第208話 英雄ランス

幼い頃からランスはヨハンにとって憧れだった。


小さな村では子供は少なく。同い年で勉強も、魔法も、剣の腕もあり、魔物を倒すことが誰よりも早かったランスをヨハンはカッコいいと思った。

憧れて、ランスのようになりたいと自分を鍛えて村を出た。


記憶の中で、何度もヨハンはランスの背中を追いかけている映像が思い出される。

いつか横に並び、ランスから認められる日が来ることを求め続けた。

それはこんな形ではない。

ランスが騎士となり、横に並んで騎士になっている自分を想像していた。


「ヨハーン!」


英雄となったランスは圧倒的に強く。

もしもここに聖剣があったなら、ヨハンは絶対に勝てない。


「ランス!」


ランスが持つ剣は、ヨハンの斧とぶつかる度に、刃こぼれしていく。

飾られているだけの剣も悪い剣ではない。名剣と呼んでもいいほどの剣だ。

しかし魔力で何とか維持しているが、それでも聖剣に比べれば大したことはない。大してヨハンはアイテムボックスに数千の武器を貯蔵している。

斧が折れても、鎖があり、まだまだ他の武器がある。


「ハァハァハァ」


互いの息が切れても、武器をぶつけ合う。

魔力や魔法はヨハンが上、武器の技とスピードはランスが上。

互いの短所を突いて、互いの長所でかばい合う。


「この化け物が」


ヨハンは自分がチートな存在であると思っていた。

実際、自分だけが見えるステータスを使って様々なスキルを習得してきた。

チート行為をしていることを理解している。

それなのに、ランスは素でこの強さなのだ。

主人公補正とはチート以上に厄介な化け物を作り出す。


「ヨハン」

「俺の名前を呼ぶことしかできないのか?」

「……楽しいな」


それは一瞬見せた、昔のランスの顔だった。


すぐに狂ったような瞳に戻ったが、ランスはこの戦いを楽しんでいる。

本気で楽しんで、本気でヨハンと戦っている。


「バカが……」


ヨハンはランスへの想いを隠そうとも思わない。

英雄と戦うことなど無いと思っていた。

自分は隣に並んで立っている存在で、絶対に敵にはならない。

子供の頃の記憶が蘇って来て、本来のヨハンがランスとの戦いを望む。


「俺も楽しいよ。お前と戦えて、俺はお前を倒したい」


それは紛れもなくヨハン自身の言葉だった。


「ヨハーン!」


ランスが青白い光を放つ。

それはランスだけが持つ勇者の力であり、ヨハンも魔力を放出する。

青と白の魔力がぶつかり合うように武器を交差させる。

それは純粋な武器のぶつかり合い。

交差した二人の武器は粉々に砕け散り、ヨハンが倒れる。


「ガハッ!反則だろ」


ランスの方が一瞬早く、ヨハンを斬った。

ユラユラとした足取りでランスはヨハンに近づいていく。

折れた剣の破片を拾い、ヨハンにトドメを刺すため近づいてくる。

ヨハンも魔法を放とうと思うが、上手く魔力が練れない。

一番慣れた魔法を使うため、自身の胸に手を当てる。

それはヨハンが一番よく使ってきた回復魔法だった。

白く優しい光はヨハンの体を癒していく。


ヨハンが回復するよりも早く。ランスの刃がヨハンに振り下ろされる。


「ヨハン」


一瞬ランスの表情が元に戻ったような気がした。

ヨハンはランスの刃を受け止め魔力をランスに叩き込む。

それは何の属性も持たないただの魔力の塊であり、ランスの体に衝撃波となって伝わっていくだけだ。


「ランス」


それでもランスの意識を奪うには十分な威力があった。

とっさの事だったが、ヨハンは新たな魔法を手に入れた。

二人の決着は、ランスの躊躇いにより決着がついた。


亜空間を解除して、ランスをベッドに眠らせる。


「今度会いに来るときは普通に話せるといいな」


ヨハンはランスに眠りの魔法をかける。

気絶しているランスが、すぐに起きないようにするためだ。

さらにランスの傷を癒すために回復魔法も施しておく。


「俺にできるのはここまでだ。あとは自力で上がってこい」


ランスに聞こえてはいない。

聞こえてはいないが、ヨハンの言葉にランスが頷いたような気がした。


「聖剣は借りていく。必ず返しに来るからな」


そういってヨハンはその場を後にした。

ただ、これがランスとの今生の別れになることをヨハンは予見できなかった。


ヨハンが聖剣を奪い、城から抜け出すころ。

ランスの眠る部屋に珍しい来客がやってきた。


「マルゲリータから、ヨハンの侵入を聞いたときは驚きました。

ですが、これは天啓なのでしょう」


もう何年もランスの部屋に来ていなかったミリューゼ。

ベッドで安らかな眠りにつくランスの横に立つ。

その目には明らかな狂気が宿っていた。

握るはランスとの戦いによって砕けた斧の破片。

ミリューゼは破片をランスの胸に突き刺した。


「あなたたちもどうかしら?」


ミリューゼ以外に二人の女性がその場にいた。

一人はマルゲリータの報告を伝えた宰相セリーヌ・オディンヌ。

もう一人は、精霊王国連合の様子を報告しに来ていた聖女アクアだ。


「私たちは共犯ね」

「そうなりますね」


聖女アクアがランスの胸に違う破片を突き立て、同じくセリーヌもランスを突き刺す。ランスの体は度重なる毒薬と、ヨハンとの戦闘で弱っていた。

魔力や体力が弱っていなければ、破片ごときでやられる彼ではない。

それでも彼は大量の出血により、その命を散らすことになった。


即位して五年で、ランスは死んだ。


世界に宣言される。


ランス王が殺されたことを。


そして殺したのは反逆者ヨハン・ガルガンティアであることを。


王国はヨハンを匿う精霊王国連合に弔いを告げる宣戦布告を言い渡した。


それは新たに即位した女王ミリューゼによるもので。


ヨハンにとって世界を巻き込む最後の戦いが始まろうとしていた。 

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