第139話 サク司令官 2
籠城を強いられていたセリーヌたちも、一週間何もしないで籠城していたわけではない。敵を侵入させないために反撃も行っていた。
それは成功することもあれば、失敗することもあった。
それでも敵の兵を減らしたことに間違いはない。
一週間の籠城で、王国兵の損失は二万に達していた。
十万が滞在していたうちの二万である。
兵の五分の一を失ったことになり、さらにヨハンが派遣した第三軍一万を足すと三万の損失となる。
そのためミリューゼと共に逃げた兵が五万、そのうち殿を務めて戦死したものが一万、残った兵が二万ほどいた。
帝国の兵でも、被害は少なくなかった。
昼夜問わず激戦を強いるために二十万の兵を交代で使っていたため疲労がたまり、度重なるセリーヌ軍との交戦で八万の軍勢が戦死もしくは重傷を負った。
また、サクが放った裏切りの矢の策により、同士討ちをした兵が実は三万にものぼる。元々帝国兵の指揮はあまり高くなく。
むしろ、共に戦っていも苛立ちを募らせていたのだ。
互いに相手を嫌悪していたこともあり、同士討ちは予想以上に効果を示した。
ここにきて十三万近くの兵が戦うことが出来なくなっていた
「見えてきたな」
ヨハンはランス砦が見える森までたどり着いていた。
森からでもランス砦が大軍によって囲まれているのが見てとれる。
サクとライスはこの大軍を見ても怯むことなく、サクを実行して砦にたどり着いたのだ。
「ライスは凄い将軍だな」
「はい、立派です」
リンも同じ気持ちに至ったようだ。これから先、ライスは戦場に立てない。
それでも大丈夫な国を作らなければならない。
「まずは、ここを突破して砦に入るぞ」
「どうされるのですか?」
「力技でいく。敵にこちらの動きはわかっていないんだ。せっかくだから奇襲をかける」
「それで大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。俺の持てる最大限の火力で奇襲をかけるからな」
今回の戦いにおいて、一切加減しないことを決めていた。
相手は数で王国を圧倒してきた。ならこっちは持てる技術とスキルで対抗するしかない。
「この技を使うのは、躊躇うけどな」
「ヨハン様、リンがついています。何があろうとリンはヨハン様の味方です」
「ありがとう」
ジャイガント戦で使った星落とし。
本来、隕石を重力魔法によって引き寄せる魔法だが、それを全力で使ったらどうなるかわからない。
「開始する。全員に必ず森から出るなと伝えてくれ」
「わかりました」
リンが去ったことで、ヨハンは空に向かって両手を上げて重力魔法を行使する。
「星落とし」
自身にも降りかかる重力は立っていることも辛くなるほど体を圧迫する。
息ができなくて苦しい。肉体強化を同時に欠けていなければ決して耐えられなかった。
ジャイガント戦でも小隕石を引き寄せることしかしてこなかった。
しかし、今回は小さな隕石だけではなく、大きな隕石も含めた隕石群を引き寄せる。負傷していようとランス砦を囲う帝国兵の上に降り注ぐ。
それは一人で発動させる魔法としては最大規模の魔法であり、帝国八魔将マッドサイエンティストが行なった魔導実験とはまた違った多量殺戮魔法として数えられることになる。
大量殺戮魔法メテオストライクを浴びた帝国兵は、降り注ぐ隕石群に為す術なくその身を焼かれていった。
さすがと言うべきは、本陣にいたであろう黒騎士率いる騎馬隊は一切の被害を受けなかったということだ。
ヨハンはメテオストライクによって地獄と化した戦場が、煙によって視界を奪われたことを利用して、戦場を駆け抜けた。ダリアの操作をリンに頼み。
魔力を使い果たしたヨハンはリンにもたれかかった。
「ヨハン様、御大将自らご出陣頂きありがとうございます。
そして申し訳ありません。お借りした兵を失ってしまい」
砦に入ったヨハンを出迎えたサクは、疲れた表情で礼と謝罪を告げた。
「サクが生きていてくれてよかった。それよりもかなり酷い状況だな」
砦のあちらこちらで鎧をつけたまま兵士が座り倒れ込んでいた。
また、建物の中にいる人達もほとんどが怪我人や病人で、よくこれで戦っていたと思えるほど兵達は疲弊していた。
「私がこの砦に入って五日、生き延びるのも限界だと考えていました」
ライスが命からがら逃げてきて、ヨハンがここまで来るのに最速で五日かかった。その間にサクはここにいる者達を助けるために必死に策を考え続けていたのだろう。
「間に合ってよかった」
「はい。ヨハン様が来てくれると信じておりました。何よりあんな方法でこちらにいらっしゃるとは驚きました。力技もいいところですね」
疲れ切ったサクは儚げで、いつもの無表情な彼女ではなく。
感情が零れるような言葉が溢れ出してきた。
「俺にできる方法で、最大限のことをしただけだ。たとえ神に逆らっても俺は俺の道を進む」
魔法によって大量殺戮を行った自覚はある。
何より隕石を落としたことで、この地が長い年月作物も育たない土地になったことは間違いない。
「サクの期待に応える必要があるな。ボス、ギーグ、動けない者をベッドに寝かせてやれ。リンは片っ端から怪我人の治療を、病人は俺が見る。
誰でもいい料理を作ってくれ」
ヨハンの指示と共に連れてきていた兵達が動き始める。
ゴブリンやオークに触られるのを嫌っている者もいたが、リンの癒しと説教によって兵士達は沈黙した。いつしかリンの事を聖女と呼ぶ兵士も出てきた。
リンは砦の中を駆け回り回復を行う。聖女と呼ばれるに相応しい働きをした。
「サク、今は休め、敵もあれだけの被害だ。すぐに攻撃に転じることはできないだろう」
「本当にありがとうございます」
粗方まとめて治療を行った。ヨハンはサクと共に執務室にきていた。
現在は執務室がサクの部屋であり、作戦立案室となっている。
「礼はもういいさ」
「いえ、何度言ったとしても足りないぐらいです。
私だけが死ぬのならば大したことはありません。
ですが、ここには怪我を治せば戦える者達が多くいます。
ですが、私だけでは救うことができなかった。
ヨハン様は多くの命を救ってくださったのです」
サクと策を語る以外で、ここまで話したのは初めてかもしれない。
常に暗躍策謀を張り巡らせ、互いに探り合う間柄だと思っていた。
こんな話をする日が来るとは思っていなかった。
だからこそ、サクがここまで素直に頭を下げる姿に若干戸惑いを感じる。
「もういいって、とりあえず今は休め」
「はい。ありがとうございます」
「いいって」
礼を言うサクを止めるために近づくと、サクの身体が傾きヨハンの胸にもたれかかってきた。体調が悪かったとかと思い、サクの額に手を当てる。
しかし、すぐに気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
「五日間、寝てないのかもしれないな」
執務室に備え付けれているソファーにサクを寝かせてやりマントをかける。
「今は休め。お前の策はまだまだ必要なんだ」
ロウソクの火を消して執務室を後にした。
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