第141話 サク司令官 4

深緑の鎧に身を包んだヨハンは、静けさが支配する戦場へと身を投じる緊張感で目を閉じる。


「開門!!!」


サクの声がランス砦に響き渡る。号令と共にランス砦の門が開かれる。

第二軍の兵が門を開いてヨハンたちが門を通る。 

いきなり黒騎士が飛び込んでくるかと予想していたが、杞憂に終わった。


サクの策を実行するために、第三軍をまとめて出撃の準備を急がせた。

怪我人や病人は、リンがいなくなるということに不安を抱いていた。

第二軍にも衛生兵はいるのだ。

彼らに後を任せて、リンも第三軍の副官として隊に組み込んだ。


シェーラが偵察任務から戻り、黒騎士率いる騎馬隊を見つけられなかったことを報告した。狩人の中には身を潜めるスキルがあるので、危険な敵陣も含めて範囲を広げたが駄目だったようだ。

潜入した敵陣では重軽傷者の処置や、ヨハンが放った戦略級魔法への対処法をどうするのか話し合いがなされていたという。


「概ねサクの予想通りか」


サクはヨハンの意見を取り入れ、敵の心理を読み、敵が動いていると予想した。

ただ、黒騎士の存在がヨハン中で消えない嫌な予感へ繋がっていた。


「出撃!!!」


開かれた門から第三軍が出撃していく。

それを見送る第二軍の兵は、ほとんどがリンを見送りに来ていた。

ヨハンはダリアに跨り先頭に出る。


ふと、サクの言葉を思い出していた。


「敵が沈黙を守っているのは、こちらから追い打ちをかけてくるのを待っているからかもしれません。

攻撃に転じる余力があっても、こちらに好機と思わせることで誘い出し、誘い出したところで一網打尽にしようとしているのではないでしょうか?


数度戦っただけですが、黒騎士も武だけではなく策も合わせ持つ将軍に思えます」


サクの読みはヨハンが感じる予感に近いものであった。


「そこで第三軍率いるヨハン様が出撃して、戦場を横切るようにガルガンティア方面へ移動してください。

敵からの攻撃があれば応戦を、攻撃がなければそのまま森に隠れてください」


出撃と共にヨハンは、敵の気を引くように敵陣近くを横切るように駆け抜ける。

敵は戦線を下げているので、こちらが横切っても矢の一本も放ってはこなかった。

何事もなく森に入ることができた。


「森に入ることができたなら、黒騎士を警戒してください。

黒騎士がシェーラ殿に見つからないように隠れることができるのは、ガルガンディア方面の森か、西にある森のどちらかしかありません。

もしもガルガンディア方面であれば、森に入り次第、遭遇戦になる恐れがあります」


森に入っても敵の気配はなく。ヨハンは野営の準備に取り掛かる。

敵と出会わなければ一日を森で野営して過ごすことになる。

そうすることでバカな敵には近くに狙いやすい獲物がいるという囮になり、賢い敵には警戒するべき存在が潜んでいると思わせることができる。


「狙うのは賢い敵である黒騎士です。

ランス砦にいる王国兵は三万、ヨハン様のお陰で戦える状態まで回復した彼らを使って黒騎士に対抗します。

帝国はシェーラ殿に集めてきてもらった人数だけでも十万は残っていると思われます。

この戦いに勝利するためには多少のリスクを負わなければならないでしょう。

黒騎士がどれだけの兵を連れているかはわかりません。

王国兵三万を黒騎士率いる騎馬隊にぶつけます」


森に逃げた者たちを追わず、砦に襲い掛かってきた黒騎士をサクが討つと言った。

それがどれだけ危険なことであるかはサクもわかっている。

サクの策が失敗すれば、確実にランス砦は帝国の手に落ちる。

王都を目の前に帝国は最高の砦を手に入れることになるのだ。


「それこそヨハン様が気に病むことではありません。

この砦を本来守るべき人たちはすでにこの地を立った。

残された者たちができることは敵に一矢報いることです。

それはガルガンティア兵を蔑み、ミリューゼ王女に見捨てられた彼らであるべきなのです」


今回のサクは非情であるとサクは言った。

今の状況を打開するためには非情な判断も必要であると。


「ヨハン様、敵襲です」


サクの言葉を思い出していたヨハンの下へ。

シェーラからの伝令がやってくる。


「数は?」

「二万ほどがこちらに向かってきます」

「黒騎士か?」

「いえ、陣を引いていた部隊から来るので戦功を焦った者ではないかと。

シェーラ様がおっしゃっておりました」


ヨハンが率いる第三軍が一万なのだが、倍の兵がこちらに向かってくるという言葉を聞いてもヨハンが動じることはなかった。


「弓隊に陣形を組ませろ。魔法が使える者たちも集めておいてくれ」

「はっ」


伝令はヨハンの指示を伝えるためにボスの下へ去っていく。


「大丈夫でしょうか?」

「黒騎士ではないということは賢くない奴が戦功を求めたのだろう。

返り討ちにするだけだ」

「はい」


リンが自分の指揮する部隊に戻ったので、ヨハンはダリアと共に上空から号令をかける。


「魔法隊は敵に矢を届かせよ。弓隊は敵に矢を打ち込め。迎え撃つぞ」


敵は騎馬隊で構成されているらしく足が速い。

ただ、それは防御に優れてはいない。

ダリアに跨り敵がこちらの射程範囲に入るタイミングを計り号令をかける。


「放てーーー!!!」


号令と共に一斉に矢が打ち出される。

騎馬隊からすれば遠い場所から弓に届くはずがないと思っていたのだろう。

しかし、魔法隊が作り出した風に乗り、矢は騎馬を打ち抜いていく。


「第二陣発射」


三列に並べた弓隊が、交代で弓を放っていく。

波状攻撃することで敵から休まず矢が降り注いでいるように見えていることだろう。


「ダリア、いくぞ」


人竜一体となって二万人の帝国兵に突撃をかける。

矢によって数百騎が脱落し、馬が転ぶことで連鎖して兵たちも倒れていく。

そこにダリアとヨハンの協力技が帝国兵を襲う。


「勝鬨を上げろ」


二万の騎馬兵は呆気なく姿を消した。

森に陣取るヨハンに騎馬隊との相性は最高だった。

矢と魔法から逃げ延びた騎馬隊も森に入った瞬間に狩人たちの獲物と化した。

二万の騎馬隊が消滅するのに三刻もいらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る