コンビニ①
かく云う僕も誰かとコンビニに来たのなんて久々で、なんだかむず痒い気分だ。
皇女様にセンサーが反応し、自動ドアが開いた。それに続いて僕も入店する。
ウィーンという普段気にしない音が大きく聞こえ、如実に静寂な夜を感じさせた。
ピロリロリローン。
皇女様は来店を知らせる合成音に驚いてビクッと肩を震わせている。
やけに明るい店内には僕と彼女以外誰もいなかった。
人工的な光に包まれたコンビニが僕らの公園と程近い距離なんて、とても信じられなかった。
「いらっしゃいませ〜」
店奥からギャルっぽい、だらしない声がする。きっとなんかしら作業しているのだろう。レジには出てこなかった。
深夜は店員さん、一人なのか。知らなかった。
皇女様は入ってすぐ右折。物珍しげに雑誌コーナーを眺めている。そして、とある場所で止まった。
「なんか、ひ、卑猥なモノがあったのだっ!」
赤面して、いそいそ僕の方に戻ってくる。
「十八歳以下は閲覧禁止ですよ」
「な、なんで全年齢対象のコンビニに、そんなものがあるのだっ?」
「...なんでだろう」
ガキのため、だろうか。
僕だって小学生の頃、不必要にエロ本が並ぶコーナーの前を何度も通り過ぎまた通り過ぎ、と繰り返したモンだ。
うまく答えられないので、別の質問を投げかける。
「...皇女様は、コンビニ、初めてですか?」
「いいや、十年以上前に一度、来たことがあるらしいのだが...幾分記憶が曖昧だ」
僕が初めての相手じゃなかったか...。ま、いいけどね。
彼女はインスタント食品類が所狭しと陳列された棚を見回す。
ぶかぶかパーカーのフードに内包された物憂げな表情が垣間見えた。
「お父様に確か、アイスクリームを買ってもらったんだ...やたら甘かったのを覚えている」
「そう、ですか」
懐かしむ口調で言う。僕は何て返したらいいか分からず、相槌を打つことしかできなかった。執拗にカップヌードルを目先で舐める。
すると、湿っぽい話に終止符を打つように努めて明るい口調で僕に言った。
「さ、少年。早く選びたまえ!私の腹の虫が限界だと呻いておる」
グーグーとお腹が鳴っていた。彼女は確か、チリトマトを持っていた。じゃあ僕は....うーむ。これだなっ!
迷わずシーフードを手に取る。何となくそーゆー気分だった。
「おお、それもうまそうだなっ」
「このシリーズは全部美味いですよ」
日本っていう国の、ニッシン食品とかいったか。日頃からよくお世話になっている。
「じゃあレジ行ってくるんで適当にふらついてて下さい」
「ああ、私もついていくぞ」
ちょこちょこと僕の後ろに着いてきた。「へー」とか「ほー」とか眺めながら歩いている。特にグミとか、キャンディアソートの売り場を熱心に。
「グミ、買いましょうか?」
「い、いやっ...大丈夫だっ。私、今日はお金持ってないしなぁ...」
欲しいんだろうなぁ。名残惜しそうに見つめている。
「じゃあ僕が食べたいんで買いますね...一人じゃちょっと多いんで、半分こしましょう」
「いいのか!そうだなっ、食べ切れないならしょうがないなっ!」
露骨に声が弾んでいた。感情が声音とか表情に出やすいタイプの皇女様、かわいい。
僕は『HARIBO』というグミをとって、レジに向かった。
「む。誰もいないぞ」
店員は裏で品出しでもしているのだろう。気配はあるのだが、肝心の姿が視認できなかった。
「呼んでみます....すみませーーん!」
「はいは〜い」と、甘ったるい返事が戻ってくる。そして右手奥から気怠げな足取りと共にあらわれた茶髪ギャルは...。
おっ?なんか見覚えがあるなぁ...。だれだっけ。
「わわっ!マジメンじゃん、家この辺なの?」
僕を高校のあだ名で呼ぶ、ということは同級生か?しかもやけに嬉しそうだ。
ちなみに『マジメン』の由来は、マジメなメンズ...の造語。語感も『ガリ勉』と似てるから、クラスの人達はからかい半分でそう呼んでいた...なにが悲しくて自らの蔑称を解説しているんだ僕は。
「あれっ?私のこと覚えてない...?同じクラスだったユズリハ」
前髪が綺麗に切り揃えられたボブカットの彼女は、自分のことを長い人差し指で指す。茶髪に可愛らしい顔立ち。目元のアイシャドウ、濃い化粧にも関わらず、ベビーフェイスを隠せていなかった...あっ、もしかして。
すごい嫌な予感がする。
「ウヅキか?ウヅキ・ユズリハ...か?」
ウヅキは「正解」と言わんばかりに笑う。
彼女は---僕の初恋の相手だった。
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