カップヌードル
高揚感に包まれた、夜が恋しい。待ち遠しい。
逢魔時、逢うのはある意味『魔』なのかもしれないけど。
* * *
翌日の深夜二時半。
外に出ると風が吹き付け、Lサイズのパーカーの襟元から冷気が入ってくる。
今日寒いわ。吸い込まれそうな夜空に抵抗しながら、少し期待して公園に向かう。
だがまるで当然のように、彼女は其処に居た。ベンチの中央ではなく端に---まるで僕のスペースを空けてくれているかのように腰掛けていた。
「コレの食べ方が分からんのだ...」
僕がその場所に座っていいか考えあぐねていると、彼女は僕の主食である見慣れた白と赤のプラスチックカップを見せてきた。
チリトマト味か。うめーよな。チーズ入れると更に。
「それ、カップヌードルじゃないですか」
「かっぷ、ぬーどる、と、読むのか?」
まじまじとプラ容器とにらめっこする。
記載されていた『Cup Noodle』。皇女様は英語が苦手なのだろうか。完全に発音がおじいちゃんだった。
こんな庶民の食べ物、彼女には大分不似合いに映る。
「それ、どっかで買ってきたんですか?コンビニとか」
「そんなことしたら街中大騒ぎだろっ」
「た、たしかに」
コンビニに一人で入る皇女様を想像してみる。どう考えても変。マスコミが殺到して翌日の新聞の見出しは『我らが皇女陛下、コンビニに君臨する』と、大々的に報じられるのは目に見えていた。
「これはな、国の倉庫からパクってきたのだ!」
「えぇ....」
えっへん!と得意顔な彼女は、無邪気に口角を上げている。
確か皇族が所有する倉庫は王城の地下に一つ、街の外れに一つあったはずだ。恐らく前者から持ってきたのだろう。
「じゃあ昨日のカメラは?」
そういや昨日聞いてなかった。どうして皇女様はインスタントカメラを携帯していたのだ。
「ああ、あれも倉庫から盗ってきた」
「そうですか」
倉庫の警備緩すぎないか...。我が国の守備力が心配過ぎる。
僕が一抹の不安を抱いていると、彼女は「まあ座れ座れ」と僕の為に空けられていたらしい場所をポンポン、と叩いた。ちょっと嬉しくなりながらお言葉にあまえる。なんだかこの公園での逢瀬が、定例化しているのを象徴してるみたいで。
「むむ、これは、お湯が必要なのか?持ってないぞぉ....」
公園内に一つ寂しげに地に刺さっている電灯の光を頼りに、調理法の欄を読んでいた皇女様が弱っていた。
「そうですね...お湯を入れて三分ですね」
「どうしたものか...」
「うー」と唸る皇女様。当たり前だけど、公園には水の出る蛇口しかない。
僕が普段食べる時は熱湯が出るウォーターサーバーか、コンビニで買ってそのまま入れてくるか....あ、そうだ!
「コンビニでお湯、入れてきますよ!」
僕がコンビニでカップ麺買えば、ついでに皇女様の分も代わりに入れてくることができるだろう。
「お、そんなことができるのか!?それは名案だなっ!」
ぱああっ、と表情が晴れる。皇女様はベンチを倒すように勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、いくぞっ...でも、私がこのままコンビニ入るのはダメだな」
「え?」
一緒に行くつもりなのか...。僕が二つ分入れてきてあげるつもりの提案だったんだけど。彼女は皇族丸出しのナリである。
「そのカッコじゃまずいですって」
「そーなんだよな...あ、そうだ少年。君の着ているパーカーを貸してくれ」
僕が着ているパーカー。プルーオーバーのパーカー...まあ、あれだ。ジッパーのない、かぶって着るやつだ。
てか、僕のを着る気?
「フードが大きくて顔が隠せるだろ?」
「な、なるほど」
納得。なんか恥ずかしいけどね。
彼女は提案しながらも、自分のダッフルコートを脱いでいた。黒いベールで覆われていた、純白のネグリジェが惜しげもなく晒されて、まるで闇夜に浮かぶ月のようだった。...ダッフルコート着てたから分からなかったけど、結構大胆なんだなそれ。肩がかなーり出ていた。
魔がさして、思わず視線が釘付けになってしまう。
「お、おい。私の寝巻きをあんまし見るなっ。はやく君も脱ぎたまえ!」
「ご、ごめんなさい!」
少し頰を染めて照れていた皇女様は、何だか新鮮で---破壊力抜群だった。
にやけを隠すように、言われた通りにパーカーを脱ぐ。中にシャツを着ていて良かった...。なんか僕も照れてきたなぁ。
「嫌じゃ、ないですか?」
「ん?何がだ?」
僕の体温がまだ残ってるであろうパーカーを渡す。彼女は全く嫌悪感を示さずに受け取った。
「これを持っててくれ」
代わりに渡されたのは彼女のダッフルコート。意外と重いそれは、ほのかに温かい。まさかそれを着るわけにもいかなくて、シワがつかないように腕にかける。
皇女様は僕のパーカーに腕を通し始めた。
「んしょ...意外と大きいなっ.....」
すっぽり顔が服に埋まっていて、どこから首を出せばいいか迷っているようだ。それほどにサイズが合ってなかった。
何か見てはいけないもののような気がして僕は視線を逸らす。
衣擦れの音が公園に響き、妙な気分になった。
「着終わったぞっ。見事に隠れたよ私の長髪が」
大きなフードを深くかぶり、顔を完全に覆う。誰かなんて判別できそうにもなかった。
「どうだっ?似合うかっ?」
悪戯っぽい口調で聞いてくる。袖に手を隠し、俗に言う萌え袖になっていた。
「はい、まあ、似合ってますね」
ネグリジェの裾がパーカーで完璧に隠れ、生足が艶かしい。少し扇情的だった。
凝視していたせいで、生返事になってしまう。
「むー、ビミョーな反応だな...。まあいいや。コンビニに、れっつごー!だっ!」
握り拳を掲げ、僕を先導するように大股で歩き出す皇女様。
そういや彼女はコンビニに行ったことがあるのだろうか。僕との今晩の入店が彼女にとってのコンビニデビューだったら嬉しいなぁなんて、ちょっと気持ち悪いことを考えながら彼女の後ろを着いていく。歩いて三分もかからないだろう。
あ、半袖寒っ。五分前に襟元から入っていた冷気は、むき出しの腕をも包んでいた。
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