだ、と突然神はおっしゃいました。その表情はとても悲しげでありまして、それを見ていた私は不躾ながら同情いたしました。
「はて、これだけの人々に救いの手を差し伸べているのです。あなたはさぞ幸福なのではないのですか」
「そうだといいのだけれど、世の中はそんなに上手くまわすことのできるものではないのだよ」
私の素朴な疑問に神はただ笑っていらっしゃいました。崇高な方です。やはり私よりも多くのことを考えていらっしゃるのでしょう。
「神というこの職業は、確かに人に幸福を与える仕事だ。そのことには間違いない。しかし、その一方で不幸を見捨てる仕事でもある。分かるかい?自らの幸福を分け与えて不幸を見逃す。私の幸福は減っていく。私の不幸も増えていく。そういうわけで私は不幸なのだ。神は人の幸福と不幸を支配しているのだ。その分、神は不幸に作られているのだ」
私はほほぅとおもわず唸りました。なるほど上手くできているものです。しかし、私には新たな疑問がうまれました。
「では、あなたは最初、誰よりも幸福であられたのでしょうか?」
神はずっと微笑んでいました。
「そうかもしれない。しかし、誰よりも幸福なことは誰よりも不幸なことだろう」
私は神に対して、いままでよりもさらに敬意の念を持とうと決めました。
「あなたは、やはり最も素晴らしいお方なのですね」
「さぁて、どうだろう。私は最も素晴らしい者なのか、最も下劣な者なのか。尤も、決めるのはその人次第だろうね」
「そうですか」
私は神の御言を一言一句聞き漏らすことなく聞いていました。そのうえで、私には申し上げるべき言葉がありました。
「しかし、私にはあなたが最も下劣な者に思えるのです」
「はてさて、何故だろうか。ぜひとも、そう考える訳を教えてくれないか」
「ぜひとも進言いたします」
私は喜びました。この時ほど胸が高鳴ったことはありません。神に私の考えを聞いていただけるのですから。ここまで苦労した甲斐があったというものです。
「あなたは、神様でいらっしゃいます」
「あぁ、そうだよ。私は神だ」
「あなたは神様であるがゆえにどんな人間や生物よりも優秀でいらっしゃいます」
「そうだなぁ、まさしくその通りだ」
「神は私達にお教えくださいました。私達人間は皆、神のもとに平等であると」
「まさしく」
神様はにこやかに仰られました。
「その通りだよ、お前は本当によくわかっているね」
私はその言葉にさらに高揚しました。やはり神は私に対して心を開いてくださっています。
「それでは、何故」
私の気持ちが高揚していたことに違いはありません。しかし、私の言葉に間違いはありませんでした。
「何故、神様という方はいらっしゃるのでしょうか」
「ふむ」
「神様の元に我々は平等です。では何故、神様という存在はいるのでしょうか」
「どういうことだね?」
「拙い言葉で申し訳ありません。所詮、私は人間ですので、言葉も足りないところばかりでして」
「構わないよ。説明してくれ」
神はやはり優しく仰ってくださいました。
「はい、神様は我々人間よりも上の存在でいらっしゃいます。神という完璧な存在がいるせいで、我々は完璧を求められ、足りないことに劣等感を覚えねばならないのです」
なるほどねぇ、と神は笑っていらっしゃいました。
「神は人間を凌駕した存在だ。そもそも、目指すものでもないよ。言うなれば、役割が違う。私のようになりたいと思うことは向上心があって素晴らしいことだとは思うが、到達できないことは至極当然のことだ。そこに劣等感を覚える必要はないんだ」
「なるほど、そうだったのですね」
私は納得しました。やはり、神は私達のような下劣な人間とは違い、神の言葉をお借りするならば、凌駕した場所にいらっしゃるのです。いやはや、これはさすが神だとでも言いましょうか。
「それでも、私にはまだわからないことがあるのです」
不躾な私の言葉も、神は優しく黙って聞いていてくださいました。
「神様は全知全能だと言います。それでは、なぜ人間という欠陥品をあなたは作るのでしょうか?」
それは、何年も抱えていた私の素朴な疑問です。
