騎士へ

第108話 将軍

帝国との戦争が中断されたのは、冬の始まる頃だった。


西側にあるシンドリア、アリルーアを帝国に奪われ、雪が降り始めたことで互いに消耗が激しくなる前に一旦兵を引いたのだ。

王国は劣勢に立たされ、多くの将兵を失った。

第二軍は壊滅的な打撃を受けたため、現在は機能停止状態になっている。


第一軍、第三軍はほぼ無傷ではあったがもっとも勢力の多い第二軍の支援や、諜報活動に人を割いていたため戦える兵は帝国に比べればかなり減少していた。

それでも王国は大きな損失を出しただけではなかった。


帝国が誇る巨人族100名が壊滅状態にあり、八魔将ネフェリト・ジャイガントを残して機能を失った。

さらに八魔将シーラ・シエラルクと精霊族が王国へ寝返った。

ことで大幅な戦力ダウンを帝国側にもたらすことができたのだ。

さらに、八魔将の一人闇商人が姿を消し、その配下である魔人ガルッパ・ベルリングも消息を絶ったと報告されている。

帝国はアリルーア砦を占拠して、黒騎士が総大将を務める傭兵部隊だけが現在も駐屯していた。

死人を使う闇法師はランスが聖剣を持って痛手を負わすことができたため帝国へと帰還していた。


「英雄ランス、前へ」


王国の重鎮が集まる謁見の間にて。


貴族や騎士など名立たる者たちが見守る中で、ランスの名前が呼ばれる。

参列者の中には王の呼び出しによりヨハン・ガルガンディアの姿もある。

王へ向かう赤絨毯の真ん中をランスが一人で堂々と歩いて行く。

ミリューゼ王女ルートかハーレムルートに入ると見られる。

ランスの騎士になる授与式が目の前で行われている。

白銀の鎧を纏い。腰には青い聖剣を差している。


ヨハンはゲームで見た光景を知っている。


「英雄ランスよ。貴公は数々の武功を立て、多くの民を救ってくれた。

その功績は王国にとって計り知れない助けとなった。

貴公を名誉騎士から王国の騎士と認める。

また、第二軍の総大将として将軍になってもらいたい」

「ありがたき幸せ」


王の申し出をランスは快く承諾した。


「新たな将軍の誕生に皆の者、盛大な拍手を!」


王の声で集まった全員が拍手をする。ランスが夢である騎士へと昇格したのだ。


「将となったお前にもう一つ、贈りたいモノがある。ミリューゼ」


王に呼ばれて、ドレスアップしたミリューゼ王女が前に出る。


「はい。お父様」

「ランスよ。まだ帝国との戦いは終わったわけではない。どうかミリューゼの婚約者となって王国を救ってはくれぬか?」


これは【キシナリ】が誇る名場面だ。


「喜んでお受けします」


すでに決まっていたことではある。

改めて公式の場で宣言することで、正式な決定だと貴族たちに示すことができた。


「うむ。皆の者、聞いたな。これより英雄ランスは我の子である。

そのつもりで接してほしい」


王の宣言に盛大な拍手が起こった。


ヨハンも自然に涙が溢れてくる。

主人公ランスが夢である騎士になったのだ。

最愛のヒロインであるミリューゼ王女と結婚して、幸せになる。

これほど嬉しいことはない。


目の前でゲームの筋書き通りの展開が繰り広げられている。

実写版で見れるとは、このゲームを好きなものとして喜ばしい。

ここまでの険しい道のりをしばし忘れ、昔の記憶に思いをはせるヨハンがいた。


英雄ランスの式典が終わり。


ランスと話す機会もないまま、ヨハンは元帥閣下に呼ばれていた。


「失礼します」


執務室の扉をノックしてから元帥閣下の部屋に入室した。

執務室には、元帥閣下の他に一人の男が立っていた。


「よくぞ来てくれた。ヨハン・ガルガンディア伯爵」


ヨハンも帝国との戦いで出世していた。

ガルガンディア領を授かったときは子爵だった階級が伯爵になった。


「はっ、元帥閣に及びにより参りました。ヨハン・ガルガンディアです」

「うむ。ワシが元帥のゲイボルグ・バルツアーである」


白髭が顔を隠す爺様は、存在が強く威圧感を放っていた。


「お初にお目にかかります」

「うむ。貴殿をここに呼んだのは一つ頼みたいことがあったからじゃ」

「私にですか?」

「そうじゃ。貴殿の活躍は聞いておる。

英雄殿と並び称されても恥ずかしくない功績をあげて王国を救ってくれたこと。

王国の民として礼を言う。また、全て手柄をほかの者に譲ってはいるようだな」


元帥閣下の下にはヨハンの功績が伝わっている。


「そんなことはありません。いつも誰かの助けがあったればこそです」

「うむ。謙遜する必要はない。こやつの娘も認めているようだからな」


こやつと言われて、視線を向ければ立っていた男がヨハンを見る。


「名乗っていなかったな。我は軍事参謀長、ハマーン・トリスタントと申す」


名乗っただけで、ヨハンは理解することができた。セリーヌたちの父親だった。


「ヨハン・ガルガンディアです」


なんとか自己紹介を口にする。


「貴殿の功績を鑑みての頼みなのだが、第三軍の指揮を執ってはくれまいか?」


トリスタントから視線を元帥閣下に戻したところで、元帥からの申し出に目が点になる。


「はっ?今なんと?」

「第三軍の将となってほしいと言ったのだ」

「ですが、私には領地があります」

「もちろんわかっている。しかし、今回第二軍が壊滅状態になり、新たな将軍ランスは将としてまだ未熟である。そのため第二軍にミリューゼを補佐として参加なされると報告が上がってきた。

ミリューゼ様が第二軍に加入してしまえば第三軍の将の席が空席になってしまう。

誰が良いものかと悩んでいる際に、こやつの娘から貴殿の報告があった。

調べてみれば確かな功績を残しておる」


元帥閣下がそこでいったん話を切る。

セリーヌの報復をヨハンは勘違いしていた。

直接的な嫌がらせをするのではなく。サクにヨハンの功績を報告させて利用しようとしていたのだ。


「王国は危機に立たされている。英雄一人では戦争には勝てぬ。

貴殿がもしも将軍の席に座ってくれるのであれば、精霊族の自治を認めてもよい」


それは王国側からの交渉であった。

精霊族を認める代わりに王国のために働けと言っているのだ。

その判断材料もサクからもたらされた情報だる。

明確にヨハンの弱点を付いてくる交渉に、ヨハンは降参を口にする。


「謹んでお受けさせて頂きます」


膝を突き、承諾の意を示した。


「うむ。これより貴殿は第三軍の将だ。王国から第三軍の将としての任命と、もう少し詳しい話があると思うが。同じ王国軍人として、これからよろしく頼む」


元帥閣下に促されて立ち上がり、握手を交わした。

ランスとはずいぶんと違う形ではあるが、ヨハンも騎士となり将軍となった。

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