戦の中の歌姫

aori

第1話

第三次世界大戦は長引きに長引いていた。人々は百年は続くだろう、と悲観していた。そんな時代の、とある歌うことが大好きな女の子のお話。


戦闘に敗れた村の民が次々と捕えられていた。大人はいなかった。子供たちばかり。みな泣いていた。

「皆、集合!…この村はもう全て焼き払った。残るはこの者たちだけだ。引き上げるぞ」

そう指揮をとるのは可憐で美しい少女のようなあどけなさを持つ女性。彼女の声には不思議と惹き付けられる魅力のような、魔力のようなものがあった。名をナナといった。

ナナは感情ひとつ無い冷徹な眼差しを子供たちに向けて言った。

「お前たちは捕虜だ。命を取られなかっただけマシだと思え。これからお前たちを本部へ送る。これから先絶対に逆らってはいけない。絶対にだ」

さらに大きく泣き声をあげてしまう者、あまりのショックに絶句し固まってしまう者、そんな子たちが大半の中、一人敵意むき出しでこちらを睨み続けている子どもがいた。女の子だった。

「…私たちをどうするつもり?」

やはり、その女の子はもっと何か言いたげに、でもただそう一言きいてきた。

「お前たちは教育を受ける。世界トップクラスのな。文句は許されない。…さあ、連れて行け」

ナナの指示に従い、兵士たちは子供たちをトラックにつめこんでいった。子供たちは為す術もなく、されるがままにつめこまれた。…一人を除いて。

兵士の隙を見てダッと駆け出した者がいた。例の女の子だった。

ナナはそれを見逃さなかった。

「持ち場を離れる。後を頼んだ」

ナナはその子の後を追いかけた。


(え、うそ。もう追手が?うまく逃げたと思ったのに)

少女は後ろを振り返りながら走り、迫り来る追手に焦った。

あれは確かさっきの指揮官だ。という事は女性。

(私かけっこだけは自信があるの。大人の女の人になんか、負けないんだから)

と思った矢先、

「うふふ。つーかまーえたっ」

耳元であの声がしたかと思ったら、私はひょいと持ち上げられていた。

「離してっ!このっ!ひとでなし!」

じたばた抵抗するも全く動じないナナ。

「私は人でなしじゃないわ。ナナよ」

さっきまでとは明らかに口調が違う。

なんでだろう。自然と安心してしまいそうな優しい声色。

「どうせっ!私も殺すんでしょ!お父さんやお母さんみたいに!返してよ!私たちの生活を!平和を!日常を!!」

私がそうやって暴れている間もナナは平然とした足並みでさっきの場所へ戻っている。

ナナは伏し目がちにどこか悲しげな小声で

「平和なんて元々ないのよ。戦争が始まった時点で。恨むならこの時代に生きてしまった運命を恨みなさい」

そう言い、もはや抵抗しなくなった私を地に降ろした。

「見逃してあげる。行きなさい。どこへでも好きなところへ。ただし次に遭った時は容赦なくあなたを殺すわ」

光の宿った瞳で少女はしばしナナを睨むような見つめるような目付きで見続けたと思ったら、次の瞬間にはもう駆け出していた。

あっという間に森の中へ少女は姿を消した。

(これでよかったのだろうか)

ナナは少女に幼き日の自分を重ねていた。

もし、あの子を連れ帰っていたら…

ナナは物思いに耽り始めた。


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戦の中の歌姫 aori @Ao3Piyo

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