第166話 逃走戦

グーゴ率いる八千のオーク軍を失ったヨハン達は、ゴブリン率いる魔物隊三万とも引き離され、ヨハン率いる三万だけで双高山に向かい逃走を開始した。

しかし、好機と判断したキル・クラウンがただ見ているわけはなく。

ヨハンの後は追わせるように十五万の軍が追撃を開始した。

 

逃走するヨハンたちを追いかけてきたのは、キル・クラウンではなかった。

キル・クラウンがヨハンを倒すために呼び寄せたもう一人。

三死騎の中でもっとも苛烈な攻撃に優れた将エンドール・スピアーだった。


「各隊の状況はどうなっている?」

「この雨のせいで何もわかりません」


ヨハンが星落としをしたすぐ後に、天候が悪化して雨が降り始めた。

森が近く暑さもあるこの地域では熱帯雨林のようなスコールが観測される。

各隊の状況はわからない。

スコールのお陰なのか、こちらの行進も遅れているが、相手の追撃もあまり効果を発揮していない。


「リン、頼みがあるんだがいいか?」


慌てる兵をまとめていたリンの下へ。ヨハンは状況確認と作戦を伝えにきた。


「なんでしょうか?」


豪雨と雷により、声が聴きとりづらい。


「俺が……あとを……必ず……」

「わかりました」


リンは途切れ途切れに聞こえるヨハンの声に、しっかりと同意を示した。

ヨハンから見えないように背を向ける。


「ご武運を……戻って……」


リンの言葉もまた途切れ途切れになり、ヨハンの下にはほとんど届いていない。

それでもヨハンは頷き、リンとは反対の方向に駆け出した。

ヨハンの後ろにシェーラが付き従う。


「シェーラ、リンの援護を……」

「無理、私はヨハン様といく。生涯の伴侶はリンさんに譲った。

だけど、死地へ向かうヨハン様の横は譲らない」


シェーラにも、ヨハンが何をしようとしているのか分かっているのだ。


「お前の隊はっ」

「アンに任せた。アンにはもう教えることはない」


アンはシェーラ隊の副官だ。それ以上シェーラに何か言うことはなかった。

リンの下にはフリードが居てくれるだろう。

なら、一人ぐらい馬鹿を連れて行ってもいいかと思ったのだ。


一刻ほど離れた場所に、帝国兵たちがいた。

シェーラが偵察のために先行して調べてくれたのだ。

こちらがばらけてしまったように、帝国兵もバラバラに行動しているかと思ったが、十万の軍勢はよく調練されていた。

少しぐらい離れても、すぐに連絡が取り合い。

ほとんど隊列を乱すことなく進軍を続けていた。


「凄い……」


シェーラの言葉は敵の強さを表していた。

明らかに今までの帝国軍とは質が違う兵たちの屈強さに、ヨハンも指揮をしているのはキルではないと確信する。


「どんな相手かわからないが、基礎をしっかりとした相手だ。心してかかろう」


キルは奇策や意表などこちらの裏をかくように動いてくる。

その代り兵の練度には拘らず、個々の武勇に任せている。

しかし、目の前の相手は小細工など一切を不要として鍛え上げられている。

兵の質を上げて軍として、組織として、人の強さを追求した軍だと推測できる。

揺るがぬ精神を持った兵士たちはどんなことをしても、すぐに立て直すのも早いだろう。それだけ洗礼された訓練をしているのが、行軍しているだけで理解できてしまう。


「ヒットアンドアウェイでいくぞ」


ヨハンができることは限られている。

シェーラの偵察してくれたスキに突っ込み、魔法をぶっぱなす。

雨が降っているのだ、水はいくらでもある。氷結系魔法の出番というわけだ。

シェーラの指示に従って敵に突っ込み、氷結系の魔法で敵を薙ぎ払う。

一撃を加えると、すぐにシェーラの援護の下で離脱する。

数回繰り返せば、敵も襲撃を受けていることに気付いてくる。


「敵襲!!!」


敵の叫びに警戒が強くなり、防御の構えを取る。これこそが狙い通りなのだ。

敵の進軍が遅くなれば、それだけ王国軍が逃げる時間を稼げる。

場所を変えて、さらに敵の隊を襲撃していく。

数が多いということは確かにそれだけで脅威ではあるが。

こういう襲撃に対して、情報伝達の速度がどうしても遅くなる。

それでも一番東から西へ情報が届くまでの速度は他の隊よりも早いと推測できる。


「シェーラ、離脱するぞ」


情報が伝わったということは、警戒して敵の進軍が遅くなるということだ。

狙いが叶ったのであれば、ヨハンの仕事は終わったともいえる。


「何をしておる!!!」


しかし、ヨハンの狙いとは別に、十万の軍勢すべてに届くように風魔法で増大された声が、兵士たちすべてに届いた。


「小賢しい悪あがきなど相手にするな。襲撃して来たならば、返り討ちにすればよい。今は敵の軍を追いかけて全滅させればよい」


豪雨も、雷も、ものともしない男の声に、ヨハンは聞き覚えがなかった。

なかったからこそキルではない声に、この相手が指揮官であると確信が持てた。


「シェーラ、さらに危険な作戦になるが、大丈夫か?」

「付いてきたときから覚悟はしてる」


シェーラの言葉にヨハンは頷き紫電を発動する。


「援護を頼む」

「承知」


後先など考えている余裕などない。返り討ちにするというならやってみろ。

圧倒的な力を見せてやる。ヨハンは、雷と化して帝国軍の中を蹂躙した。

すべての魔力が尽きるまで魔法を放ち、傷つけば体を回復しつつ敵をなぎ倒す。

シェーラも指から血が出るまで弓を放ち、ヨハンに攻撃を加えようとする者を討つ。その身に多くの傷を受けようと一心不乱にヨハンのためにその身を捧げる。


二人は鬼神となって帝国兵に戦いを挑んだ。

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