第230話 リンの戦い 2

敵襲の知らせを受けたミリーの行動は早かった。

ツリーハウスに住む者たちに戦いを知らせる鐘を鳴らした。

その鐘の音に応えるように老若男女問わず武器を携え、ランス王国を迎える準備に取り掛かった。

ツリーハウスは元々敵が攻めてきたとき、奇襲をかけるために作られた砦である。

そのため敵からは見つかりにくく、もしも見つかって攻められても、守りやすい造りになっているのだ。


「アイスは本当に戦いの申し子みたいな子なんだ。

このユグドラシルを見つけたとき、ここを街にするって言葉に私たちは頭がおかしくなったんじゃないかと思ったほどだったよ」


リンも、初めてツリーハウスを訪れたときは驚いた。

こんなことが人の手でできるのかと思った。

だけど、アイスは実現してみせた。

そんなアイスの案に、ヨハンはアドバイスまで与えていた。


「あたしはそこで思ったんだよ。あたしは凡人で、天才っていうやつらは何をしても凄いんだってね」


ミリーは寂しそうに語ったが、どこか清々しさすら感じられた。

それはミリーの表情に、悔しさや嫉妬などの負の感情が見えなかったからだ。


「でもね、あたしはそのお陰で自分の役目っていうやつを理解することができたんだ。アイスは確かに軍略も発想も天才的だ。

だけどね、世の中ってやつは凡人の方が遥かに多いんだよ。

天才には凡人の気持ちはわからない。

だから、天才の副官は凡人じゃなければ務まらないのさ」


ミリーは嬉しそうにアイスの副官を務めた自分自身のことを語る。

それは彼女なりの生き方であり、人生そのものだったのだろう。


「そうですね。ヨハン様の副官を長年務めてきましたが。

やっぱりヨハン様のお考えは、私には理解できませんでした」

「だろ。あんたはこっち側だって思ってたよ。

でもね、あたしもあんたもできることがある」

「はい。この街の人たちを助けましょう」

「おうさ」


ラース軍はツリーハウスの真下まで来て、降伏勧告を申し出てきた。


「我は第三突撃部隊隊長ガンツである。速やかに明け渡すのであれば悪いようにはしない。しかし、抵抗するのであれば命の保証はないと思え」


ラース軍の隊長を務めるガンツが、ツリーハウスの者たちに脅しをかける。

それに対して誰一人として怯んだ様子はなかった。

どうしてここが見つかったかなどどうでもいい。

ガルガンディア城に住む者が教えたのかもしれない。

ここを抜け出した者が情報を売ったのかもしれない。そんなことはどうでもいい。ツリーハウスに残る者たちは誰も希望を捨てておらず、生き残る意思に満ちていた。


「そんな常套文句で私たちが降伏すると思うのかい?とんだ間抜けだね。

いいかい、ラース王国のヘタレ隊長さんよ。

ガルガンディア地方ツリーハウスが領主ミリーをなめんじゃないよ」


ミリーはガンツめがけて矢を放つ。

戦いとはどんな状況であれ、上を取った者が有利なのだ。

その点でミリーとリンは有利な位置取りで戦いを行うことができる。

ツリーハウスに住む者たちはアイスに鍛えられた狩人が多い。

そのため弓と剣に長けた者たちであり、地の利と、武器の利が彼らを勝利へと導く。


「じゃじゃ馬どもめ、ただで済むと思うなよ」


ガンツは、ミリーの行動にランス兵たちへ突撃を命じる。

ツリーハウスは木の上にある町なのだ。

木を登ろうとすれば矢を射られ、近づこうとすれば石が降り注ぐ。

ガンツが連れてきた兵が千ほどだったのだが、ツリーハウスに住む数百の住民によってやられていく。


「ええい、何をやっておるか!民間人を相手に情けない」


ガンツの怒声が飛ぶ中、リンが魔法を発動させる。

それはリンが最も得意とする魔法であり、今回は大きさよりも量を重視した。


「行きなさい。ファイアーボール」


森の中で炎魔法を使うのは自殺行為に思えるが、リンの魔法程度ではユグドラシルと呼ばれる神木を燃やすことはできない。

だからこそ安心してリンは炎の魔法を使うことができる。

大量に降り注ぐ炎の玉によって、ガンツ率いるラース軍は退却を余儀なくされた。


「覚えていろよ。ただで済むと思うな」


捨て台詞を吐いて逃げていくガンツを見て、ミリーとリンはハイタッチを交わす。


「あんたも十分天才だよ」


ファイアーボールの威力と量を見たミリーは、リンのことも天才だと評価した。

それに対してリンは首を振る。


「上には上がいるんです。だから、置いていかれないように私は必死なだけですよ」

「まぁそうだね。あたしもそうやってここまできたんだ」


二人は楽しそうに笑い合い、ラース軍を撃退した勝利を祝った。

敵が退却したのを確認したリンとミリーは、ツリーハウスから市民を逃がすため、すぐに行動を開始した。

しかし、ランス王国の動きはさらに早かった。住民の半分を逃がしたところでランス軍が戻ってきたのだ。


「やつらなんて早いんだい」

「増援がきたということでしょう。

ミリーさんは市民の避難を優先してください。殿は私が務めます」

「あんた!」

「これはガルガンディアの名を持つ者の義務です」


リンの覚悟に、ミリーは納得してしまった。


「わかったよ。あんたに任せる。頼んだよ」

「ええ、あとの人たちのこと頼みます」

「任された」


ミリーは市民を避難させるためツリーハウスを駆け回り。

リンはラース王国を食い止めるためにツリーハウスから降りてラース王国軍を迎え撃った。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る