合唱コンクール事件 前編

 これは僕が中学二年生の時のこと。

 僕の通っていた中学校では、年に一度合唱コンクールが開催されていた。

 合唱コンクールといえば、ピアノ伴奏が必要不可欠であるが、なんとその役回りに僕が抜擢されてしまったのだ。

 しかも、僕は立候補をしたわけではない。

 先生直々に頼まれたのである。

 どうもその年のピアノ伴奏者は立候補者が少なかったらしく、先生も多数のピアノ経験者の生徒に声を掛けたらしいが、見事に撃沈。

 そこで、ほぼほぼ最後の手段となっていた僕に白羽の矢が立ってしまったようだ。


 ここまで聞くと自慢話のように聞こえるかもしれないが、残念ながらそうではない。

 というのも、普段なかなか見ない先生の懇願に押されてしまって引き受けたピアノ伴奏ではあるが、正直僕はあまり乗り気ではなかった。

 なぜなら、僕は致命的に楽譜を読むことが出来なかったのだ。


 言うのが遅くなってしまったが、僕はピアノ経験者である。

 5歳の頃からピアノを習い始め、今も趣味の一環として嗜んでいる。

 そんな僕のピアノの弾き方、それは『耳コピ』と呼ばれるものだ。

 これは呼んで字の如く、楽譜などを見ずに自分の耳だけを頼りに楽曲をカバーするというものである。

 昔からこのやり方でアニソンやゲーム楽曲をコピーしてきた僕が、本来であれば楽譜通りに弾くことが要されるクラシックを全く弾いてこなかった僕が楽譜を読めるはずも無い。

 故に音楽の先生から「これ、よろしくね」と言って楽譜を渡された時は若干めまいがした。


 今でも覚えている。

 曲目は『虹と雪のバラード』。

 1972年の札幌オリンピックのテーマソングらしいが、なぜこれを合唱で歌おうと思ったか聞きたくて仕方がないぞ教師諸君。

 どうしてバリバリ平成生まれの僕たちが、そんな古臭い曲をわざわざ合唱コンクールで歌わなければならないのか。

 これは終わってみて思ったことだが、歌詞に『オリンピック』という単語まで入っているこの曲を、ボロい体育館で中学生120人(学年合唱)が歌うというのはなかなかにシュールである。


 まぁいい、曲のことは百歩譲って良しとしよう。

 どんな曲であれ伴奏を引き受けたからには一応練習はしておかなくては。

 前述の通り僕は楽譜が読めないので、とりあえずどこかしらから合唱バージョンの『虹と雪のバラード』を引っ張ってきて、そこから伴奏を耳コピすればいいだろうと思っていた。

 早速家に帰って父のパソコンを借りてユーチューブを開き、まずは原曲を聴いてみる。

 うむ、なんとも古臭く、なおかつオリンピックを意識しまくった曲だろうか。

 あまりの古臭さにその時は絶句したのをよく覚えているが、今思ってもあのチョイスはどうかと思う。

 これを合唱コンクールで歌わせることを提案した教師にその理由を問いたい。

 さて、首を傾げながらも一通り聞き、一呼吸おいて次に僕は合唱バージョンを探した。


 しかし…………無い。


 なんとこの曲、合唱バージョンがネットに落ちていなかったのである。

 というのも、曲自体は年代の人からしてみたらそこそこ有名ではあるが、あまり合唱で歌われる曲では無かったのである。

 これには僕もお手上げ、どうしようもなかった。

 お手本が無いのでは耳コピのしようが無い。

 原曲から適当にコードだけ押さえるのでもアリかと一瞬思ったが、それではロボットのような楽譜絶対重視である音楽の先生が許さないだろう。

 はてさて、どうしたものか。



後編に続く

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