第157話 双高山の戦い 3日目
キル・クラウンはヨハン・ガルガンディアのことを好ましく思っている。
側にいて楽しい相手であり、友人と呼びたいとも思っていた。
しかし、戦いとは残酷なものだ。
敵同士となったならば、親友であろうと戦い合わなければならない。
「悲しいものだな。ガルガンディア」
言葉にしたが、実際のキル・クラウンは笑みを浮かべている。
ヨハン・ガルガンディアを見続け、人となりをある程度理解している。
キルは、本当は楽しいと感じていた。
この地形で戦うことが決まったとき、右の小山が三番目に高いことは誰が見てもわかっていた。だからこそ、ヨハンは取りに来ない。キルはそれを読み切っていた。
なぜならば、ヨハンは意表を突くのが上手いのだ。
戦略に有利な右の小山をキルが取るために動けば、左には罠を仕掛けて、次の日から右の小山に集中攻撃を仕掛けてくることが予想できるからだ。
低い方を取ったとしても、ヨハンには広範囲魔法が存在することをキルは知っている。広範囲魔法を使わせたくないので、できれば両方の山を押さえておきたい。
「左に攻撃を集中しろ。右は二万もいれば抑えられるだろう」
直属部隊たちに指示を出し、キルは対山を見つめる。
遠い先に見えるのは旗だけだが、そこにヨハンの存在を感じて自然に笑ってしまう。
「いよいよだ。さぁ、始めよう」
キルは一日目の戦闘の行方を楽しみに酒を口にする。
キルが中央に大軍の兵を配置しなかったのは、ヨハンが中央から責めて来ることは無いと判断したからだ。
「キル将軍、報告が来ました」
「やっとか」
一日目が終わり、日が沈む頃。やっとキルの下に報告がやってくる。
「でっ?どうなった?左の小山は抑えられたのか?」」
「はい。左の小山は問題なく手に入れることができました」
「左の小山は?」
報告に来た兵士の言い回しに、キルは奇妙な感覚を覚えた。
「実は右の小山に向かったゴング軍二万が半壊いたしました。
相手をしたのは王国第三軍の一人で、リン将軍と名乗っていたそうです」
「リン将軍だと!ヨハン・ガルガンディアの代理人に何ができる!」
キルは予想外な相手の活躍にテーブルを叩きつける。
「会ったことはないが、ヨハンが認めるヨハンの代理人か……」
テーブルを叩きつけた後に、ヨハンがガルガンディアを任せるだけの人物だということを思い出して考えを改める。
「さらに報告いたします。
中央を偵察しておりましたハント様が行方不明になられました。
同時に偵察に出していた五千の兵も行方が分かりません」
中央から責められることはないと思っていた場所に派遣していた偵察部隊の予想外な壊滅に、キルは立ち上がり驚きを隠せない。
「左翼は!左翼は本当に手に入れたのか?」
「はっ、左翼は予定通り占拠できたと報告が来ています」
「なんだ……そうか……」
再度確認を取ることで、帝国側の勝利に安堵する。
キルは自分の予想に反する報告が続き、力が抜けたように椅子に腰を下ろす。
「どうなってるんだ?」
自分が予想したものとはあまりにも違う結果に、キルは頭をフル回転させる。
「なるほどな。そういうことか」
キル・クラウンは愚かな男ではない。
頭をフルに使ったが、一つの結論に至った。
「ヨハン・ガルガンディアは今回の作戦に関与していないのか……
いや、関与はしているが、予想外の出来事があったと考えるのが妥当か?
なんにしても、左の小山を取りに来ると思ったが、右の小山を取られたか……
まぁ、左の小山を取ったことに変わりはない。
最初の策通りとしておく。さぁ、次はどうでる」
キルは先程までの戸惑いが無くなり、ヨハンがどんな手を使って来るのか考えるだけで楽しいと思うようになっていた。
「どうでるか、考えるだけじゃつまらないな。
こちらから仕掛けを施すことにしよう」
キルはヨハンの驚く顔を思い浮かべ、ある作戦を実行に移すように直属部隊に指示を出す。
「三日目はこちらから行かせてもらうぞ」
一日目を築城に、二日目は予想外の陣地取りを終えたことでキルにも余裕が生まれてきていた。
「肝になるのはやっぱり左の小山だ。中央は森が多く、何より互いの築城を攻めるには地の利が無さすぎる。
それに対して左の小山は、向こうの本陣近くに、作戦を仕掛けるのに丁度いい。
面白くなってきたな」
三日目の朝が明けるとともに、ヨハンがいる本陣へ敵の奇襲が仕掛けられた。
左の小山を取った一団がそのまま本陣へ向かって突撃をかけたのだ。
キルはヨハンの考えを読んでいる。
こちらが長期戦でもいいと考えていることを、ヨハンが読んでいることを読んで、三日目にして仕掛けたのだ。
「主力は右の小山に移動したようだが、本陣は手薄ではないかな?」
キルはヨハンの裏をかけたことで、内心笑いが止まらない。
「報告!」
「どうだ?」
キルは勝利報告を楽しみにしていた。
「それが……敵本陣はどこにも見当たりませんでした」
「はっ?」
「ですから、敵の本陣が南の高山にありませんでした」
「どういうことだ?」
キルは天幕から出て、対になる高山を見る。
ヨハンがいるであろう王国の旗はそのままだ。
「あるじゃないか?」
「それが……旗や天幕は確かにあるのですが、敵の姿がどこにもないのです」
「なんだと……」
キル・クラウンは三日目にして敵の総大将であるヨハン・ガルガンディアの存在を見失った。
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