大玉転がしのボールと一緒に転がる
これは忘れもしない、僕が保育園の年中だった年の運動会でのことだった。
僕のいた保育園の運動会は、なぜだか親も一緒に競技に参加するという謎ルールが設けられており、当時は『親の協力ありき』という点から、勝っても素直に喜べなかったものである。
「ったく、やってらんねーぜ」と心の中で思いながら鼻をほじっているうちに着々と競技が進む中、ついに始まった大玉転がし。
自分の力のみで勝利したということに快感を覚えるという捻くれたガキだった僕にとって、親子で一緒に大玉転がしというのは実に不快であり、どこか恥ずかしさもあった。
完全にやる気を失っていた僕は、選手の順番が回ってきても尚、この後に控えている昼ごはんのことを考えながらスタート位置に親と一緒に立っていた。
母「頑張ろうね!」
僕「うん! 絶対勝とうね!」
これがそんなことは欠片も思っていない。
言葉とは恐ろしいものだ。
さて、そうこうしているうちに先生がスターターピストルを空に向けて構えだす。
ちなみに、僕はあの音が怖くて何度か泣いた経験がある。
なぜスタートの合図でビビらされなければならないのか割と真剣に問いたい。
しかも競技自体はやる気の無い僕が、無意味にビビらされるのは実に不快である。
しかし先生はそんなことお構いなしに引き金を引き、『パーンッッ!』という伊勢のいい音と共に競技がスタートした。
始まってしまったら仕方がない。
僕はやる気のない状態でひたすら大玉を押す作業に移る。
しかし、その時事件は起きてしまった。
隣で無駄にやる気を出していた母の大玉を押す早さが思いの他早く、僕が置いて行かれそうになったのだ。
『これはまずい、ここで置いていかれたら超かっこ悪い』と思った僕は、必死に大玉にかじりついた。
そう、文字通りかじりついたのである。もちろん手で。
爪を立て、大玉のシワになっている部分をなんとか握り込んだ僕。
しかしそれが間違いだった。
本来大玉転がしというものは、手で押して転がしながら進むものであり、ナウで稼働中のそんなものを握り込んだらどうなるか。
無論、当時小さかった僕の身体はものの見事に大玉に巻き込まれ、勢いよく一回転。
その瞬間は何が起きたのかは理解できなかったが、後に父が撮影していたビデオを見返してみると、それはまぁその一瞬に色々な出来事が詰まっていた。
まとめると、
・無様にも大玉と一緒に一回転する僕。
・僕がそんなことになっていると知らず問答無用で大玉を押し続ける母。
・爆笑の渦に巻き込まれるギャラリー。
保育園児が一人大玉に巻き込まれるだけでこれだけのことが起こるとは驚きであるが、幸いにも僕に怪我はなく、それから先もそのまま競技を続行させた。
その日以降、『大玉と一緒に転がった男』という実に不名誉な称号と共に保育園中に僕の名前が知れ渡った。
まったく、もっと別のところで有名になりたかったものである。
しかし、未だにそのインパクトのある瞬間を覚えている人間は周りに多く、久しぶりに会った友人の親御さんなんかは、僕の名前を知らなくても『大玉と一緒に転がった男』は知っていたりする。
むしろその印象が強すぎて、他を覚えていないくらいだ。
まぁ、今こうして笑い話のネタにするあたり、経験しておいて損はなかったのかもしれない。
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