第209話 閑話 義に生きた男

森に包まれたガルガンディア領へ突然の襲撃を告げたのは、昼の休憩に差し掛かる頃だった。

農家の者が家に帰り食事をとり、兵たちも外出する者がいなくなって気が緩む時間、見張りの者が打ち鳴らしたのは戸惑いの鐘だった。

 

鳴らされたのはラース王国王都に通じる道にある門であり、そちらから軍が現れる際は、事前に連絡が入るはずなのだ。

しかし、その日やってきた軍は、何の知らせも告げずに現れた。


「敵襲?」


物見をしていた者も、敵なのか判別が出来ずに鐘を鳴らした後も戸惑いの方が勝っていた。鐘を聞きつけたこの街の市長であるライスは、片足を引きずりながら門の前にやってきた。やってくる軍隊から馬に乗った者がライスの前にやってくる。


「これはどういうことですかな?」

「貴殿は?」

「私はこの街、ミゲールの市長ライスです」

「そうか、貴様が街の長なのだな」


騎士はライスの姿を見て、軽蔑したような視線を向けてきた。


「私はラース王国軍第三突撃部隊隊長ガンツである。

この街は此れより、ラース第三軍の直轄領となる。

速やかに街に入る許可を出すがいい」


横柄な態度をとるガンツにライスは何の説明にもなっていないと戸惑う。


「ちょっとお待ちください。なんの説明も受けておりません。

どういうことなのか、教えては頂けいのでしょうか?」


ガンツの突然の命令に意味がわからないと、ライスが食い下がる。


「これは聖女アクア様の命である。

ガルガンディア城には聖女アクア様が直々に向かっておられる」


ガンツという騎士が、ほとんど何も知らされていないと分かった。

ライスはこの騎士に聞いても無駄だと判断した。


「では、我々の生活はどうすればよろしいでしょうか?我々にも畑や生活があります」

「そんなことはわかっておる。聖女様は慈悲深き方だ。

本来であれば今すぐ貴様ら全員を街から追い出すところではあるが。

家はそのまま使えばいい。

我々には空き家と、空きスペースを明け渡せ、そこに我々自身で家を作ろう」

「それでよろしいので?」

「そうだ。聖女様に争う意思はない」


ガンツは随分と聖女アクアに心酔しているようだ。

アクアが言ったという言葉を連呼している。ライスはこの男と話しても無駄だと思った。これ以上の時間を浪費しないために部下に軍を入れる準備をさせて、ガンツの言葉を承諾した。

