第169話 防衛戦 策編

帝国軍死霊王直属三死騎の一人、エンドール・スピアーは山城の上で報告を待っていた。鍛え抜かれた体と揺るがぬ精神。

エンドール・スピアーは軍人としてもっとも優れた者という評価を死霊王から受けている。キル・クラウン敗戦の報を聞いたときは我が耳を疑った。

またキルのことだ、何かの策ではないかと思ったほどだ。

しかし、キル・クラウンからの使者が、エンドールの下に救援要請に来たことで、間違いではなかったと知ることとなった。


「戦況はどうなっておる?」


三万の軍勢を突入させて、すでに一日が経とうとしていた。


「未だ音沙汰ありません」

「そうか、ならば次を突入させるしかあるまい。休息は十分であるな?」

「はっ、問題ありません」

「うむ。方々よ、帝国に敵対する阿呆どもを懲らしめに参るとしようぞ!」

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」」」」」


エンドールはキルのように饒舌でも、策士でもない。

その行動は軍人として当たり前であることを追及している。

あくまで彼は騎士ではなく軍人なのだ。


「捕虜を連れて参れ」

「どうされるのですか?」

「盾とする」

「盾でございますか?」

「そうだ。三万の軍勢が返って来ぬということは、ここから先は罠が張り巡らされた人工のダンジョンだと予想される。

それを攻略できずに三万は全滅したと思われる。

ならば、捕虜を使って罠があるか確かめればよい」


シーフや盗賊など、罠解除系のジョブを持った者がいれば、ある程度は攻略できるのだが、エンドールの軍にはそういうジェブを持った兵士はいない。


「畏まりました」


エンドールの指示を受けた兵士が、捕虜を連れてやってくる。

コボルトやノームなど千近い数がいた。


「良くもこれだけ捕まえたものだ。恥知らずな者達めが……」


エンドールは捕虜を認めていない。

捕まって生きながらえている者は、戦いを放棄した情けないものとして見ているのだ。


「今の兵数はどれぐらいだ?」

「六万にギリギリ届くぐらいだと思われます。

先に侵入した三万と、この山城を攻略する際に減った者が一万ほどです」

「うむ。不可解な閃光のせいか」

「はい。あの閃光が数千の兵を焼き払いましたので」

「ふん。あれがいなくなってすでに一日経つ。あの者も無傷で使える技ではなかったということであろう」


エンドールの見解は当たっていた。

ヨハンは一騎当千の働きをしたが、その代償として現在も意識を取り戻していないのだ。


「では、一万をここに残し、貴様に任せる。

自分は残りの五万を連れてダンジョンに突入する」

「将軍自らでございますか?」

「そうだ。実際に指揮すればこんなダンジョンなど、すぐに攻略できよう」

「かしこまりました」


副官である男にダンジョンの入り口を託して、エンドールは部隊を引き連れダンジョン内に入っていく。

地上五階から始まるダンジョンは捕虜を先行させることで、罠を次々と攻略していく。


「嫌だ!嫌だ。進みたいくない。ギャー!」

「やめてくれ。助けて!」


コボルトは悲鳴を上げ、このダンジョンを作ったノームは苦虫を噛み潰した顔で罠へとその身を投じる。

決して罠のありかを言う者はいなかったが、あまりにも凄惨な光景に帝国兵も目を背けるほどだ。 


それでもエンドールは、怖がる捕虜の背を槍で突いて先に進ませる。

コボルトの青年は泣きながら願ったが、落とし穴に落ちて串刺しになった。


「ふん、罠と言っても大したことはないわ」


矢の雨も、落とし穴も、追加された鉄球や毒などの罠も、すべて捕虜となった者たちを犠牲にすることで、帝国兵には全く被害が出ていない。

煙によって錯乱したものはいたが、それでも進軍するのに支障はなかった。


「先ほどから罠が発動せぬな?」


地下五階を超えたあたりから罠が発動しなくなっていた。

そのため連れてきていた捕虜が死ぬことがなくなった。


「どうやら自動で発動するものではないか。ふん、軟弱な精神を持っているようだな」


