第144話 サク司令官 7

黒騎士はランス砦の中を馬に乗ったまま駆け回る。

サクが仕掛けた罠や人を剣一本で切り伏せて、サクの首を取るために走り続ける。

王国兵のほとんどが弓矢や槍を使って、黒騎士の間合いの外から攻撃を仕掛ける。

たが、一太刀として当たることはない。

黒騎士は同時に離れた矢であろうと槍であろうと、剣で捌き、馬にすら当てさせない。


「これがお前の言う全兵力か?」


サクを見つけた黒騎士が、まっすぐにサクの下へ向かってくる。

サクはランス砦の中にある大広間で黒騎士を迎え撃つことを決めていた。


「ええ、この砦の中にいる兵士が、間違いなく私が率いる全兵力ですよ」


大広間に入ってきた黒騎士に八方から槍や剣が振るわれる。

しかし、黒騎士も予想していたのか、魔剣とは別に抜いていたバスタードソードによって左側を防ぎ、魔剣によって右側をなぎ倒す。

黒騎士がサクを視界に捕らえると、サクの口元には筒が構えられていた。


「何も大物だけが武器ではありません」


吹き矢によって黒騎士の愛馬が昏倒する。


「貴様!!!我が愛馬!!!」


黒騎士は、どんな戦場も黒馬と歩んできた。

最も信頼する相棒を倒され頭に血が上る。


「兵士よりも馬の方が大切ですか。悲しい人ですね」


サクはさらにナイフを二本投げつける。


「小賢しい」


魔剣によって弾き飛ばされたナイフを見てサクは笑う。


「あなたなら弾くと思っていました」


黒騎士の動作を読んでいた。黒騎士もサクのナイフが罠だと理解している。


「爆殺封」


サクは職業忍者である。忍者のスキルには封と呼ばれるスキルが存在する。

魔法を札に封じ込めるこのスキルは、威力に関係なく封じることができる。


「なっ!」


黒騎士によって弾かれた二本のナイフがその場で爆発する。

すでに、黒騎士の周りには王国兵もいたが、彼らにもすでに爆殺封を使うことは告げてある。彼らが逃げてしまえば、黒騎士が警戒するかもしれない。

彼らは黒騎士に差し出した餌なのだ。

そしてこの大広間は強烈な爆風が他の場所に影響を及ぼさないように選んだ場所である。

サクは、爆発によって黒騎士を倒せるなど微塵も思っていない。

だからこそ、ナイフを投げると同時に次の動作に移行する。


「どこだ!!!どこにいる女!!!」


黒騎士は爆発の衝撃をもろに受けたため、耳鳴りによって平行感覚と音を遮断されている。さらに爆発の閃光によって一時的に目をやられていることだろう。

それを好機だと思った兵士が切りかかる。


「そこか!!!」


叫ぶように切りかかってきた兵士を切り捨てた。

黒騎士は、手応えが違うと判断した。サクは鎧を付けていない。

ローブのようなものを纏っていた。今切り捨てたのは鎧を着た者だった。 


「どこにいる女!!!殺してやる」


呪うように、恨めしそうに放たれる黒騎士の叫びを聞いて、サクは順調に策が実を結んでいる実感を持つ。


「キリング殿、手負いの獣ほど触れてはいけないものはありません。

今の黒騎士は手負いで我を忘れています。その武は枷が外れた分、脅威と言えます」

「わかっていますよ。俺だって伊逹に守備隊長はしていません」


キリングと共に次なる戦場へ向けて移動する。

サクは黒騎士があれだけで倒せるとは思っていない。

今の爆殺封が本来十人を一気に爆殺できる威力を持っていたとしても、黒騎士が纏う鎧も剣も一級品なのだ。

黒騎士自身が超一流である以上、意表を突いただけで勝てると思っていない。


「期待しています」


サクは、最後の一手をキリングに託すつもりだった。

それは命を賭けた一手であったとしても。


「あなたは俺たちに生きる意味をくれた。サク殿には感謝しているんだ。

期待でもなんでもしてください。必ず叶えますよ」


キリングの言葉にサクは微笑み、次の戦場である執務室に入る。


「女!!!どこだ!!!」


叫びながらこちらに向かってくる黒騎士には、兵士たちによる弓や槍による攻撃が続けられている。そのほとんどが意味をなしていない。

魔法を放っても魔剣によって切り伏せられてしまうので、一人の武がこれほど凄まじいモノかとサクは改めて黒騎士の脅威を再確認した。


「私はここにいます。第三軍総大将ヨハン・ガルガンディア様付き、第三軍軍師サクはここにいます」


サクは黒騎士の叫びに応えるように名乗りを上げた。


「そこか、女……いや、サクと言ったか?俺は帝国軍八魔将が一人、黒騎士アンリである」


黒騎士もサクに応えるように名乗りを上げる。

これは黒騎士一人対サク軍の全面戦争なのだ。

どんな手を使っても生き残った方が勝ち。

黒騎士は半狂乱になっていた気持ちを落ち着ける。


「推して参る」

「迎え撃ちます」


重たい大剣を立てかけ、黒騎士は魔剣一本を持ってサクの声を追いかける。

目は未だにはっきりしない。耳も遠くから聞こえるように聞き取りずらい。

それでも、黒騎士の心は高揚していた。


「面白いぞ」


黒騎士が執務室に入ると、見慣れない武器が黒騎士を捕らえていた。


「なんだそれは?」

「非力な私でもあなたを討てるように用意した武器です」

「どこが非力だ」


黒騎士はとっさに横に飛ぶ。しかし、壁を貫通するほどの威力を秘めたガトリングボウが黒騎士を襲う。

十六連射できる手持ちガトリングボウは重い。だが、それだけの威力がある。


「一丁で終わりだとは言ってませんよ」


黒騎士が逃げた方向から、数人が現れ、サクと同じガトリングボウを構える。


「くそっ!」


黒騎士は立てかけていた大剣で身を隠しながら、廊下で構えていた兵士を切り伏せていく。

ガトリングボウの威力は凄まじく、盾替わりに広い上げた大剣がへし折れる。

へし折れた柄の部分を投げつけ、数本を鎧で受け止めた。

それでも黒騎士は全ての兵士を倒し終えた。


「ハァハァハァ」

「随分といい男になりましたね」

「やってくれたな」


黒騎士もここまで追いつめられるとは思っていなかった。

矢の威力は凄まじく黒騎士をもってしても無傷とはいかなかった。

すぐにでも治療したいところだが、目の前に大将首があるのに、おめおめと引き下がれない。


「あなたにやられた王国兵はあなたの受けた傷では補えないほど多くいますがね」


サクは新たなガトリングボウを構えさせた兵士を出現させる。


「空気が変わったな。まるで虎の腹の中に入ったようだ」


現れた兵士も本当にサクの最後の兵たちだ。

それは信頼できる忍びの仲間であり、セリーヌに共に使える者たちだ。

彼らが数人とはいえ、残っていたことはサクにとって幸福だった。

黒騎士にも今までとは兵士の質が変わったこと気付いたらしい。


「最終決戦です」

「望むところだ」


サクは自分と同じ忍びを使って黒騎士に勝負を挑む。

黒騎士にも満身創痍になりながら、サクの首だけを見つめていた。

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