第207話 ランスとヨハン

マルゲリータがどういうつもりで、ヨハンに見取り図を渡してきたのか。

ヨハンには理解できない。ただ、理解できなくても助かることには変わりない。


「これでどこに行けばいいのか分かるな」


ヨハンはここに来た時から、宝物庫から聖剣を奪うことと。

もう一つしなければならないと思っていたことがある。


「久しぶりに見に行くか、アイツの顔を」


ヨハンはここから先はテレポートが使えないので、気配消しのスキルを発動して、身を隠しながら歩き始める。

今でこそフリードに隠密を任せているが、ヨハンも隠密行動には自信がある。

しかし、ヨハンが警戒したほど、エリクドリア城の警備は厳しくない。

戦争状態ではないということもあるが、他の二国と争う状態ではないからだろう。


「それにしても無警戒過ぎるだろ」


ヨハンは侵入しておいて、逆にランス王国のことを心配してしまう。

警戒が緩いこともあり、王が控えるプライベートルームに到達するまで誰にも見つかることはなかった。


「誰だ!」


さすがにランスの部屋の前まで来ると、ランス自身がヨハンの気配に気づいたようだ。近衛も立たせていない無軽快な色王。

そう言われる割には、昼間から妻の下へ赴いているわけではなさそうだ。

見取り図で見たランスの自室にランスしかいなかった。


「失礼する」


ヨハンは堂々と扉を開いて中へ入っていく。

そこにはヨハンと歳の変わらないはずの、ランスが随分と老け込んだ顔をしていた。


「お前はっ!」


ランスはヨハンの姿を見て、すぐに気づいたようだ。

座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり叫んだ。


「久しぶりだな」

「どうしてここにきた。いや、どうして今になって」


ランスは突然のヨハンの訪問に驚きを通り越して戸惑いが勝っているようだ。


「お前に頼みがあってきた」

「……お前の頼みを聞けるほど、俺に力はない」


ヨハンの言葉を聞いて、ランスはどこか諦めたような顔で椅子を起こして座り直した。そこには嘗ての英雄はおらず、老け込み覇気もなくした。

落ちぶれた男がいるだけだった。


「別に力はいらないさ。いや、お前自身の力といってもいいか」

「何を分けのわからんことを、何をしに戻ってきたのだ。

貴様はもう死んだ身だ。もっと早く戻って来てくれていたなら何とかできたかもしれんが、もう何も残っておらん」


ランスは多少の愚痴を交えて、ヨハンに皮肉をぶつける。

ランスは今でもヨハンが入れば、もっとマシな結論を出せていたと思っているのだ。


「残っているさ。お前の力そのものだ。聖剣を借り受けたい」


ヨハンの言葉にランスは、もう一度立ち上がる。


「俺から、聖剣まで取り上げるのか?」

「取り上げる?勘違いするなよ。俺は借りにきただけだ」

「嘘をつくな。俺にはもう我が子たちと、聖剣しかないのだ。

それなのに聖剣がなくなれば、我が子に自慢できるものは何もない。

何より俺という人間の価値すらなくなってしまう」


本当にランスは変わってしまった。ヨハンは初めて彼の変貌に気づいた。

見た目が変わろうと、騎士に憧れ、女が苦手で、面白いやつであることには変わりはないと思っていた。

しかし、ランスは目標を失い。権力を失い。地位も名誉も手に入れていない。

そしてヨハンによって力さえも失うことを恐れた。


「聖剣は渡さん。ヨハン、お前が戻ってこい。戻って俺の横で働くんだ」


ランスの瞳はまるで夢遊病のように虚ろになり、その手には飾られていた剣が握られている。衰えたと言っても英雄の力は健在である。

ランスは強い。戦えばお互いに唯ではすまない。


「本当にやるのか?」

「お前が、お前が俺の全てを狂わせたんだ。

お前がいなければミリューゼは、お前を殺さなかった。

お前がいなければ、俺はミリューゼを疑わずにいられた。

お前が、お前が、傍にいてくれたなら俺はもっとマトモな王に慣れたはずだった」


それは駄々っ子のような言いがかりであり、ヨハンにはランスが壊れてしまったように見えた。それは間違っていない。

ランスはヨハンに傍にいることを求めた。

ヨハンはランスを信頼して離れることを選んだ。

互いが互いに、どこかでボタンを掛け違えたのだ。


「ランス、お前を倒して聖剣は俺がもらう」

「させん」


ランスが剣を持ち上げる。

腐っても竜騎士を倒し、天帝を倒した男なのだ。油断はできない。

ヨハンは最初から全力で行くため、部屋中に亜空間を作り出す。

他の者が入れないスペースで、紫電と魔力強化を同時で発動させる。

ヨハンが肉体を最高潮に高めると、ランスはそれを待っていたかのように飛びかかってきた。力強く同じ戦場にいれば、ランスの剣技に惚れ惚れしていただろう。

しかし、今はその剣を死に物狂いで避けなければならない。

いくらヨハンが最高速度を上げようと、ランスはヨハンの速度以上に光の速さで動いて追い越していく。


「くっ!」

「ヨハン、お前は俺のモノだ」


ランスは誰よりもヨハンを求めた。

最強の英雄はその力を維持したまま狂ってしまった。ヨハンは知らない。

ランスがこの五年でミリューゼによって薬を盛られていたことを。

薬は強靭な体を持ったランスにはなかなか効かず。

何年もかけてやっと効力を現し始めていた。


「もっと早くお前に会いに来るべきだったな」


薬はランスの心を蝕み、最後の引き金を引いたのはヨハンとの再会だった。

ヨハンは両手に持った斧でランスの剣を受け止める。ランスの変貌を悲しんだ。

悲しみ、これは自分が取らなければならない責任だと思った。


「ヨハーン!」

「ランス!


二人は叫びながら剣と斧をぶつけ合う。


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