第107話 閑話 辺境の戦い

王国最西に位置するシンドリスは帝国との戦争が始まってすぐに消滅した。


王国側も帝国からの攻撃を警戒するとともに、ある人物に消滅した経緯の調査を依頼していた。

王国にとって、最終兵器ともいうべき一族が存在する。

王国の盾と呼ばれ、共和国からもたらさせる脅威を、もっとも多く退け続けてきた一族。それは王国から辺境伯の称号を受けたベルリング一族である。


「本当にアイツはここにいるのか?」

「はっ!間違いありません。敵の策に嵌まり、姿形は変わっておられますが、間違いありません。間違いなくガルッパ様です」

「アイツはすでにベルリングではない。様を付ける必要はないぞ」


辺境伯はお供として付き従っているハンスへ冷たい声で告げる。


「畏まりました。では、裏切り者のガルッパは魔族化を果たし。

白髪赤瞳の少年に変貌したようです」

「そうか、我が家の不始末。ここで決着を付けねばな」


ベルリング家当主である辺境伯は、息子であるリロードに家督を譲り渡した。

そして、家名に泥を付けたガルッパ・ベルリングを追いかけてきた。

それは一族の不始末を処理すると同時に、王国からの依頼を果たす意味も含まれていた。また、自分の弟がしでかした始末は、自分の代で終わらせなければならない。これは彼にとってベルリングの名に対してのケジメでもあると考えていた。


「テハンの奴はどうだ?」

「奴に任せておけば、必ずガルッパの居所をつかんでくることでしょう」


木こりであり、狩人を極めているテハンは調査や探索などを得意としている。

辺境伯の質問にハンスが応えたことで、辺境伯は笑っていた。


「ふふふ。貴様達は昔から反目し合っていたが。誰よりも互いを理解し合っているようだな」


コーヒーを入れていたハンスがカップを落としそうになる。


「そんなことはありません。確かに奴の調査能力、危険を察知する勘の良さ、野獣のような強さは認めるところがあります。

ですが、奴に負けると思ったことは一度もありません」

「ワシは別に勝ち負けは言うてはおらんよ」

「・・・」


辺境伯は豪快に笑い。ハンスは無言となった。


「ただいま戻りました」


二人の様子など知らないテハンが帰ってきた。


「うむ。よくぞ帰った」

「はっ!何かありましたか?」

「なんでもない!」


辺境伯とハンスの微妙な空気を感じたテハンが質問をする。

だが、コーヒーをテーブルに置いたハンスの一喝により遮られた。


「なんだよ」

「そんなことよりも、どうだったのだ」

「はっ、ガルッパ様はシンドリアから離れていないようです。

シンドリアで何かを待っているように立ち尽くしています」

「アイツを様付けで呼ぶ必要はない」

「かしこまりました。ガルッパはシンドリアの地で立っていました」


テハンは様を外して同じ報告を繰り返した。

辺境伯は、自分を待っているのだと確信する。


「そうか、奴はワシを待っておるのじゃろう」

「そうなのですか?」

「うむ。間違いあるまい」


辺境伯の言葉にハンスも頷く。

三人は夜が明ける頃にガルッパの下へ向かうことを決めた。


死の大地と化したシンドリス。

大地が死に絶え、草も生えぬ黒い砂と呼ばれる砂に埋め尽くされた土地。


「やぁ、兄さん」


辺境伯は御年六十を迎える。

この世界の寿命が平均五十ぐらいなので随分と長生きと言える。

それでも辺境伯はまだまだ現役である自負があった。

年が二つしか違わないガルッパも本来であれば寿命が近づいている。


「ふん、魔族に魂を売りおって」

「いいじゃないか。魂を売ったお陰で、若々しい肉体。溢れんばかりの魔力。圧倒的な力を入れられるんだ。これほど心地よいことなどないよ。兄さん」


憎々しい表情をしている辺境伯に対して、心から嬉しそうに語るガルッパ。

辺境伯は深く息を吐く。


「もう後戻りはできぬな」

「何を戻ることがあるんだい?むしろ僕は兄さんの魂も、リロードの魂も、手に入れてもっと崇高な存在へと昇華したいと思っているぐらいだ」

「だから待っておったのか?」

「そうだよ。兄さんなら僕の下へ来てくれると思っていたからね。

最初は探しに行こうかと思ったけど、やめたよ。

待っている方が確実だと思ってね。僕は永久とも言える時を手に入れたからね。

待つのは苦にならなくなったよ」


ガルッパの赤い瞳が怪しく光る。

ガルッパが魔族になったことで圧倒的な力を得たことは、その威圧によってわかっていた。それは予想できたことだ。

だからこそ無駄な被害を出すことができないと、辺境伯は信用できる二人の人物だけを連れてきた。

辺境伯の下で兵士として働き、その力を知っている二人ならば安心して戦うことができる。


「では、もうお前と話すことはないな」

「そうだね。兄さんの命は僕が有効に使わせてもらうよ」


ガルッパの両手の爪が伸びて、恐ろしい刃に変貌する。

ハンスは大剣を抜き、テハンは両手に巨大な戦斧を構える。


「君たちのことも僕はよく知っているんだよ。僕に逆らうというのかい?」

「ベルリンではないあなたに、仕えることはない」

「あんたのことは昔から嫌いだったんだ」


ガルッパの言葉に、ハンスも、テハンも反論する。


「残念だよ」


ガルッパは全く残念ではなさそうな声で、二人の言葉を聞き流す。

両手を広げて飛び上がった。


「なら殺してあげるよ」


ヨハンとランスの知らないところで、帝国が生み出した最強最悪の魔人ガルッパ・ベルリングと辺境伯、ハンス、テハンによる戦いが行われいた。

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