第5話『振り子』

(1)

千豊かずとよ居酒屋いざかやで仲のい数名の友人達とんでいた。なんでも女友達の真由美まゆみ有紀ゆきが彼氏と別れたために、二人をはげまそうというのがみ会の主旨しゅしだった。


千豊かずとよ真由美まゆみの隣に座り、「まああれだよ。お前ら二人ともすげえいい女って事は俺が一番わかってるからさ。すぐに次の男見つけれるから気にすんな。俺ももし彼女と別れたら真っ先にお前と付き合いたいくらいなんだから」と励ました。


それを聞いた真由美まゆみ途端とたん満面まんめんの笑みで

「え?千豊かずとよ今彼女と別れたって言った?」と聞き返した。


「は?違う違う。もし別れたらお前と付き合うって言っただけだ」千豊かずとよは慌てて訂正ていせいした。

「なーんだ…」また真由美まゆみ表情ひょうじょうかげりを見せる。千豊かずとよは先程の表情の意味を考えながら、彼女の中の女の顔を垣間かいまた気がして、少し寒気を覚えた。


千豊かずとよの親友である直也なおや真由美まゆみを好きだという事を彼は知っていた。

「なあ千豊かずとよおれ真由美まゆみが好きなんだよ。手出さないでくれよな」よりにもよって直也なおやから直接念を押されていた千豊かずとよは、真由美まゆみへの好意をずっと押さえつけている。


遅れて合流してきたのは喜美枝きみえだった。喜美枝きみえは到着するなり真由美まゆみ千豊かずとよの間に割り込み、猫の真似をしながら千豊かずとよにじゃれてきた。

千豊かずとよくんお久しぶりにゃ〜、またカラオケ一緒に行こうにゃ」

喜美枝きみえが来ると巨乳好きの直也なおやのテンションが上がる。

「おおお喜美枝きみえ。相変わらず乳でかいなお前」


喜美枝きみえ千豊かずとよの高校時代の先輩と付き合っていた。有紀ゆきとは同じ高校だったので、いつの間にか千豊かずとよのグループと遊ぶようになっていた。

先輩は高校の頃からイケメンとして名前が知られていて、喜美枝きみえがイケメン好きだという事がよくわかる。男の千豊かずとよですら、先輩と正対すると「あきれるくらい綺麗な顔してるな」と感心してしまうほどだ。


喜美枝きみえは男好きのするタイプで、男達からは人気があり、最近は特に千豊かずとよがお気に入りだったようで、おもむろ千豊かずとよひざに座ってベタベタと甘えてくる。毎回まいかい千豊かずとよの家に泊まると駄々だだをこねては、有紀ゆきに引っ張られて帰るのが定番となっている。


千豊かずとよとしても先輩の彼女だから極端な接近は警戒していたが、喜美枝きみえは見た目もいいし胸もでかい。これは真由美まゆみなんかは貧乳だから全くかなわない。有紀ゆきに至ってはどちらが背中か胸かもわからないほどだ。だから巨乳好きな直也なおやなどは千豊かずとよ喜美枝きみえに抱きつかれるたびにうらやまましがる。


(2)

次の日、千豊かずとよ有紀ゆきの部屋に遊びに来ていた。

有紀ゆきは相変わらず失恋から立ち直れなくてベッドで泣いていた。千豊かずとよ有紀ゆきのベッドに潜り込み、有紀ゆきを抱き締めて慰める。

「ちょっと…入ってこないで」

「うるせえ、俺がお前に欲情するって思ってんのかよ、まな板の癖に!いいから黙って寝ろ」

有無を言わせず抱き締めると、頭を撫でて話しかける。

「明日休みなら気晴らしに街に遊びにいくか?二人きりが嫌なら誰か誘ってさ」

「誰を?明日あした真由美まゆみちゃんは仕事だから来れないよ」

「なら喜美枝きみえは?」

喜美枝きみえは駄目!」有紀ゆきは強い口調で言い放った。


「あの子すぐに他人ひと彼氏かれし誘惑ゆうわくするから嫌い。喜美枝きみえってあの悪い癖あるでしょ。私の元彼にもちょっかいかけてきたんだよ」

その言葉に千豊かずとよは戸惑った。普段あんなに仲良さそうにしているけれど、裏に回った時の女の本音には少しついていけないかもしれない。

「ああ、確かにあれは悪い癖だな。わかったからもう寝ろ」そう言ってなだすかし、

結局二人はそのまま寝てしまった。


(3)

翌日よくじつ千豊かずとよは仕方なく有紀ゆきと二人でデートに行ったが、帰りに真由美まゆみ達と合流していつもの居酒屋で酒を呑んでいた。すると有紀ゆきのスマホに喜美枝からの連絡が入った。


最初は渋った有紀ゆきだったが、電話口で喜美枝きみえが泣いていた事もあり、結局合流する事になった。

しばらくしてやってきた喜美枝きみえの顔には大きな青アザが出来ていた。彼女の素行に激怒した彼氏が殴ったのだと言う。


喜美枝きみえは来るなり千豊かずとよに抱きつき、いつものように膝に乗って泣き始めた。千豊かずとよは頭を撫でて宥めようとしていた。すると喜美枝きみえは徐に千豊かずとよまたがるように向き直り、耳元に顔を寄せて「千豊かずとよくんの匂い嗅ぐと落ち着く」と言いながら千豊かずとよの服の中に手を突っ込んで、彼の乳首をまさぐり始めた。


