第145話 サク司令官 8
六人の忍びに囲まれた黒騎士は間合いを測りかねていた。
一刀の下に斬り伏せることが出来そうな間合いであるはずなのに、近いようで遠い忍びの気配に間合いが掴めない。
何より一人を捕まえたと思っても、他の五人から常に狙われているのだ。
警戒するなと言う方が無理がある。
「普通の奴ならば、それで終わりなんだろうな」
黒騎士は構えを解き、腕をダラリと垂らした。
忍びに油断などなかったはずだった。
しかし、黒騎士の思いがけない行動に、ほんの少し疑惑をもった。
「陽炎」
黒騎士は本当にそこにいた。いた筈なのだ。
六人とサクは黒騎士を見つめていた。
しかし、黒騎士は忍びの後ろに回り込み、一人を切り伏せた。
「いつの間に」
サクも遠巻きに見ていた。
それでも六人に囲まれる形で、中央に黒騎士はいたはずなのだ。
突然に忍びの後ろに現れた黒騎士は一人を切り伏せ、中央にいた黒騎士だと思っていた影が消えて包囲網が崩れる。突然のことに戸惑う忍びではない。
どんな状況にも対処するように鍛え抜かれた忍びである。
変化した状況にすぐに対応してみせた。
敵が目暗ましたのような術が使えるのであれば、こちらも遠慮する必要はないとばかりに忍術を使う。
「影縫い」「煙幕」「爆殺」
闇魔法、風魔法、火魔法を応用した忍術が同時に三つも放たれる。
黒騎士の動きと目を奪わい、攻撃を浴びせるのが狙いだ。
「いい加減、貴様らの小細工には慣れてきたぞ」
同時に放たれた三つの攻撃に対して、一切慌てる様子もこともなく魔剣の一振りで掻き消した。
爆風や影縫いのような見えない攻撃も含めて全て弾き返して見せたのだ。
「なっ!」
さすがの忍びも驚かずにはいられなかった。
ただ一人を除いて一瞬の時が止まる。
「皆さん、戦いは終わっていません」
サクの言葉に忍びたちも動きを取り戻すが、それは遅かった。
「横一文字」
黒騎士は剣を鞘に納め、横薙ぎに一字を描く。
それは漆黒の刃から放たれた漆黒の斬撃。
サクが声をかけたときには五人はまとめて斬撃によって吹き飛んだ。
「戦いは終わりだ」
黒騎士がゆっくりと魔剣を持ち上げる。
その姿を見れば、黒騎士も満身創痍であることは間違いない。
肩やフトモモにはガトリングボウの矢が刺さり、ここまで一万以上の兵たちによって与えられていた無数の傷から血をふきだしている。
馬は倒れ、鎧も砕け、大剣も失った。
それでも黒騎士はサクをまっすぐに見つめて剣を向ける。
「ならば追いかけてくればよいでしょう」
サクは逃げも隠れもしない。
最初の挑発から、ずっと黒騎士に正面から相対してきた。
黒騎士が執務室に入ると誰かが執務室の扉を閉めた。
「まだ、その武器を使うのか?」
「ええ、私の武器の一つですからね、これも使います」
「これもか……それで?お前一人で何ができる?お前の兵力は全て退けた。
ただ死を待つことはできないか?いや、なんなら俺の下へ来ないか?ここまでの智謀ならば配下としてほしい」
「ありがたい申し出です。ですが、もう私には心に決めた主がおりますので」
「嫉妬してしまうな」
黒騎士はサクを見て笑う。
それは敵に向けるべき笑顔ではなく、好意を抱く相手に向ける者であり。
別の相手に取られたと、お道化るような笑顔だった。
「あなたに先に会っていたら、あなたの下についたかもしれないですね」
「そんな言葉を言ってくれるのは嬉しいが、お前が仕える主は俺以上か?」
「はい。最初は強くもなかったのですが。
唯々まっすぐ前だけを見つめて、困難に立ち向かい、苦労を自ら招きいれる変な人です。だからでしょうか、そんなどうしようもない人だから傍に居たい」
「どこがいいのかわからんな、惚れているのか?」
