第140話 サク司令官 3

ヨハンは砦に作られた城壁の上から戦場を見下ろした。

戦場は未だに隕石の影響で煙を上げているところがある。

戦場とは思えぬほど静まり返っている。

 

ランス砦についたヨハンとリンは、一日かけてランス砦にいる兵たちの治療に専念した。まだまだ完全ではないため、リンやボスは今も走り回っている。

食事をとり、睡眠をとれた者たちは多少なりとも元気を取り戻したようだ。

ヨハンの行った奇襲により、敵からの攻撃が止んでいる。

そのお陰で兵たちの治療に専念できた。

ヨハンは回復していない自身の魔力を確かめるように何度か手を握る。


「醜態をお見せしました」


戦場を眺めていたヨハンの下に、目覚めて間もないであろうサクがやってきた。

ヨハンがランス砦に入ったときのような疲れた表情はなく。

少しばかり頬に赤みが戻り、生気を取り戻している。


「それだけのことをサクがしていてくれたということだ。気にするな」

「ありがとうございます」

「礼はもういいさ。それよりも敵の動きをどう思う」


視線を戦場に戻し、昨日までランス砦を囲っていた大群の姿はなりを潜めている。

荒れた土地に帝国の旗が数本立っているだけだ。

ランス砦ギリギリに落とすように魔法を発動したので、少しばかり砦も損傷している。そのお陰で帝国兵を砦から引き離すことができた。

シェーラを偵察に出しているが、どんな結果が得られるかわからない。


「これだけの沈黙は初めてのことなのでなんとも……昨日の光景は信じられないものでした。私が見たのは巨大な岩が雨のように敵に降り注ぐ光景でしたので」

「その表現で間違っていないだろうな。俺も二度と使いたいとは思わない」

「確かに、あれは戦略級の威力があります。戦後に禁止条約が結ばれると思われます」

「それも仕方ないさ。人道的に見て、使って良い物と悪い物ぐらいの分別はつけないとな」


戦争の終わった後のことなど今考えても仕方ない。

今するのはこの状況をどうやって打開するかだ。


「敵はこちらにあれほどの魔法があることを知りました。

そのお陰で足踏み状態になっているのでしょう」

「そうだといいな。敵がどれくらい減ったのか正直わからない。

一番密集している場所に打ち込んだのはいいが、本陣の黒騎士は上手く逃げていた。指令系統に問題がなければ軍は機能する」


サクも元気になったのか、思考を巡らせときの顔をしている。


ただ、目覚めてからのサクとの距離感が近く感じていた。

今までのような壁を作り、距離を取っている感じはなく。

親しく話をしていると感じられた。


「そうですね。ですが、これが好機であることは間違いないでしょう。

今まで休むことなく続いていた攻撃が中止され、すでに一日が立ちます」

「本当にそうか?姿の見えない敵ほど厄介なものはないぞ。

黒騎士は沈黙しているが、これが好機とは俺には思えない」


サクの意見を真っ向から否定する。

慎重だと言われてしまえばそれまでだが、何か嫌な予感がしてならないのだ。


「ならば、今しばらく時を見ましょう」


サクはヨハンの意見を否定することなく受け入れた。


さらに一日を過ぎても黒騎士の動きはなく。

食事と治療によって体調を崩していた第二軍の兵も、聖女リンとオークの献身的な介護の甲斐あり元気を取り戻しつつあった。

元気を取り戻すと別の問題が浮上してきた。

ケガや病のときは仕方なく受けていたゴブリンの介護を毛嫌いしだしたのだ。


ゴブリンやオークに嫌悪な雰囲気を向けている者たちも確かにいた。

しかし、聖女として崇められるようになったリンがゴブリンやオークを頼りにしていることもあり、表立って争うまでには発展していなかった。

それが自身の体が動くようになり、表立ってゴブリンを罵倒し始めたのだ。


「ここに俺たちがいるのも限界かもしれないな」


第二軍の不満に気付いたのはリンだった。

リンは上がってくる不満の内容が信じられないと、ヨハンに愚痴りに来た。


「聞いてくださいよ、ヨハン様。ここの皆さんは頭がおかしいんです。ボス君たちが献身的な看病をしてくれているのに、触るなとか汚いとかいうんですよ。

ゴブリンさんたちだって毎日水浴びをしてますし、私たちと何も変わらないのに」


リンは愚痴を言ってる間に悲しくなってきたのか、だんだん涙目になってきている。

ガルガンティアは他種族が分け隔てなく暮らしている。

だからこそ、王国の人間至上主義が信じられなくなってしまうのだろう。


「本当に人を見た目で判断するなんて信じられません」


一通り愚痴を言い終えたリンの話を聞いて、決断を迫られることになる。

このまま第二軍の治療を行いつつ、第三軍との衝突を待つか。