「また始まった。喜美枝きみえの悪い癖」千豊かずとよは思った。酒も飲まずに喜美枝きみえは色んな男に場所も弁えずこれをやる。このくせが治らない限り、喜美枝きみえはまた彼氏に殴られるのだろう。

実際、彼氏である先輩も所構わず服を脱がされ、人前で乳首を撫で回されているのを千豊かずとよは何度も目撃している。ああなると折角のイケメンも台無しだった。


「私男の人の乳首を触ると落ち着くんだにゃー」

「ちょやめろ。お返しに乳揉むぞ」

「いやん触らせないにゃ。触るのは私だけだもん」

やめさせようと喜美枝きみえの胸を触ろうとしても軽めの抵抗しかしない。

むしろ喜美枝きみえは嬉しそうで、これでは端から見たら文字通り恋人同士の乳繰り合いでしかない。Dカップの胸が揺れて、千豊かずとよの正気もぐらついた。


喜美枝きみえ辞めろ!俺も彼女居るし、それに…」

それに今目の前に真由美まゆみがいるのだ。

真由美まゆみは少し微妙びみょうな顔で俯いている。


「それに…お前もまた彼氏になぐられたくはないだろ?」

なんとか喜美枝きみえを引きがし、頭をでて落ち着かせた。


(4)

一週間後のある日。その日は真由美まゆみが珍しく休みであったから、昼過ぎから千豊かずとよ真由美まゆみの家に上がり込んでいた。まだ春先であったから、炬燵こたつが出されており、二人で炬燵こたつに入ってミカンを食べた。他の連中はまだ仕事だから、夕方まで待って呑みに行くのだ。

「あれ?真由美まゆみんちの父ちゃんは?」

「今日は法事で帰りは遅いよ」

「ふーん」


千豊かずとよ興味きょうみ無さげに答えたが、真由美まゆみ炬燵こたつの中に肩まで潜り込んだ拍子ひょうしに彼女の足が千豊かずとよ身体からだに触れてドキリとした。

「おい!お前の臭い足が当たってんだけど」

「はあ?ここ私んちなんだから文句あるなら出てけ」

そう言うと真由美まゆみは足をバタつかせて千豊かずとよ炬燵こたつから蹴り出す。

「お前巫山戯ふざけんなよ」千豊かずとよ炬燵こたつに頭を突っ込み、真由美まゆみの足を捕まえて足の裏を散々にくすぐった。

「ぎゃー!辞めて降参降参」二人ともゲラゲラ笑った後、千豊かずとよ真由美まゆみの側に顔を出して真由美を見つめた。

「ちょっと引っ付かないで、ここ狭いんだから」真由美まゆみ千豊かずとよの顔を手で抑えて炬燵こたつの中に押しもどそうとする。

「いて!やめろ痛い」千豊かずとよ真由美まゆみの手を払いのけると、

「ったく…仕様が無いなあ」真由美まゆみは食べていたミカンを一切れ千豊かずとよの口に詰め込んだ。


真由美まゆみ。寝るのか」

「うん。まだ時間あるし、千豊かずとよと遊ぶときは朝までコースだし」

「なら俺が腕枕うでまくらしてやるよ」

「はあ?いらないし」

「いいから寝ろよ」千豊かずとよ真由美まゆみの頭を無理やり自分の腕に引き寄せる。

「もう面倒臭いなあ」真由美まゆみはそう言うと素直に千豊かずとよの腕に顔を埋めた。

「文句言うな。いい加減にしないとまたいつもみたいにお前の貧乳を力一杯揉みしだくぞ」

「貧乳言うな馬鹿千豊かずとよ


(5)

真由美まゆみはすぐに寝息ねいきを立て始めた。こいつはいつも自分が道化役どうけやくになってみんなを楽しませようとしているけれど、その癖いつも泣いている。喜美枝きみえなどは誰からも好意こういを寄せられるだろう。むしろ千豊かずとよにしてみれば、不器用な真由美まゆみの事が気になって仕方がなかった。


思えば俺はなんでこんな中途半端なことをしているんだろうか。真由美まゆみや喜美枝に対しても有紀ゆきにも中途半端な距離で接している。彼女がいるからと言えば聞こえがいいが、何人かの女友達の間を振り子のように揺れながら右往左往しているだけだ。


おそらく喜美枝きみえとは別に体の関係になっても構わないのかもしれない。自分と喜美枝きみえの関係が現状から変わっても、あまり後悔することはないだろう。なんだったら体の関係になった後で二度と会えなくなっても構わないとすら思う。だが千豊かずとよは真由美だけにはそんな事を出来ずにいた。


振り子のひもを断ち切ってそのまま真由美まゆみを抱きしめたい。そんな欲望が頭をよぎったが、しかし二人の今の関係を失う事が何よりも怖かった。千豊かずとよ真由美まゆみくちびるに触れようとした手を引っ込め、静かに彼女の寝顔ねがおながめていた。


真由美まゆみ突然千豊かずとよ上腕じょうわんに鼻をこすり付けるような動作をしてつぶやいた。


千豊かずとよ…汗臭い」

「うるせえ、寝ろ」

「うん…」



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