第109話 新生 第三軍

帝国との戦争中断。


新たな英雄、将軍の誕生は王国に新たな希望をもたらした。 

聖剣の英雄ランス。精霊の守護者ヨハン・ガルガンディア。

二人の名は王国中に知れ渡り、冬を超えた先に待つ帝国との戦争に勇気を与えた。


雪が降り積もる間は帝国も攻めてはこない。

自然に守られた王国は、大々的な改革を行うことになった。


新たに将軍となった二人は、17歳という若さであり、英雄勲章まで授かっている。それは王国に勇者が現れたことを示し、英雄は王国の旗印でもある。

王族が討たれようと英雄が生きている限り王国は負けたことにならない。

逆に英雄が死んだとしても王族が生きていれば負けとはならない。

王国に二つの旗ができたことを表している。


そんな大きな変革を終えた王国は、軍内部でもかなりの変化が訪れていた。

第一軍からは英雄ランスを慕う者が多く。第二軍へ異動願いを出す者が相次いだ。

さらに死人からランスに救われた第二軍も英雄ランスの配下へと正式に配属されることになり、第二軍正規兵の生き残りは丸々ランスの配下になった。


また、第三軍のミリューゼが第二軍の将軍補佐として参加することが決まっているため。第二軍に六羽率いる第三騎士団も移籍されていった。


そのため第一軍は縮小を余儀なくされ。

王族と王都を守護する近衛部隊の役目を強めた。

元々貴族出身者が多く集まっていたため。

若者や戦争での活躍を希望する者たちは第二軍へ異動していったのだ。


こうして王国の中心は第二軍と呼ばれる英雄ランスの下へ力が集中することになった。


そして……ヨハン率いる第三軍には……


ヨハンの古巣である第三魔法師団が残ってくれた。

さらに第二軍でも貴族の私兵として働いていた傭兵崩れが行き場を失い。

第三軍へと流れてきた。

貴族に仕えるため教養はあるのだが、主だと認めない者には横柄な態度を取る荒くれ者達であった。

そのため武闘派の私兵が多く。第三軍は危険で無秩序な軍と呼ばれるようになっていく。

さらに新たな王国の民となった精霊や、ガルガンディア領で育て上げたゴブリンが部隊に加わり、個性豊かな者達が多いヨハン好みの軍に昇華されていった。


「ようこそガルガンディアへ。

俺が第三軍の大将となったヨハン・ガルガンディア伯爵だ」


新たに第三軍となった者達を、ガルガンディアまで連れてきたのには意味がある。

軍だけで総勢5万人。非戦闘員ではあるが、新たな領民として精霊族も加わり。

ガルガンディア領はすでに20万を超える人口を獲得していた。

精霊領の自治も認められ、ガルガンディア領の領土も拡大されていた。


ヨハンは自己紹介をして、目の前に集まる第三軍の兵士に語りかけた。


「若輩である俺のことなど知らない者もいるだろ。

どうして俺のような者に仕えないといけないんだと思っている者もいるはずだ。

様々な思いがあると思う。そこでみんなに伝えておきたい。

俺は英雄とは違って特別なことは何もできない。

領地の経営は元第三魔法師団団長のジェルミー殿に丸投げしている。

軍関連はセレーナ様の参謀であるサク殿に任せている」


兵士たちは新たな大将が何を話しているのかわからない。


「そこで君たちのことも、ある方に訓練をお願いすることにした。お願いします」


ドワーフ族の強面であるゴルドナがヨハンの横に現れる。


「ヨハン殿の要請により参上した。ドワーフ族総大将ゴルドナだ。

貴殿らからすれば横に亜種族と蔑む者もいることだろう。

だが、これは総大将であるヨハン殿の要請であり、俺の命令はヨハン殿の命令と思ってもらいたい」


突然現れた厳ついドワーフに圧倒されていた者たちも段々と状況が飲み込めてきたようだ。


「質問をよろしいでしょうか?」


先頭に立っていたイケメンが一歩前にでる。


「なんだ?」


イケメンに対して、ゴルドナが声を返せば、それだけでかなりの威圧がある。

ヨハンはゴルドナの存在に感心してしまう。


「それは我々の指揮官をゴルドナ殿がされるということでしょうか?」

「違う。ワシがするのは貴様たちの訓練だけだ」

「訓練?」


ゴルドナの言葉に兵士たちがざわつき始める。


「そうだ。ワシのことは軍曹と呼ぶがいい。ヨハン殿が考えた特別階級である。

これから貴様らにはガルガンディア式軍隊訓練に参加してもらう」

「お言葉ですが、我々は訓練された兵士です。今さら特別な訓練など必要はありません。私たちは第二軍で厳しい訓練を受けてきたことを続けるつもりです」


厳ついゴルドナに物申すイケメンも肝が据わっている。

だが、ゴルドナは無言で威圧を吹き出し目を見開く。


「それを決めるのはお主ではない。このワシだ」


ゴルドナの物言いに反抗心が湧いてきたのか、イケメンがムッとしたような顔で、さらに一歩前にでる。


「それは横暴ではありませんか。我々にも人権があるはずです」


そのイケメンの態度にゴルドナはやれやれと言った感じでため息を吐く。


「うむ。では帰られるのがよろしいのではないか?何も強制はせんよ。

これはヨハン殿も同意していくれておることだ。

所詮、第三軍は寄せ集め集団にすぎん。

元々統制がとれているとは思っておらんのでな。

行き場の無い者達をここで鍛え直してやろうというヨハン殿の親心ではある。

それを受け入れられないのであれば仕方あるまい。去るが良かろう」


ゴルドナの言葉にイケメンは怯んだ。

イケメンと同じ意見で抗議をしようとしていた者たちも、口々にどうすればいいかと戸惑い出した。


「俺は強制はしません。ですが、現在王国は危機に立たされています。

今までと同じでは帝国には勝てないんですよ。今、できることを最大限にやる。

それしかないと考えています」


助け舟を出すようにヨハンが悩んでいる者たち声をかける。


言葉は心動かす武器になる。

人の心理を操るとき大切なことは、わかりやすいことだ。

そして言葉だけでは刻み込めない教訓は厳しさで体に教え込む。


この場合、王国の現状がわかりやすさであり、厳しさとは武力が足りないとハッキリ伝えることだ。


「私の不徳でした。お許し下さい」


ヨハンの言葉を聞いて真っ先に膝を折ったのは、先ほどまで矢面にたっていたイケメンだった。

彼はヨハンの意図を理解した。そして声を上げた者が折れると、次々と兵士たちが膝を突く。集団意識とは凄いものだ。

みんながしているならば自分もしなければならないと思ってしまうのだ。


「ありがとう。理解してくれて。それでは、あとのことはゴルドナ殿に一任している。一か月後、君たちが今よりも強くなっていることを願っている」


ヨハンが集会場を去るとゴルドナに煽られて騎士たちから歓声が上がっている。

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