第6話『夏休み』
夏の日差しがギラギラ照りつける7月。
教室で騒いでたグループの中で、あまり喋らないタイプの加奈子が突然みんなに提案した。
「夏休みにただ単に集まるんやのうて、浴衣や甚平来て集まろやあ」
横で聞いていた俺は悪くない提案に思えたが、なぜかみんなの反応が良くなかった。
「だってさ、浴衣着ると汗疹が凄くない?」
「暑かとにそんなん着たくないやろ」
そんな意見に『おいおい、浴衣着たら暑いってなんだよ。涼むための浴衣やろ』などと考えながら聞いてたわけだが、結局普段着でいいやろって話になった。反対したやつらもお祭りの時は浴衣着る癖になんで着たがらないのか考えてたが、女の考えることはよくわからん。
放課後部活が終わって帰る際に下足箱のあたりに加奈子を見つけて声をかけた。
加奈子と俺は幼稚園からの腐れ縁という感じだが最近はそんなに話すタイミングもなくて疎遠になっていた。同じマンションに住んでいるから、昔はよく遊んだのに中学あたりから喋るのが気恥ずかしくなってきたのは変な感じだ。
「加奈子がいうてた浴衣、あれ面白いて思うけどな」なんとなく話題がないのを誤魔化すようにしゃべった。
「啓ちゃんそりゃ難しいとよ」
加奈子が訳知り顔で答える。
「なんでや?みんな祭りの時は浴衣着るやろ?」
「そりゃあ浴衣着るんは特別やからね」
意味がわからん。
不満そうな俺に加奈子がニヤリとしながら
「そげんこともわからんとか、啓ちゃんお子ちゃまやね」とドヤ顔で言う。
「うるせ!」と答えたものの、加奈子が楽しそうに笑ったので、それで満足だった。
また少しの間黙って歩いていたら、今度は加奈子が話しかけてきた。
「来年受験やね。どこ行くん?」
「あー、俺勉強できんから専門学校かな」
「そうねえ、私もどげんしよかわからん…」
「加奈子頭いいやろ?大学いくんやろ?」
加奈子はよくわからないため息をついて
「色々あるとよ私も」とだけ言った。
夏休みが始まり、しばらくは男友達と家でゲームしたり海に泳ぎに行ったりとダラダラ過ごしていたが、たまに加奈子を見かけても、塾通いで遊ぶ暇はないらしかった。
帰宅すれば母親がいつものように勉強しろとうるさいからやってられない。「アンタも加奈子ちゃん見習ってちゃんと勉強せんと痛い目みるよ!」これが母親の常套句だ。
「俺は専門学校行くっていいよろうやん。加奈子と一緒にされたら困るんよ」毎回返事は同じだ。
「ほんとうちの息子の頭が加奈子ちゃんの半分もあればいいのに」母親は呆れ顔で吐き捨てる。
「そういえば加奈子ちゃんちのお母さんはこないだ病院の前で見かけたけど、身体でも悪いんかねえ」母親の話にふと加奈子の言葉を思い出した。
「色々あるとよ私も…」
数日後近所で小さなお祭りがあり、数人で遊びにいく事になった。集合場所に行ってみると、一人だけ浴衣を着た加奈子が立っていた。
「やっぱり私だけやったね」照れ笑いする加奈子。「ああ、そうやね」少々気まずさが残り、俺は目をそらした。なんで俺は甚平着て来なかったんだろうか。
たくさんの出店でたこ焼きやかき氷を買いながら神社までの参道をみんなで歩いた。同級生も数人見かけ、集まった仲間達も適当に時間を潰していた。ふとみると、加奈子は水鉄砲を買っていた。
「子供かよ」加奈子に言うと、加奈子は水鉄砲を構え「お子ちゃまに言われたくなかよー!」と俺に水をかけてきた!
「あ!ちょやめろって!」手で水を防ごうと慌てる俺を見てケラケラと笑う加奈子。「そっちがその気なら俺も水鉄砲買ってくる!」俺はすぐさま水鉄砲買ってきて反撃しようとしたが、加奈子はもう神社の境内まで行ってしまったようだ。
仕方なしに俺は神社で加奈子の水色の浴衣を探す事にした。行き交う色とりどりの浴衣をひとりひとり目で追うと、遠くの木陰に水色の浴衣が見えた。不意打ちをしてやろうと思い、そうっと加奈子に近づく。あと10メートル…5メートル…
突然加奈子がこちらに水鉄砲を向けて撃ってきた。慌ててこちらも加奈子を撃つ!
「ああもう、浴衣濡れたやん」不平を言う加奈子。「仕掛けたのはそっちやろ!」「いいやん啓ちゃんはTシャツやけん」そんなやりとりをしていたら、幼稚園の頃を思い出した。
一瞬の隙をついて加奈子がまた水鉄砲で俺の顔をびしょ濡れにし、またケラケラと笑う。今日の加奈子はおかしい。祭りで妙なテンションになっているんだろうか。
「お前さ、ちょっと調子乗りすぎやろ!どしたん?」口をとがらせて文句を言う俺に「ごめんごめん!啓ちゃん面白かけんいじめてしもた」まだ笑いながら失礼な事をいうやつだ。
「お前さー、俺をなんやと思ってるんよマジで!」さらに口を尖らせながら不満をもらす俺に、「怒らんでー、謝るけん」と手を合わせる加奈子。その顔に水鉄砲を噴射して一言「馬鹿がみーるー!」仕返し成功!結局お昼過ぎまで二人水鉄砲で遊ぶ俺達。高校生になってまで何やってんだ。昼過ぎに加奈子は家の用事があるからと帰宅し、他の連中も夕方まで遊んだ後に帰って行った。
その夜は部屋の窓から外を眺めながら、昼間の加奈子を思い出していた。あ…浴衣の事誉めれば良かったな。休み明けに加奈子に会ったら言ってやろうかな。遠くでロケット花火がけたたましい音を立てながら夜空に消えたが、静かになっても俺はしばし眠れなかった。
夏休み明け、学校に行ってから教師に聞いた話では、加奈子のお父さんがガンで亡くなり、残された家族は母方の親戚が住む東北に引っ越したそうだ。それから俺は宣言通り専門学校に進学し、社会人になった。職場の同僚と結婚して家庭も持っている。
しかし、高校二年の夏休みは今でも抱えきれないたくさんの後悔とともに、大きな忘れ物としてずっと心に取り残されている。
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