「はい。我が主はあの人だけです」
サクは味方にも見せたことのない笑顔で黒騎士に応えた。
黒騎士は頭を掻き、場違いにもサクを綺麗だと思った。
「ますます焼けるな。そいつに会ったら絶対に殺してやる」
「あなたが、あの人に会うことはありません。私があなたを討ちます」
「お前にできると思うのか?」
「ええ」
サクは確信をもって最後の一手を指そうとしていた。
「この砦が冬の間に出来たことは知っていますか?」
「うん?いきなりなんの話だ?」
「この砦には、ある秘密があるんです。
こんな王都の近くにできた砦が奪われたら一大事ですからね。
それなのに英雄ランスも、王女ミリューゼもあっさりとこの砦を見捨てた。
どうしてだと思います?」
サクの言葉に黒騎士も訝し気な顔をする。
「この砦はすぐに壊すことができるんです」
サクの言葉と同時に砦が轟音と共に崩壊を始める。
「なっ!」
「あなたを逃がす気はありません。そのために部屋に閉じ込めたのですから」
黒騎士は振り返り、扉を開けようとする。
扉は重厚な重さと厚さを返してきた。この執務室だけが特別なのだ。
執務室とは総大将が事務仕事をする場所だ。
そこに敵が押し寄せてくることは十分に考えられる。
「こんなことをすればお前の命も……」
黒騎士は自分で言っていて、サクの覚悟に気付くことができた。
「あなたと死ねるなら本望です。八魔将であり、現王国侵略軍総大将黒騎士アンリのあなたを倒せるのであれば、私の命など差し上げます」
ここまでの言動が、すべてここに誘導するためのものだったのだ。
自分を餌に黒騎士を執務室に誘い込むためのものだった。
「ここの壁や扉は英雄ランスが、聖剣を使っても切れないような鉱石でできているんです。その代りこの中では地獄が待っている」
サクが言葉を発するより前に、部屋の中で小爆発が起きる。
すでに立っていることも辛いほどの揺れが砦の崩壊を告げる。
「この砦を作った奴はよほどのサディストだな」
「セリーヌ様は……そうかもしれませんね」
元主のことを考え、サクはまたも笑う。
「死ぬ前だというのに随分と楽しそうだな」
「ええ、私は嬉しい。私こそ本当の意味で生きる意味を欲していた人間ですから。
あなたを倒すことで私は生きる意味を手に入れる」
「そうかよ」
執務室の中は小爆発の影響で火の海と化している。
サクの足も黒騎士の足にも火は移り、体全体に回るのは時間の問題だった。
「なぁ、俺もこの砦を壊す手伝いをしてもいいか?」
「できるものならどうぞ」
サクは絶対の自信をもって答えた。
黒騎士は火の海と化した部屋を歩き、中心部で止まる。そこには壁も扉もない。
あるのは床だけだ。
「そんなところで何を?」
「まぁ見てろ」
魔剣を抜いた黒騎士は、何を思ったか魔剣を床に突き刺した。
床に突き刺してどうなるのか、サクがそんなことを思っていると、ひと際大きな揺れが起きる。
「最後の倒壊が始まったようですね」
砦が終焉を迎えようとしている。
死んだ者以外は逃げられただろうか?サクは最後だというのに他人のことを思っていた。兵士たちのことを思い、そしてヨハンのことを想った。
「だから言っただろ。手伝うって」
サクの言葉をどう捉えたかわからない。
黒騎士はサクに応え、そして床を割る。
「はっ?」
「魔剣ハーデスに斬れぬものはない。確かに威力だけで扉や壁を吹き飛ばそうとしても無理かもしれないが、斬るのであれば砦でも斬って見せる」
バカげていると思った。
あの状況からこんな方法で助かるなど……斬られた床から落ちていく二人の下に崩壊した瓦礫が降り注ぐ。
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