第167話 防衛線 山城編

ヨハンの陽動により、リン率いる第三軍は無事に双高山にたどり着くことができた。出発した時よりも山城として完成されつつある高山を見て、リンは安堵の息を吐く。


「帰り着いてから息を吐くっす。まだ終わってないっす」


リンを励ますようにフリードが付き従ってくれていた。

偵察にはシェーラの部下だというアンが、リンの目となってくれている。

新生第三軍もそれなりに若い芽が育ちつつあった。


「わかっています。あの人の帰る場所を守ります」


本来、リンは守備が得意である。

慎重な性格ということもあるが、何かを護るときリンは一番に力を発揮する。


「ノームさんたちに会いに行きましょう」


双高山の管理を任されているのは、ノーム族とコボルト族だ。

主となっているのはノーム族で、ダンジョン建築をヨハンから任されている。

コボルトは外敵の排除と、ダンジョンの外側にある山城建築を担当しているのだ。

それぞれの役割分担がはっきりしている。


「リン将軍、それに皆様どうされたのですか?」

「アスナさん、緊急事態です。敵が攻めてきます」

「どうやら、大変な事態のようですね」


ノーム族の大将アスナは、人に近い見た目とノーム族を表すアーモンドアイの瞳を持つ。アスナはリンのただならぬ様子に、戦の敗北を察した。

ノーム族やコボルト族、さらに残っていた魔獣もリンの様子を見て警戒態勢のため、すぐに動き始める。


「大丈夫ですよ、リン将軍。ヨハン様の設計されたこのダンジョンはどれだけの敵が来ようと対応して見せます」

「それではダメです。いえ、ダンジョンには活躍してもらいます。

でも、私も戦います」

「ええ、あなたは将軍。誰よりも勇敢に戦ってもらわねばなりません。

ですが、今は一時の休息をお取りください。酷い顔をされています」


アスナの言葉で、初めてリンは自分の体調の変化に気づいた。

豪雨の中、戦場からの離脱と逃走。

さらにヨハンが殿を務めることで圧し掛かる責任を全て背負ってここまでやってきた。それは十八の少女には過酷な道筋であったことだろう。


「私はだいじょう」


大丈夫と言いかけて、足元がふらつく。

そんなリンをアスナが抱き留める。


「今はお任せください。この地はすでに我々ノーム族が掌握しております。

どれほどの敵が来ようと、リン様たちが休む時間は稼いでみせましょう」

「ごめ……」


謝ろうとしたリンの口をアスナが抑える。


「謝る必要はありません。私達は恩義を返しているだけです。

ヨハン様には返し切れない恩があります。

そして、その恩は今も受け続けているんです。あの人のツガイ

であるあなた様も恩を返すべき相手に他なりません」


アスナの優しい言葉に、リンは安心して意識を手放した。

敗戦とは心も体も疲れさせる。


「今はお休みください。あなた様の力はこれからの戦いに必ず必要になります」


アスナはリンを抱き上げ、リンに付き従う第三軍をダンジョンの中に招き入れる。

ヨハンが出発した時よりも、ダンジョンらしく整えられた双高山は迷宮として進化を遂げていた。


「皆さん、まずはお休みください。

休む間は、このダンジョンと我々が皆さんを護りましょう」


アスナは自信に満ちた目で第三軍の兵士たちを励ましていく。

彼女は次期ノーム族の族長であり、彼女の本質は先見の目と人を纏める統率力にある。彼女の言葉は人を安心させ勇気を与える。


「アスナ様、敵の影が迫っております」


ノーム族の青年が、アスナの下に急報を知らせる。

敵の数はざっと見て十万ほど。


「敵よりも先にヨハン様のおかえりを確認したかったのですが仕方ありませんね。

皆さん、敵襲です。コボルトさんにも協力宜しくお願いします。皆さんご用意を」


アスナはヨハンの安否を確認したかった。

しかし、ヨハンは姿を見せることなく、敵の方が先に双高山にたどり着いてしまった。


「かかれーーー!!!」


帝国軍が進軍を開始する。


アスナはダンジョンの入り口を閉じて、山城に立てこもる。

ダンジョンで休む第三軍には一切手をださせないために、アスナは号令を発する。


「どんな手を使っても守り切ります。皆さんお覚悟を!」


アスナの号令でノームが、コボルトが、山城の防備に当たる。

山を登る帝国軍に矢を放ち、魔法を使う。


「さすがに数が多い」


迫る敵に、アスナは幾つもの罠で足止めをする。

さらに迷路と化した山城が帝国兵の進軍を阻む。

しかし、帝国兵の数に罠の数は間に合わず、コボルトと協力して矢を放ち、魔法を撃ち尽くす。


「大口を叩いたんやけど、これはちょっと無理かもしれへんな」


あまりの窮地にアスナな素の口調になってしまう。


「なんや?帝国兵の動きが止まったか?」


アスナが焦りを感じ始めていた時、帝国兵の進軍が止まる。

すると、帝国兵の後方から凄まじい光と共に帝国兵を吹き飛ばしていく。


「なんやあれ?」


一筋の光が通り過ぎると、その後に轟音が生まれた。

その光は雷の化身となったヨハンであった。

ヨハンはアスナの前に立ち急停止する。

姿を見せたヨハンの体は全身が焼け焦げ、見るも無残な姿をしている。

それでもしっかりとした目付きで、アスナを見た。


「軍は?」

「もうついてます」

「あとを頼む」

「任されました」


短い会話だった。

アスナとしてはヨハンと面と向かって話すのは初めてのことだった。

ヨハンの思いが伝わってきた。

ヨハンはそのままアスナの横に倒れ込み指を鳴らす。

すると、どこからともなく傷付いたシェーラが現れた。


「どこまで凄いお人なんや」


ヨハンは十万の軍勢の中から、シェーラを救ってここまできたのだ。

アスナはヨハンが行なったことに言葉を失う。

先ほどまで山城を攻めていた帝国兵が、ほとんど山から吹き飛ばされていなくなってしまった。


「これが私らの大将かいな。ホンマ聞いていた通り一騎当千やね」


アスナはヨハンという人物に興味を抱き、窮地から脱出したことに安堵の息を吐く。


「ここは気張らしてもらいます」


アスナは号令をかけて、ノーム族に罠の再構築の指示を出す。

コボルト族には、防御に徹してもらい時間を稼いでもらう。


「我らが英雄を私らが護るんや、気張りや!」

「「「おおおおおぉぉぉぉぉーーーー!!!!」」」


アスナの号令に、ノームもコボルトも雄叫びを上げる。

それに呼応するように魔獣たちが帝国兵に飛び掛かる。

ヨハンの奇襲で不意を突かれた帝国兵は、軍を立て直す前に魔獣の餌食となっていた。

アスナは全力を尽くした。全力で防衛に当たり、半日の時を稼いだ。

そして体力が尽きる前にダンジョンの中に避難していった。


戦場はノーム族が作り上げたダンジョンへ移っていく。

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