黒騎士が沈黙を守っている間に砦を放棄して逃げ出すか。

二日目に入り、決断を下すことになった。


「ヨハン様、少しよろしいでしょうか?」


悩むヨハンの下にサクがやってきた。

昨日とは違い、その顔には生気が戻り覚悟を込めた瞳が見て取れる。


「なんだ?」

「策があります」

「策?」

「はい。今の状況を打開する策です」

「話してみてくれ」


策を話し始める。

サクにも第二軍と第三軍の兵たちが上手くいってなかったことは理解できていた。

第二軍の兵は元気になるにつれ、態度は横柄になり、ゴブリンたちを奴隷のように扱い出した。口を開けば命令口調になる。

もちろん聖女たるリンの言うことは聞くが、それも表面的なものであり、自身が怪我人や病人であるから世話をしてもらって当たり前だという態度をとっているのだという。


「そこで第三軍の兵をまとめて、ヨハン様には出撃してもらいます」

「出撃?まだこの状況を好機だと思っているのか?」


サクがまだおかしいのではないかと不信感を持って質問をした。


「好機であれ、好機でなかったとしても今は出撃することが最善だと思われます」

「根拠は?」

「まず、第二軍と第三軍の衝突による軋轢がこのまま増大していけば内部分裂は免れないでしょう」


サクの言葉に頷く。


「そして姿の見えない敵に、ただ手をこまねいていても先に進むことはできません」

「だからと言って出撃しても同じじゃないのか?」

「同じではありません。ヨハン様はそのまま戦場に向かわず、砦を出た後はガルガンディアの方へお帰りください」

「はっ?何を言ってるんだ?」

「お分かりいただけませんか?」


言葉を理解しようと思考を巡らせる。

しかし、帰るメリットがわからない。確かに第三軍の兵は楽になる。

だが、残された第二軍を見殺しにすることになるのではないか。


「すまない。わからない」

「第二軍の兵を置き去りにして、ヨハン様はランス砦から脱出してください」

「なっ!そんなことができると」

「できます。いえ、しなくてはいけません。

ここは元々英雄ランスに見捨てられ、ミリューゼ王女が敗北した。

重傷者を置き去りにした場所なのです。

ここを取り戻すのはヨハン様の役目ではありません。英雄ランス様の役目です」


サクが伝えた策は非情だった。

ヨハンの利だけを考えた策であり、人道的な観点かれ見れば決して許していい策ではない。


「もし、その策をとるのなら、この場に一人は指揮官を残さなくてはいけない。

それはどうするんだ?俺はリンを置いていく気はないぞ。

ましてやバスやギーグの言うことを第二軍の奴は聞かないぞ」

「わかっております。ここには私が残ります。

私は忍びの者です。一人で脱出などお手のものですから」


もしもこの策を受ければ、第三軍の被害は少なくすむ。

ガルガンディアに帰ることができる。

上手くすれば転進して黒騎士の背後がつけるかもしれない。

だが、そのためには第二軍の兵士三万人を犠牲にする恐れがあり、人道的な観点から見て許していい策ではない。

ヨハンはの心情はサクへ対しての困惑と、現状への葛藤が生まれていた。


「将は時に非情であらねばなりません」


ヨハンが悩んでいると、サクから強い口調で言葉が発せられる。


「非情にならなければならないか……」

「はい。全てを救うなど烏滸がましい行いです。人はそれほど優れてはおりません。掌の中に納まる人を救うのがやっとであり、ときに切り捨てなければならない非情さも持ち合わせなければなりません。これは軍師としての意見です」


サクがここまでヨハンに意見することは珍しい。

それ故にサクはヨハンに第二軍を切り捨てる策を取ってもらいたいのだ。


「わかった。サクの策を承認する」


叱るように発せられた言葉はサクからの教えだとヨハンは感じた。


「ありがとうございます」

「ただし、絶対にサクが生きて帰ることが条件だ」

「はい。戻った暁にはヨハン様が直々に特製料理を作って頂けますか?」

「おう。そんな褒美でいいならいくらでも作ってやるぞ」


砦に来てからサクの新たな一面をたくさん見た気がする。

それは良い一面であり、サクともっと話したいと思えるものだった。


「ありがとうございます。では、準備をお願いします」

「わかった。シェーラが戻り次第、出立しよう」

「はい。ご無事をお祈りしております」

「それはこちらのセリフだ。俺よりもサクの方が何倍も危ないからな」

「問題ありません」


最後はいつもの無表情で問題ないと言われれば信じるしかない。

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