「神が全知全能であるというのなら、人間を作ったというのなら、欠陥品を作ってる時点でその神を名乗る者は偽物に過ぎないのではないでしょうか」
「屁理屈だね」
「そうでしょうか」
私は語気を強めました。軽く受け流そうとした神に対して、私は食いつきました。神はいつでも私達の愚かな質問に対して真摯に対応くださっていたのです。受け流そうとすることはありませんでした。私は、違和感がありましたが、いままであれほど優しかった神が答えてくださらないはずがありません。
「神様は、わざわざ間違いを犯す人間という存在をお創りになられました。あなたはかつて私達が生きるうえで抱える苦難を試練だ、と仰いました。では神様はなぜ、試練を与えたがるのでしょう?」
神は、優しく微笑みなさいました。その微笑みは、まるで表情を思い出したかのようにそのご尊顔に戻ってまいりました。
「その質問は簡単だよ。答えてあげよう。乗り越えなければ、成長なんかできやしないからね」
「なるほど、素晴らしいお言葉です」
私はやはり感心しました。神はしっかりと私達人間のことを考えておられるのです。なんとも慈悲深いお方なのでしょう。
「しかし、傲慢ですね」
私は神の冗談に笑いました。神の顔から笑みは消えていました。
「詐欺師の語り口調が板についていらっしゃいますが」
私は、神に笑いかけました。
「あなたは先ほど、ご自身で『神という職業は』と仰いました。神は職業などにございません。先ほど、ご自身で仰られていた通り、神は人間を凌駕した存在ですから。では、『職業』とはなんなのでしょうか」
神は、屁理屈だ言い間違いだよ、と戯れ言を仰っているように見受けられましたが、私の耳にはその安っぽい言葉は届きませんでした。
「あなたは神という存在を利用し、弱い人間で遊んでいるに過ぎない」
私ははっきりと申し上げてみせました。しかし、これは私の信仰心の表れです。なにも、神を否定したい訳ではありません。私は、誰よりも深い神への信仰心を持つがゆえに神へ助言をするのです。
「人々を助けるように見せかけて、あなたは自分が作りだした欠陥を体のいいようにごまかし、自らの過ちをひた隠しているだけではないでしょうか」
神は私が熱心に話しはじめてから、表情を殺していらっしゃいました。その御顔からは何も読み取れませんでしたが、神のことです、なにか崇高な考えを抱いていらっしゃることでしょう。
「あなたは全知かもしれない、しかし神にはなりきれていない。全能ではない、偽の神でしょう」
そこまで神は私の発言を聞き、いえ、途中でさえぎりお怒りになられました。さも、私に信仰心がないというふうに仰られ、私を追い出しました。
そうして、私は破門にされたのです。
*
私はショックで仕方ありません。ショックという言葉だけでは足りません。あれだけ、信者の言うことを親身になって聞いてくださっていた神は私の意見を突き放し、お怒りになったのです。そう、お怒りになられたのです。
おかしな話です。私は誰よりも献身的に神に仕えていました。いつしか神が仰ってくださった、すべての人間が救われる世界へとこの世を変えるという深淵なる目標のために、私は尽力いたしました。
あの神はやはり「全知全能の神」ではなかったのです。私は神に、そして自分に呆れました。神にあれだけ尽くして仕えてきて、私の努力はなんだったのでしょう。私はなぜあの神を信じていたのでしょう。
あれ以来、私は神を信用することが無くなりました。破門された身ですので、お会いすることもできませんし、他の信者達とも疎遠になりました。私の生活は元に戻ったのです。思えば、私の考えは正しかったのです。神などはこの世にいないのです。この世に存在し得るのは、無い神に都合よくねだる下劣卑怯な人間と、神を名乗って人を騙すペテン師のみでございましょう。
あぁ、つまらない世の中です。本当に神様がいらっしゃるならば、この世界をなんというのでしょう。呆れてお笑いになられるのでしょうか。果たして、私達に手を差し伸べてくださるのでしょうか。
神の御言の仰せのままに 北見 柊吾 @dollar-cat
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