第236話 終わりの時

離れていく唇、離れていく温もり、浄化された後はそれすらも消えてなくなる。

それでも、シェーラはヨハンの温もりを確かめるように自らの体を強く抱きしめた。


「お別れだ」


二人の体が離れ、聖女アクアの体から光があふれ出す。

シェーラは恥も外聞もなく、大きな声で泣き始めた。

ヨハンの最後を彼女は見ていることができなかった。

聖女アクアとヨハンが光に包まれ、シェーラには見えなくなる。


「あなたはズルい人ですね」


光の中で、聖女アクアも泣いていた。

彼女がなぜ泣くのか、ヨハンにはわからない。

だが、彼女から発せられる光は暖かくて、ヨハンは心地いいとすら感じられた。


「最後になります。あなたの話を私に聞かせてはくれませんか?」

「俺の話?」

「はい。なんでもいいのです。あなたはどのように生きてきたのか知りたいのです」

「自分の終わりがこんな形なるなんて考えられなかったな。

まぁいいさ。美女に見られながら死ぬのは悪くないな」


ヨハンは語り始める。

これまで誰にも話したことがない転生者であること。

ステータス表示で自分の能力やスキルが見えていたこと。

ヨハンという少年がアホすぎて知力 3で始まったこと。

一つ一つを懐かしむように思い出して言葉にしていく。


「ふふふ、本当にそんなことがあるのですか?」


聖女はヨハンの話を楽しそうに聞いていた。

図書館に行って勉強しただけでレベルが上がり、魔法を覚えられた。

調子に乗って戦場に出て、黒騎士にボコボコにされた。

その戦いでミリューゼに認められ、第三魔法師団に入った。


「そこでジェルミーにあったんだ」


仏頂面のジェルミー、お調子者のフリード、オドオドと自分に自信のないリンと出会った。マルゲリータにはそのときから嫌われていたな。


「あの子は貴族体質でしたからね。それにあなたの才能に嫉妬していたのでしょう」


それから共和国との戦争を経て、出世してガルガンディアの地をもらった。

シェーラやトン、チン、カンたちに出会った。

シーラと戦った時は兵などほとんど居なくて、ミリーたちに助けてもらったものだ。

一人じゃ何もできないから、アイスやライスが仲間になってくれて本当に助かった。安心して軍を任せられたからジャイガントともタイマンでぶつかり合えた。

 

ジャイガントを倒したことでまた出世して、いつの間にやら元帥まで上り詰めていた。


「十分な功績だと思います」


あの頃、主だった将軍が黒騎士に負けたり、帝国と相打ちしたりして死んだんだ。

そして王国が勝つために、ランスが帝国に潜入することになった。

だから俺しかいなかった。まぁ上り詰めたから、リンとの結婚も決意できたけどな。


「腹立たしいですね。あなたのことを好きだと言っている女に、そんな話をしますか?」


だけど、天帝を倒すころには随分と、セリーヌとミリューゼに警戒されてしまったみたいだ。死霊王の処刑と言いながら、俺が処刑されそうになったんだ。


「セリーヌは暗躍するのが好きですからね」


そこからは大変だっただぜ。

フィッシャー王国に潜伏しながら、仲間を集めて精霊族や魔族の戦いを収めて、同盟を結ばせた。

住む場所がないものにはダンジョンを創り、働く場所がない者には塩田や便利な道具を教えたりもした。


「あなたの発明でラース王国も随分と助かっています」


やっと形になったと思ったら、冥王の奴が攻めてきてジャイガントが傷ついて。

そのお陰で親友と戦う羽目になっちまった。

久しぶりに会うランスはおかしくなってたな。


「あれは、ミリューゼが精神を侵す薬を飲ませていたんです」


聖女は申し訳なさそうな顔で真実をヨハンに話した。

やっぱりか、だからランスはおかしかったんだな。

もっとランスと冒険をしたり、一緒に戦ったりしたかったな。

なんたってこの世界の主人公だからな。

それにもっとジャイガントとバカな話もしたかった。

ジャイガントのおっさんってスゲー面白いんだぜ。


「たくさんのことをしてきたのですね」


聖女は優しく、ヨハンの話を聞きながら相づちをうっていく。

そのたびにヨハンの体からは力が抜け、スキルや魔法が自分の体から抜けていくのがわかる。

それは今まで積み上げてきた歴史を消去しているようで、寂しく切ない気持ちさせられる。


「もうすぐあなたの存在が浄化されます。

最後に言い残したことはありませんか?聞くことしかできませんが、教えてください」


聖女はただただ優しく。これまでの狂ったような行いが嘘のように感じれた。

だが、ヨハンにはわかっている。今の彼女が、本来の彼女なのだろう。

ヨハンの存在が彼女を歪め、聖典の力が彼女を変えてしまっていたのだ。


「最後か……なら一つしかないな」

「なんですか?」


ヨハンは聖女に向けて笑った。

その笑顔はヨハン少年の者なのか、ヨハンの中に入った何者かの笑みなのかわからない。ただ、純粋な笑顔であったことは間違いない。


「このゲームはやっぱり面白いよ。自分がこの世界に入って過ごして改めて思ったんだ。楽しかった、ありがとう」


二人を包んだ光が消えていく。

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