エンドールは、王国軍の指揮官のことを軟弱者と揶揄した。

捕虜を犠牲にするエンドールの策は、何かを守ろうとするリンには最大限の効果を発揮したのだ。


「どうやら、ここで先遣隊の消息が絶たれたようです」


モンスタートラップが用意された大広場の前で、エンドールは立ち止まっていた。

ここまでほとんど素通りでダンジョンを攻略してきたエンドールは、やっと変わった景色に口角を釣り上げた。


「面白い。制限できるトラップか?」


先行させた捕虜たちを一定数入れたところで門が閉じた。

数人の帝国兵も中に入っていったが、門が閉まってから数分経ってから門が開いた。


「どうやら捕虜は全滅したようだな」


エンドールは笑いが込み上げてきた。

敵国の民とはいえ、エンドールという人物に一切の慈悲はない。

そのことを部下たちは知っている。

だからこそ、エンドールの笑みに寒気を覚えた。

またエンドールが負ける姿など、帝国兵には想像できない。


「武装した兵士を用意せよ。自分が出る」

「はっ!」


エンドールについてきたのは、エンドールが直々に鍛えた虎の子である。

彼らと共にエンドールもランスと呼ばれる巨大なスピアーを持ってモンスタートラップへ入っていく。


「貴様が指揮官か?」


大広場の中央に立ち尽くす緑色のローブを纏った美少女に話しかける。


「ええ。王国軍第三軍大将リン・ガルガンディアです」

「うむ。自分は帝国軍死霊王直属三死騎が一人、エンドール・スピアーである」

「あんなヒドイ策を考えたのはあなたですか?」

「策?自分は策と呼ばれるようなことはしておらん。

ただ軟弱なる者を有効に使ったに過ぎん」

「私は……あなたを許せそうにないです」


リンは震える拳を突き上げ、エンドールに向ける。


「ふん。どうやら貴殿も軟弱者なようだ。死を持って屈強なる精神を学ぶがいい」

「あなたの行い。私が正します」


リンは特大のファイアーボールを放つ。


「笑止」


エンドールは巨大なスピアーを持ち上げ、ファイアーボールの中心を突いて消滅させる。


「この程度の火の子、大したことないわ」

「ならおいらがいくっす」


トラップを発動させなかったことで、リンの下に来ていたフリードがエンドールに挑みかかる。二刀のナイフを巧みに使い、エンドールを翻弄しているかに見えたが、エンドールはスピアーの一振りでフリードの動きを止めてしまう。


「その程度の武で自分に挑むか?」


フリードも一振りで悟ってしまう。エンドールにはどんな攻撃も通用しない。


「どうやら、王国に自分を倒すだけの力量を持った者はおらぬようだ」

「狩人隊放て!」


エンドールが語り終わる前に、アンの指示で矢が放たれた。

しかし、エンドールの後ろに控えていた兵たちが前に出て盾の壁を作り出す。


「錬度が足りぬ」


エンドールの軍は圧倒的な強さと連携で、リンとフリードが率いる義勇兵を蹴散らしていく。


「軟弱軟弱軟弱!!!ふははははははは!!!」


エンドールはその武力によってリンを追い詰め、スピアーの先端がリンの喉元に突き付けられる。


「チェックメイトだ。娘よ」

「私は娘ではない!騎士だ!」


ヨハン仕込みの手斧で、魔力で肉体強化した肉体でスピアーを弾き飛ばす。


「ほう。少しはできるようだ。だが無意味。貴様程度の武では自分に及ばん」


エンドールの言葉通り、リンの手斧は弾き飛ばされ、再度喉元にスピアーを突き付けられる。


「まだ終わってないっす」


アンの弓と、フリードのナイフがリンを助ける。


「何人来ようと同じこと、貴様らの武では自分には届かない」


エンドールの体が赤い光を放ち始める。


「貴様たちに本当の武を見せてやろう。魔闘気!」


エンドールの威圧が膨れ上がり、あまりの脅威にフリードは動けなくなった。


「無理っす。化け物っす」

「死ぬがいい」


ファイアーボールを消滅させたエンドールの秘儀が、圧倒的な威圧となってリンの胸に突き刺さる。

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