第159話 双高山の戦い 5日目

キル・クラウンの下へ報告が届いたのは四日目の昼を過ぎたころだった。

それはキル・クラウンには信じられない内容だった。


「どういうことだ?」

「はっ!昨日、敵本陣を占拠した三万の軍勢が全滅したと知らせが来ました」

「なっ!」


急ぎやってきた伝令の内容を聞いて、キルは我が耳を疑った。


「何が起きたんだ?」


キルは昨日の段階で王国本陣を占拠したと連絡を受けていた。

しかし、今日になって三万いた兵が全滅したと言う報告を受けたのだ。


「夜襲を受けたと報告が入っています。

さらに明け方近くで混乱しているうちに、追い打ちをかけられ」

「成す術なく全滅したと……ふざけているのか?」

「いえ、偵察から入った報告ですので、間違いないかと」

「くそっ!」


キル・クラウンは自身の失態に今更ながら気付いたのだ。


「俺はヨハン・ガルガンディアの掌の上で踊らされていたのか?」


数の上では、まだ帝国兵の方が有利である。

だが、左右の小山を取られ、中央には得体の知れない部隊が動きを続けている。

キルが逆転しようと思えば、ヨハンを打ち倒せばいいのだが、ヨハンの居場所が掴めていない。


「詰みか……」


キルは愚かではない。自分の負けを受け入れることができる。


「ただで負けるわけにはいかないな」


しかし、キルにも意地がある。

負けを覚悟した上で、右の小山に目を向ける。

現在わかっているのは右の小山にリン将軍がいるということだ。

ヨハン・ガルガンディアは討てなかった。

だが、場所が分かっているリン将軍を討てば、ヨハンへかなりの大打撃を与えられることが予想できる。


「全軍をもって右の小山に進軍を開始する」


分散してもやられるのであれば、最大勢力をもってリン将軍を討ちに行く。


「この城はどうされるのですか?」

「捨てる。即席の山城だ。捨てても問題ない」


副官を務める男の静止を振り切り、キルは全軍の進軍を命令した。

もしも草原など相手が見えている戦いであれば、キルがとった全軍の総攻撃も有効な手段だといえたかもしれない。

ただ、山々が並ぶこの地では、中央の森以外に帝国兵六万が有効に活躍できる広い場所がない。


「かしこまりました。では、すぐにでも進軍の準備を」


キルの決断後、帝国兵が動き出すまでに一刻の時を要した。

総攻撃ともなれば、それだけの用意が必要なのだ。

三万の兵が全滅した報告が、昼過ぎだったこともあり、出撃できる準備が整ったのは日が陰り始める時刻だった。


「本当に行かれるのですね?」

「もちろんだ」


暗くなれば王国軍以外の脅威も顔を出す。整備されていない森なのだ。

モンスターと言われる魔物たちが息を潜めてこちらをうかがっているだろう。


「承知しました」


副官も覚悟を決めて、進軍を開始する。

山城を駆け下りながら配置されていた兵たちを吸収していく。

キルを先頭に、六万強の軍勢となった帝国兵が山を下りて、右の小山に到着するまでに二刻は必要になる。

休むことなく右の小山に襲い掛かってもいいが。

兵たちのことを考え、右の小山手前でキルは小休憩を入れた。


「今のうちに休むがいい。暗いうちに仕掛ける」


辺りは真っ暗闇となり、右の小山が掲げられる松明の明かりが帝国兵を照らしている。


「準備整っております」


副官の報告にキルは頷き、号令をかけようと手を上げる。


「うおっ!」「ぎゃっ!」「なんだ?うわっ!」


キルが号令をかけるよりも前に、兵士たちの中から悲鳴が聞こえ始めた。

それは段々とキルの方へ向かってくる。


「なんだ?何が起きている?」


キルも悲鳴の多さに戸惑い手を下してしまう。


「わかりません。あっ!モンスターです」


兵士たちを見ていれば、別の影が暴れていた。


「なんだあれは?」


キルも影だけではモンスターの区別はできない。

ただ、モンスターの襲撃を受けているなら、反撃すればいい。


「隊列を組め。モンスター如き帝国の敵ではない」


冷静になり、敵に当たればモンスターなど敵ではない。

そう、モンスターは帝国兵の敵ではないのだ。

本当の敵は松明の明かりの向こうにいる。


「来ましたね。矢を放て!木が邪魔するかもしれませんが、あれだけいるのです。数を撃てば当たります」


リンは義勇兵を二列の並べて矢を放った。

一列目が終われば二列目、二列目が終わればまた一列目と、交互に打ち出される矢は、かなりの数になる。


「王国兵から攻撃です」


副官の言葉に、キルは奥歯を噛みしめる。

どうしてここまで悉く失敗するのか、ヨハン・ガルガンディアの為人は調べたはずだ。用兵の仕方や性格、実践も見た。なのにどうしてここまで予想から外れる。


「モンスターを蹴散らして撤退する。向かうはハロルド砦だ」

「かしこまりました」


副官は若干安堵した顔をして、キルの言葉を兵士に伝えていく。

帝国兵もギリギリだったのだ。

ここで無謀な特攻でもしていたなら、離脱者が続出していたことだろう。

キルはモンスターたちを蹴散らし、双高山から撤退していった。


「終わったな」


そんなキルたちの様子を、リンの横でヨハンは見つめていた。


「はい。案外弱かったですね」

「そうだな。だが、こちらにも被害が出ている。

何か一つの読み間違いが、戦局を変化させるかわからない」

「そうですね。申し訳ありません」


ヨハンの言葉にリンは謝罪を口にする。


森に生息するモンスターたちの後ろには、それを追い立てるようにダリアがブレスを放って翼を広げていた。

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