軍隊は一千ほどで、ラース軍を証明する書簡を持っていたので、国からの正式な命令に逆らってもいいことはない。しかし、キナ臭いことに変わりはない。

その日のうちに街のことを信頼できる部下に任せ、ライスはガルガンディア城を目指した。


「私が帰らぬ時は、あとのことを頼む」

「ご武運を」


信頼できる部下たちは共にミゲールの街を作り上げた者たちだ。

どんなことがあろうと彼らの判断はライスと同じものであり、彼らが生きることを優先してほしいとライスは願った。

ガルガンディア城はライスが思っていたよりも深刻な状況に追い込まれていた。

城の周りには一万ほどのラース軍と、教会から派遣されたと思われる怪しげな集団が城を囲っていた。


「これは……」


ライスはその状況を見て、すぐに現状を理解した。

これは聖女アクアによる占拠なのだ。

ジェルミーの安否が気になり、ライスはジェルミーに会うため策を労した。


「貴様っ!誰だ?」


荷車を押したライスが、兵士たちの間を抜けていく。


「へぇ、あっしはいつもガルガンディア城に野菜を持ってくるゴンスケというものでさぁ~」

「ゴンスケだと、そんな話は聞いてないぞ」

「へぇ、あっしはいつもガルガンディア城に野菜を持ってくるだけでさぁ~」

「ああ~とにかく待て、聖女様に確認を取ってくる」


呼び止めた兵士が、違う兵士に命令して聖女に確認を取りに行かせた。

その間に呼び止めた兵士が、積み荷を確認する。

荷台には農家でとれたばかりの新鮮な野菜がギッシリと詰まっている。


「確かに野菜だけだな」


槍で中を突くが、誰かが中に隠れている気配もない。


「へぇ、あっしは「わかったわかった。それしか言えんのか」」


兵士は同じ言葉を繰り返すゴンスケに飽きれていた。

怪しい物も持っていないので、通していいかという思いもあるが。

まずは聖女様の確認が必要なのだ。


「聖女様は今は忙しく確認は取れなかったが、中の者に野菜のことを聞いたら、いつも運んでくる奴に間違いないそうだ」

「そうか、よし、お前通っていいぞ」

「へぇ、あっしは「あ~それはもういい。とにかく早く行け」」


ゴンスケとなるほっかぶりをした男は足を引きずりながら荷台を引いて、そのまま城に入っていった。

城の中に作られている宿屋に荷台を運び込んだ。

宿屋にはリンの家族たちが待っており、ゴンスケを迎え入れた。


「ライス様!」


ほっかぶりを外したライスを確認したリンの父親を見て、ライスは頷きジェルミーの居所を聞いた。


「ジェルミー殿はどこにおられる?」

「ジェルミー様は執務室で聖女様とお話しているようです」


リンの父親はガルガンディア城の中で、最後を迎える覚悟をしているようだった。

臆病な人だと聞いていたのに、娘を持つ父親は強いものだとランスはリンの父親の瞳に頷き返した。

リンの父親は娘が反逆者として、ヨハンと共にいなくなってからずっと覚悟していたのだ。しかし、ジェルミーのお陰でそんなことにはならなかった。

だが、聖女の来訪で父親はハッキリと覚悟を決めた。

そのためライスがここに来たことの意味をすぐに理解してくれたのだ。


「かたじけない」


ライスは短い礼を述べて執務室に向かった。

敵の狙いは何なのか、どうして今になってガルガンディア城に攻め入るのか。

どうせならばそれらも調べたいが、そこまでの時間はライスになかった。

ライスはガルガンディア城にある隠し通路を使い。

執務室へ向かったが到達する頃には深夜近い時間になっていた。


「ジェルミー殿おられますか?」


普通に扉から入るのではなく、天井から様子を伺いながら執務室に入る。

ジェルミーは一人で椅子に座っていた。


「ライス殿!どうしてあなたがここに?」

「ラース軍の様子がおかしいと思い急ぎやってきました。

ここに来るのに二日もかかってしまいました」

「苦労を成されたことでしょう」

「いえ、これも大恩あるヨハン様のためと思えばなんともありません」

「うむ。あの方の残された恩は大きなものだ」

「して、相手の狙いはなんですか?」

「それが……どうやらサク殿のようなのです」

「サク殿?」


ライスは共に戦った軍師サクのことを思い出す。

黒騎士に勝利したサクは、ヨハンの魔力によって生かされていた。

そう生かすだけで、意識がない。


「確か、サク殿には意識が……」

「うむ。だが、聖女はここに来るなり、サク殿の身柄を確保した」

「いったいどういうことでしょうか?」

「わからぬ。わからぬが、あまり良いことが起きる気がせん」


ジェルミーの言葉にライスはある決意をする。


「ジェルミー殿がそう言われるのであれば、そうなのでしょうな」

「どうかしたのか、ライス殿」

「すでにこの身は片手、片足を失った身。

命があるだけありがたいぐらいでございます。

だからこそ、この最後の命をジェルミー殿のため使わせてはくれませぬか?」

「何を言っている?」

「サク殿を連れてお逃げくだされ」

「何をバカな!私はここをあずかる身ぞ」

「わかっております。分かった上で、あなたは生きるべき人だ」

「それは貴殿も」


ジェルミーの言葉をライスは手で制した。

二度同じことは言わないという意思表示であり、ライスは死ぬ覚悟をしていた。


「すまぬ」

「いえ、むしろ私を騎士として死なせていただけることこそ誉れ。

ありがたいぐらいです」


ジェルミーとライスはすぐに行動を開始した。

しかし、聖女の魔の手はライスやジェルミーが思っているよりも巨大であった。

ドワーフのゴルドナやリンの家族にも協力してもらったが、サクを救うことはできなかった。

しかし、この事実をヨハンに伝えるためライスは、リンの家族やジェルミーを逃がした。


それに気づいた聖女は、ジェルミーを追いかけたがライスとゴルドナが囮となりジェルミーを逃がしてしまったのだ。


「こんな壊れかけの男にね」


ライスは片手、片足の義足がもがれ片膝で自身の体を支えていた。

だが、その目は戦士であり、唯々聖女をにらみつけていた。

ゴルドナの安否はわからない。だが、ライスは満足していた。


「あなたの気概は素晴らしいものね。

でも、私の下につかなかったことが、愚かなことですね」


聖女は片手を上げただけだった。

それだけでライスの首が飛んでいった。

処刑された男としては、ライスの顔は満足そうな顔だったとアクアは思った。


「なんだか、気味が悪いわね。でも、あの男への見上げはできたわね」


ライスのことなど一瞬の出来事であり、聖女は次のことを考えていた。


忠義に生きた男ライスは最後に満足いく死に様を迎えることができた。

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