第233話 別れ

フリードが目覚めた時、見知らぬ天井が広がっていた。

石でできた天井は砦や牢屋のようにも感じられたが、重苦しい雰囲気はなく。

どちらかと言えば和やで穏やかな雰囲気が感じられた。


「目が覚めたか?」


フリードは聞きなれた声に、一瞬涙が溢れそうになる。

離れていたのは足った数カ月の話だ。

それでも随分と久しぶりに聞いた気がする。

その声を聞くだけで安心している自分がいる。


「なんとか帰ってこれたっすね」

「ああ、どうやら上手くいったみたいだな」

「はいっす」


ヨハンによってフリードはある魔法をかけられていた。

その魔法とは、一度だけフリードをヨハンの下へテレポートさせることができる魔法なのだ。


「テレポートの応用だったが、上手くいったみたいだな」

「本当にすごいっす。ヨハン様にしかこんなことできないっす」

「まぁそうだな。みんなができたら便利なんだけどな」

「こんな魔法、誰も使えないっす」


フリードは呆れたように、ヨハンの言葉を否定する。


「まぁ、教えられたらいいんだけどな」

「ヨハン様、そろそろいいっすか?」


フリードはヨハンが、話をふってこないことをわかっていた。

だからこそ、フリードの方から話をふることで覚悟を促す。


「わかった。話してくれ。リンはどうなったんだ?」


ヨハンがフリードに報告を聞かなかったのは、そこにリンの生死が含まれていることを悟ったからだ。


「まず、先に伝えておきます。リン様は生きています」

「そうなのか!」


フリードはヨハンの表情に生きていることを伝えられてよかったと思った。

ヨハンの顔は喜びに溢れていた。

だが、ここからはフリードも理解できていないことを、ヨハンに話さなければならない。


「リンは?リンはどこにいるんだ?」

「それは……わかりません。聖女アクアは言っていました。リン様を浄化したと」

「浄化?」

「浄化とは元に戻すことだと言ってました」

「元に?何を元に戻すって言うんだ」

「わかりません。わかるのは、聖女が持っている聖典の名前が説明書だということです」

「説明書?」


ヨハンは断片的な説明をつなぎ合わせ、一つの結論に達した。

それはこの世界の真理であり、この世界が元はゲームの世界であったことを思い出すことになる。

もしも彼女が持っている聖典が、ヨハンの思っているものだとして、だからと言ってそれで何ができるのかわからない。


「他に情報はないのか?」

「聖女から聞いた話を全て話します」

「ああ、頼む」


フリードは数日かけて聞いた、聖女の話をヨハンへ伝えていった。

ヨハンは、聖女がどんな思考を持ち、何をしてきたのか。

聖女がヨハンに執着していることを知った。


「そうだったのか」


フリードから聞いた話で、聖女は聖典を見つけたことで、この世界を本来の有るべき『騎士になりて王国を救う』に戻そうとしてるのではないかと思えた。

それはヨハンによって歪められ、親友を、仲間を、宿敵を死なすことになった。

そんな世界を聖女は元に戻そうとしてくれているのかもしれない。


「ヨハン様」


フリードの声でヨハンは我に帰る。自分は何を考えていたのか。

もう引き返すことなどできない。人生は一度きりなのだ。

どんな人生を歩もうと、人の人生は一度きりでしかないのだ。


「フリード、よく知らせてくれた」


ヨハンは立ち上がる。


「どこへいくっすか?」

「フリード、今日をもってお前の任を解く」

「どういうことっすか!」


ヨハンの言葉に、フリードは驚いて声を荒げる。


「フリード!ここからは俺個人の道だ」

「そんな、そんなこと勝手すぎるっす」

「わかってる。これは俺の我が儘だ。

今まで付き合ってくれてことには感謝している。

だけどな、ここからは俺を一人で行かせてくれないか」


ヨハンは正面からフリードの瞳を見つめる。

それはフリードが初めて見るヨハンの顔であった。


「そんな顔するなんてズルいっす」


フリードはヨハンの瞳から逃げるように顔を背ける。


「すまない」

「ズルいっす」

「ああ、俺はズルい。だから、お前にもう一つ頼みがある」

「……」

「リンを守ってやってくれ」

「それはあんたの仕事っす!」


ヨハンの言葉に我慢できなくなり、フリードが声を荒げる。

その声には嗚咽が混じっていた。


「あんたが何をしようとしてるかわからないっす。でも、嫌な予感しかしないっす」

「なぁ、フリード。俺にとって、今一番頼りになるのはお前しかいないんだ。

多分この戦争はもうすぐ終わる。それがどんな結果になるかはもうわからない。

だけど、この世界のどこかでリンは生きている。

そのリンは、俺やお前が知っているリンじゃないかもしれない。

だけどな、俺にとってはどんなリンでも、愛してるんだ」

「だったら!」

「俺が行かなくちゃ終わらない」


相手の目的がヨハンであり、そのヨハンが出て行かなければ終わらない。

フリードだってわかっている。


「そんなのズルいっす」


いつの間にかフリードは泣いていた。

そんなフリードの頭にヨハンは手を置いた。


「フリード、ありがとう。いつも俺たちと共にいてくれて」

「ズルいっす。ヨハン様」

「もしも生きて帰れたら、また三人で飯を食おう」


ヨハンは最後にフリードの肩に手を置き部屋を後にした。

それだけでフリードはもうヨハンの後を追うことができなかった。 

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