第158話 双高山の戦い 4日目

左の小山に罠を仕掛けるように命令されたシェーラは三千の兵を与えられた。

それとは別に偵察部隊として二千を伏せている。

左の小山に大軍で現れた帝国兵によって、作業は中断せざる負えなくなり。

シェーラは退却を余儀なくされた。


「ヨハン様の作戦を実行できなかった……」


シェーラは罠を半分ほど設置したところで、退却したので残念だと思った。


「このまま帰ろうか?」


シェーラは引き連れていた部隊の者を連れて、本陣に戻ろうか考えている。

ヨハンからの伝令だというオークがやってきた。


「シェーラ様ですね」

「そう」

「ヨハン様から伝令です。このまま左に迂回して本陣の後方に回り、帝国を監視しろということです」

「監視?」

「そうです。敵は必ず動くと言っていました」

「そう、なら監視する」


シェーラはヨハンの要望に応えるように一日目で戦場から姿を消した。

早々に逃げたこともあり、偵察に出していた数名が犠牲になることでほぼ部隊としの損害はなかった。

シェーラはヨハンの命令通り、時を待つように本陣のさらに後方に身を潜め、左の小山から見えない位置で息を潜めて待った。

一日目、二日目と帝国が動くことはなかった。

三日目にして帝国の動きがあった。

明け方近くに敵が忙しなく動き始め、左の小山に布陣していた帝国兵が進軍を開始した。


「動いた。でも、すぐに攻撃する?」


シェーラは判断を決めかねていた。

キル・クラウンが放った左翼の軍は三万。

シェーラが引き連れている兵は偵察に出たものを入れても五千なのだ。

六倍もの相手に攻撃を仕掛けて、ただで済むとは思えない。

奇襲をかければ最初は有利に戦えるが、それで勝てると楽観するほどシェーラの頭は呆けていない。


「本陣はどうなってる?」


左翼が本陣へ向かっていることは、すぐに理解できた。

本陣はヨハンの部下とオーク族を合わせて二万が滞在しているはずだ。


「姿が見えませんね」


シェーラの横で狩人を束ねているアンが呟く。


「どう見る?」

「ヨハン様の考えは私にわかりません」

「そう」


アンの言葉に、シェーラは視線を戻して本陣を見つめる。


「今は仕掛けない」


敵も武装を解除しておらず、本陣にいないヨハンを探して彷徨っているのだ。

わざわざ警戒している敵に攻撃を仕掛ける必要はないとシェーラは判断した。


それから夜が訪れ、敵は本陣に居ついて落ち着いた。

掲げられていた王国の旗は全てなくなり、帝国の旗が本陣に掲げられた。

見ていて気持ちのいいものではないが、これがヨハンの作戦であると思えば、敵がバカに思えてくる。

なぜ敵がさらに後にいるとは考えないのか、なぜ監視されている目の前でくつろげるのか。存外人とは一つの仕事を終えると油断するものだ。

帝国兵の指揮官は、三万の軍勢に恐れをなして本陣からヨハンが逃げたしたと判断した。勝った者とは浮かれるものだ。そこに油断するなというほうが無理がある。


シェーラはさらに夜の闇が更けるころ、行動を開始した。

気配を消した状態で敵が休んでいる天幕に火を放ち。

さらに、火に気づいた敵を次々と殺していく。


「一旦引く」


シェーラは深追いをしない。

少数精鋭で忍び込んだシェーラは確実な成果を出す。

見張りと指揮官と思える数人を確実に殺して本陣から離脱した。

火に焼かれれ、指揮官を失ったことで混乱する帝国兵の中にシェーラは確実な距離を空けてから狩人とエルフに指示を出す。


「風を使って矢を」


風魔法を使うことで長距離を放つことで、混乱している帝国兵にはどこから攻撃されているか特定などできない。

帝国兵はこの晩、数名の指揮官と食料、さらに五千ほどの兵を失うことになる。

数だけ見れば六分の一と大したことがないように聞こえる。

だが、軍とは指揮官が居て初めて機能する。

指揮官を失った者たちに、軍としての行動がとれるかといえば、否だ。


「あとはヨハン様に任せる。私は左の小山に向かう」


シェーラは自分の役目は終えたと、本陣の監視から離れて本来の目的であった左の小山奪還に動いた。

これは当初の目的を達成する意味もあるが。

本陣に陣取った帝国兵と対高山に陣地を構えた帝国本体を分断する意味も込められていた。


シェーラの判断は正しく。

夜襲を受けて呆然としていた帝国兵の下に、姿を隠していたヨハンが夜明けとともにオークの群れを連れて襲いかかった。彼らはある場所に隠れて様子を伺っていたのだ。

シェーラの行動はヨハンの予想通りであり、敵が戦意を喪失していることも分かった。そこで一番武力のあるオークを突入させた。


さらにオークが突入するのを助けるように、帝国兵二万五千の上で氷の矢が降り注いだ。逃れたものが少ないほど広範囲に放たれた矢は、帝国兵の動きを封じ込めオークの蹂躙を許すこととなる。


「どうやら、まんまと罠にはまってくれたらしいな」


ヨハンはキル・クラウンならば、これぐらいのことはやってのけると読んでいた。

二人の化かし合いはヨハンの方が優勢に進んでいる。


「今頃俺の行方を捜しているんだろうな」


キル・クラウンの下には、本陣はもぬけの殻でヨハンを見失ったと連絡が言っているはずだ。


こうして四日目の朝が明けた。

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