第168話 防衛戦 ダンジョン編

アスナが稼いだ半日と言う時間で、第三軍は耐性を立て直した。

ダンジョン内の地図は第三軍に伝えられ、罠や地理を把握することで敵を迎え撃つために有利な作戦を立てられる。

ノーム族とコボルト族は疲弊し、第三軍と交代するように休みに入った。


「行ってまります」


ダンジョンの最下層に作られた部屋では、ヨハンが眠らされていた。

帰ってきたときはボロボロだったと聞いている。

リンも疲れたいたが、ヨハンは三万の軍勢を守るために、一人で十万の軍勢に挑んでくれたのだ。


「やっぱり、あなたは私の英雄です。でも、ここからは私があなたを守ります」


ダンジョンのすべてを把握するために、アスナが用意したのは巨大な水晶で作られたモニター室だった。

そこから敵の侵入経路、自陣の状況、罠や隠し通路の変更などを行うことができる。


「現在敵はどのあたりにいますか?」

「山城から侵入した帝国兵は、地下へと向かって進軍を開始しています。

現在は地上五階ですが、その進軍スピードは凄まじく。ほとんどの罠が突破されました」


ノームが作った罠はほとんどが落とし穴で、たまに壁から矢が飛び出すトラップを用意してある。

数が多い帝国兵は、最初のうちこそ罠にハマっていたが、進軍するうちに突破する敵が増えてきていた。


「フリード隊に罠の増設を、アン隊には敵を惑わす薬を使って煙を作るように言ってください」


狩人は獲物を捕獲するために幻覚剤を使用することがある。

幻覚剤を煙にして帝国兵に浴びせれば、多少の時間は稼げるはずだ。

その間にフリードが増設したトラップにハマってくれれば、さらに数を減らすことができる。


「各隊は地下に入った帝国兵を討つ準備をしてください」


リンやフリードの指示を受けた兵たちは慌ただしく地下階層に散らばっていく。

大広間にはモンスタートラップならぬ、王国兵トラップが仕掛けられている。

攻略者が一定人数入ると扉が閉まり、外からは開けられなくなるように設計されていた。

大広間では、王国兵数千人に対して帝国兵千人程度を相手にする仕掛けだ。


「ヨハン様が我々を守ってくれます」


山城の頂上付近に入り口を作ったのはあえて敵の侵入を許すためだ。

ダンジョンである限り、攻略するために挑戦者が必要となる。

この戦争が終わった後、ダンジョンを運営するときのことを考えてヨハンが発案したことだ。

帝国兵はアスナを追いかけて山城からダンジョンに侵入した。

山城の頂上付近から最下層に向かうダンジョンは、全部で二十五階層になる予定だ。土台を一月に足らずの時間でノームは作り上げた。


「帝国兵地上一階に入りました。一階層の大広間突破されました」

「数はどれくらい減りましたか?」

「多分ですが、侵入した帝国兵が三万ほどで、その半分はトラップと魔獣で撃退できたものと思われます」

「そうですか、さすがはヨハン様が設計したダンジョンですね」


地上部分にはトラップのほかに自然に住み着いた魔獣なども生息している。

山城での戦いで損害を出している帝国兵は、全軍を突入させなかった。

さすがの三死騎も慎重に成らざる終えなかったのだろう。 


「地下からはトラップと我々で対応します。

敵の増援を考え、フリード隊には罠の再構築を。アン隊も手伝いをお願いします」


それぞれの隊には帝国兵に気付かれない隠し通路で待機してもらっていた。

帝国兵が過ぎ去ったところで、作業にとりかかってもらうためだ。

地下に入ってきた帝国兵はリン自ら対応する。


「私が出ます。ここの指揮をお願いします」


リンは一緒にモニターを見ていたノーム族の男性に、後を託してその場を離れた。

向かうは王国トラップを仕掛けてある地下の大広場だ。

そこで敵を迎え撃つための準備に入る。


「ご武運を……」


ノーム族の男性は深々と頭を下げ、リンの後ろ姿を見送った。

王国トラップが用意された大広場には、すでに一万人以上の兵士が集まっていた。

フリード隊五千、アン隊五千はダンジョン内に残り罠の再構築に当たり。

義勇兵一万とガルガンディア兵五千が大広場に到着している。


「ここが正念場です。ここを突破されれば、もう後はありません。

皆さんよろしくお願いします」


扉が開かれ帝国兵が流れ込んでくる。

魔法の扉は、ある一定数を入れたところで自動的に閉じた。


「なんだ?どうなっている?」

「悪辣非道な帝国兵よ。我々王国軍が貴様らを葬ってくれる。ファイアーボール」


リンの放った巨大ファイアーボールは数百の帝国兵を呑み込んでいく。

残された兵士は王国兵や義勇兵が各個撃破していった。


「次っ!」


リンの叫びとともに扉が開かれる。

同じように入ってくる帝国兵に、リンの魔法が放たれ、第三軍の武力が振るわれる。十回ほどそれを繰り返したところで帝国兵の侵入が停止する。


「どうしました?」


リンの質問にモニター室からノーム族の男が言葉を返す。


「帝国兵沈黙、全滅しました」

「そうですか」


三万の帝国兵を討ち果たしたリンはホッと息を吐く。


「被害は?」

「負傷兵四千二百名、死者三千百四十二名です」

「亡くなった者は丁重に葬ってあげてください。

怪我をしたものは治療を、魔獣たちにはもっと被害が出ていることでしょう。

そちらもお願いします」

「はっ!」


リンはモニター室に戻り、状況確認に努める。


「外はどうなっているのですか?敵の増援は?」

「リン様、少し落ち着きください」

「すみません」


戦いの高揚から、リンは冷静さを欠いていた。


「いえ、飲み物と拭く物をご用意いたしましょう」


ノーム族の男に言われて自身が血と砂によって汚れていることに気付いた。


「ありがとう。でも、それよりも戦況を教えてください」

「はい。現在帝国兵は動きを止めています。

多分ですが、先行した帝国兵の報告を待っていると思われます。

敵もここまで無理な行軍と戦闘続きで疲れていたのでしょう。

山城で休んでいるようです」

「そうですか」


報告にリンは胸を撫で下ろす。


「一時とはいえ、時間が稼げましたね。

皆さんにも作業が終わり次第休息を取るようにご連絡ください」

「はっ!」


リンはモニター室を離れ、ヨハンが寝ている最下層に向かう。


「あなたは私が守ります」


ヨハンの手を取り、自身の胸に当てる。


「だから、もう少しだけ私に勇気をください」


リンはヨハンの口に自分の口を重ねる。

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