第89話 巨人の侵略

帝国と王国の間には巨大な運河が存在する。

ミリューゼが与えられ、セリーヌが守護している第三軍陣営は六羽が集結していた。


「セリーヌ!敵の数はどれくらいだ?」


ヨハンが領主を務めるガルガンディア地方。

第二軍ミゲール・アンダーソンが守護するアリルーア草原。

そして辺境伯シシドリアの下に帝国が進行したことで、セリーヌは油断していた。


帝国軍は三部隊に分けて進軍していることはセリーヌも知っていた。

だからこそ、敵襲の知らせに驚いた。


「敵の数は百です」

「百だと!たったそれだけで?」


ミリューゼはセリーヌの言葉に驚きを禁じ得ない。足った百で何ができる。

第三軍は一万を超える兵を揃ているのだ。他へ派遣している者や王国にいる者を呼べば二万の軍勢をこの地に呼び寄せることができるのだ。


「はい。ですが……相手は巨人族です」

「何っ!巨人族だと」


巨人族は小さい者で身長三メートル級。

大きな者であれば小さな山一つ分の大きさになる300メートル級が存在すると言われている。


ミリューゼは本物の巨人族を見たことがない。

おとぎ話に出て来る巨人族は国一つを滅ぼせしてしまう力があるという。


「巨人族が百だと……」


一体で国を滅ぼせる脅威が百体も押し寄せている。

いくら一万の軍勢が控えて居ようと、砦など一溜りも無い。


「兵には緊急脱出の準備を、私たちは戦闘準備に入る。巨人をあまり刺激するな」


ミリューゼは姫将軍の異名を持つ武将である。

一国を亡ぼせる巨人が存在するのなら戦ってみたい。

しかし、未知の敵に対して国の宝である民を犠牲にするわけにはいかない。


「お待ちください。敵から逃げろと仰るのですか?」


ミリューゼに噛みついたのは、第三軍騎士団団長カンナだった。

ヒリル・トリスタンが先の戦闘で負傷したためカンナが第三軍の団長へ戻っていた。


「そうだ。私たちは巨人と戦う準備をしていない。

ここは他の戦闘地域に物資を中継するための地点だ。

戦闘が行われた場合、耐えれるほど強固な砦と備蓄はない」


ミリューゼの言うことはもっともだった。

第三軍が倒れれば、各隊に物資を送ることができなくなり、食料や武器の供給ができない。ということは戦場にて各部隊は孤立したも同然なのだ。


「わかっています。ですが、何の反撃もせぬままおめおめと逃げるなど!」


カンナとて、ミリューゼの言葉を理解した上で申し出ているのだ。


「カンナ、わかってほしい。私だって戦えるのであれば戦いたい」

「ならば!」

「だがっ!私には部下がいる。部下には家族がいる。

未知の敵に対して何の用意もなく無謀に死ねとは言えない」


ミリューゼの強い口調にカンナも二の句を継げずに黙り込んだ。


「ならば、俺が行きましょうか?」


会議室でジッと黙ったまま状況を見守っていた少年が声を上げる。

16歳になり、精悍な顔つきへと成長を果たしたランスが会議に参加していた。


「ランス殿、貴殿は第一軍からの預かりだ。そんなことはさせられない」

「私はミリューゼ様の、直属の部下ではありませんよ。

ですので、命令を聞く義務はありますが、独断で判断することも許されています」


初めてミリューゼ王女を見たとき、ランスはあまりの美しさに言葉を発することもできなかった。

だが、イタズラを伝える子供のように、ミリューゼの足上げを取れるほどまで成長を遂げた。

そんなランスのことを聞き分けのない子供を見るような目で、ミリューゼは見つめた。


「それはそうだが、元帥殿からの預かりものであることにかわりない」

「ならばこそです。只逃げるだけでは、本当に逃げることはできないでしょう。

誰かが巨人たちの気を引かなければなりません」


ランスの物言いはもっともなことだった。

だからと言って承諾できるものはない。

六羽の誰かを失うぐらいであればランスに頼んだ方がいいともミリューゼは分かっている。

それでも心のどこかでランスをいかせたくないと思う自分がいた。


「それは……」

「ミリューゼ様!私がお供します」


普段から声を発することも少ないサクラが大きな声を出した。

その場にいた者達は驚きを禁じ得ない。


「サクラ……」


ミリューゼの頭の中で様々な思いが渦巻いた。

しかし、ランスの言葉とサクラの能力があれば、ランスを生きて帰らせてくれる。

信頼する二人が力を合わせてミリューゼの代わり戦ってくれるのだこれ以上反対する理由がない。


「わかった。ランス殿、頼めるか?」

「承知」

「サクラも、必ず生きて戻ってくれ」

「分かりました。ミリューゼ様」


二人は早速部隊を整えるため部屋を出る。


「よかったのですか?」


ミリューゼにセリーヌが声をかける。


「ああ、今は、これしかないんだ」

「そうですか……わかりました。皆さん!撤退準備を。

ランス殿とサクラの援護をしつつ、我々は撤退します」


セリーヌの号令と共に残っていた六羽の面々も動き出す。

後に残されたミリューゼは、後ろに控えていたレイレの入れたくれたお茶を口にする。


「お疲れ様です。ミリューゼ様」

「ありがとう、レイレ。なぁ私は間違っているのだろうか?」

「ミリューゼ様が望むことをなさいませ。皆それを望んでいます」

「そうか……なら、私はランスと肩を並べて戦いたい」

「ミリューゼ様の御心のままに……」


ミリューゼはレイレにだけは本音で話しができる。

それは幼少の頃からの関係であり、レイレが本当の忠臣であるからだ。

ミリューゼが間違ったことをすれば、命を懸けて諌める。

ミリューゼが本当に望めば誰よりも力を惜しまず発揮してくれる。


「ならば、私はライスのところに行く。後を頼めるか?」

「ご随意に……」


そう言うとレイレはメイド服を脱ぎ捨てる。

そこには顔も背格好も全てがミリューゼと同じ姿をした女性が現れる。

レイレはミリューゼの影武者であった。

ミリューゼが望むことをするとき、こうして入れ替わることがある。


「頼む」

「ああ」


二人は握手を交わして、ミリューゼはその場を後にする。

会議室に戻ってきたセリーヌは、ミリューゼの席に座っているレイレを見て溜息をつく。


「行かれてしまったのね」


レイレの変装を知っているのは六羽だけだ。

そしてそれを見破ることができるのは二人しかいない。


「セリーヌ様とサクラ様にはやはり通じませんか」

「魔力の波長が違うからね。でも、サクラはそんなもの見えないはずなのに不思議だわ」


セリーヌの言葉にレイレは苦笑いを浮かべる。

二人でお茶を飲みながらミリューゼに仕える苦労話に花を咲かせた。

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