第231話 リンの戦い 3
ラース軍はツリーハウスを占拠するため、ガルガンディアの地に連れてきていた兵の半分を差し向けた。
五千となったランス軍の中心で、ガンツが意気揚々と歩いている。
「やい。木の上に根城にしている猿ども、さっきはよくもやってくれたな。
今度は強い味方をお連れしたのだ」
ガンツが強気な口調で、ツリーハウスの住民に声を張り上げる。
その間にもラース兵がツリーハウスを囲むように配置していく。
「めんどうなことを」
ミリーは退路を確保するためにラース軍と交戦に入るが、
防備を固めたランス軍は大盾を並べ、ミリーの攻撃を防いだ。
「ミリーさん、皆さんを逃がすことだけを考えてください」
リンの声に振り返れば、リンが魔法を発動し終えていた。
大盾で防御するランス軍の隊列を魔法によって破壊する。
ミリーはつれていた市民を連れて開いた退路を一気に駆け抜ける。
「後の人は私が」
三分の二ほどが脱出できたが、数人の人々が未だにツリーハウスから逃げられずにいる。
「リン、すまないね」
ミリーは自分がリンの邪魔になっていることを悟り、この場をリンに任せることにした。リンはミリーが上手く逃げられるように、さらにラース軍へ向けて魔法を放った。
ミリーの姿が見えなくなるころには、リンの周りにはラース軍の包囲が完了していた。
「そう、あなたが」
リンが警戒しながらラース軍と対峙していると、女性の声がリンの耳に響く。
大盾を持った兵士たちが道を開き、一人の女性がリンの前へとやってくる。
「ふふふ、あなたに会うのは初めましてではないわね」
将軍時代にあったことがある人物だった。
ミリューゼの六羽として有名であり、個人としても聖女アクアはとても有名な人物だった。
「改めまして自己紹介をさせていただくわね。私は教会の聖女をしています。
アクアと申します。ランス王国では特別部隊長も兼任させてもらっているのよ」
聖女アクアは楽しそうに自身の自己紹介を終えて優雅にスカートの裾を持ち上げ。
リンへ自己紹介を促すように手を差し出してくる。
「リン・ガルガンディアです。
肩書きはありませんので只のリン・ガルガンディアです」
リンは聖女アクアの言葉を否定するように、自身の肩書きなど不要だと言ってのけた。リンは聖女アクアを見た時から負けてはいけないという思いがこみ上げてきた。
「本当にあなたは……お久しぶりね」
含みのある間を開けて、聖女アクアはリンに久しぶりだと挨拶をする。
「久しぶりですね。
でも、聖女であるあなたがどうしてこんなところに?ここは戦場ですよ?」
リンは挑むように、そして小馬鹿にするようにアクアを見据える。
「聖女が戦場にいては変かしら?戦場には怪我人も多く出ることでしょう。
それを癒やすのも、聖女の役目だと心得ているつもりよ」
「そうですね。でも、ガルガンディアに住む者も、ラース王国の民では?
彼らには救済はないのでしょうか?何より怪我人が出るのは戦った後ですよ。
それまであなたは必要ないのでは?それこそここは今から戦場になるんですよ」
リンの心には怒りがこみ上げてくる。
どうしてこんな理不尽なことをするのか、どうしてサクを誘拐したのか。
気持ちが溢れてきてきて聖女をにらみつけていた。
「ふふふ。恐いわね。あなたのように野蛮な方ににらまれたらそれだけで殺されそうだわ」
「それができたら、どれほど嬉しいでしょうね」
「ねぇ、リン・ガルガンディアさん。あなたはこの世界がおかしいとは思わない?」
聖女が話題を変える。
リンは何を問いかけているのだと、聖女に対して沈黙を守った。
「私は気づいてしまったのよ。この世界は間違っている。
おかしくなってしまっているの。それはなぜか……」
聖女はたっぷりと間をあけて、じっくりとリンを見る。
リンも負けじと聖女を見つめ続けていた。
「ヨハン・ガルガンディアがこの世界に存在しているからよ。
彼は本来この世界の住民じゃないの」
「はっ?何を言っているんですか?ヨハン様はちゃんと存在する人ですよ」
頭でもおかしくなったのかと、リンが聖女を睨みつける。
今度は聖女の方がリンを小馬鹿にした視線で見つめ返してきた。
「これは神の啓示よ。
この世界は、本来英雄ランス様の下で物語が紡がれなければならない。
それがどうして英雄が死に、ヨハン・ガルガンディアを中心に、こんなにも世界が混乱しなければならないの?おかしいじゃない」
「おかしいのはあなたの方です。何を言っているのかさっぱりわかりません」
「そうでしょうね。そうでしょうとも。私も聖典を見るまでは知らなかったんだもの」
聖女が何を言っているのかわからない。
それでもリンは聖女がヨハンの敵であることは理解できた。
「あなたがヨハン様の敵であることは理解できました。あなたを排除します」
「あなたにはそんなことできないわよ」
リンが魔法を発動すると、聖女アクアが持っていた本を開いた。
リンがファイアーボールを放つとファイアーボールは聖女アクアに当たる前に消滅した。
「なっ!」
「ほら、無理だっていったでしょ」
聖女アクアは勝ち誇ったようにリンを見る。
リンは何が起きたのか、わからなかった。
それを確かめるためにラース軍に向けて大量のファイアーボールを連射する。
ラース軍に向けてはファイアーボールは消えることなく、聖女に向けられたものだけが消滅していく。
「派手にやってくれたものね。ここに連れてきた数十人は今ので使い物にならなくなったわ」
「あなたは人を物のように言うのですね」
「おかしいかしら?だって、こいつらは私の手駒でしょ?私がどう使おうと勝手だもの」
リンは聖女アクアと話していても意味がないと思った。
魔法がダメなら肉弾戦に切り替えるために背中に隠していた二本の手斧を取り出す。
「やっぱり野蛮ね」
大楯を持った兵士たちが聖女の前に壁を作る。
リンは小さく圧縮したファイアーボールを作り出し、大楯を構える兵士たちに打ち込む。斧は防げても魔法は防ぐことができない兵士たちは聖女の前で弾け飛び。
リンが聖女に到達する道を作り出す。
「仕方ないわね」
聖女が片手をあげて、リンの斧を受け止めた。
まるで何か壁があるように聖女に届く前で止められた斧にリンは驚くことなく、さらに魔法と斧の攻撃を同時に放った。
「なっ!」
しかし、驚いたのはリンの方だった。聖女はリンの攻撃を耐えたのだ。
無傷とはいかない。聖女の額から血が流れ落ちる。
「血っ!よくもよくもこの美しい私の顔に傷をつけてくれたわね!」
聖女は怒り狂い、リンを捕まえようと手を伸ばす。
リンは魔法を放ち聖女から距離を取る。
「許さない、許さないわよ。リン・ガルガンディア」
聖女の雰囲気が変わり、リンは背筋に悪寒が走る。
それはここにいてはいけないと告げている。
ツリーハウスに住む者たちを放って離れるわけにはいかないとリンの足を止めていた。
「終わりよ」
聖女の体が光に包まれ、リンやラース兵を飲み込んだ。
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