第88話 閑話 アリルーア草原の戦い 3

主戦場で黒騎士がトッカツと交戦している間に、ミゲールは紅い鎧に身を包み戦場へと躍り出た。


「マーボーたちは上手くやっているようだな」


敵の後方から煙があがり、食料を燃やすことに成功したことがわかる。

トッカツの裏で行われている作戦は成功したようだ。


「俺達は俺達の仕事をするぞ」


トッカツを主力とするならば、ミゲール達は誘導と牽制が主な仕事である。

目立つ紅い鎧に身を包んでいれば、大将首と敵が群がってくる。


黒騎士が主力であるトッカツに向かっていくのをミゲールは確認していた。

紅騎士ミゲールは黒騎士の裏を斯くように敵の横っ面を叩きに出たのだ。


アリルーア草原の本陣は、ボルシチとランスに任せている。

ミゲール自らの武勇を示すように楽しそうに戦場を駆け抜けていく。


「我が名は王国軍第二総大将ミゲール・アンダーソンである。

手柄がほしい者は我を倒せてみせよ」


ミゲールの名乗りに傭兵が我先にとミゲールの下に殺到する。


「おうおう。馬鹿どもがやってくるな」


ミゲールの周りにはミゲールを護る側近部隊が存在する。

彼らはミゲールと同じ紅い鎧に身に纏い。殺到する傭兵を返り討ちにしていく。

巨大な氷がミゲールの頭上に現れても慌てる者はいない。


「馬鹿共が、そんな挑発に乗ってどうする?魔法の一撃で終わりではないか」


戦場から少し離れた場所で勝ち誇るようにロッドを掲げる者がいた。

巨大な氷を作り出した男が高笑いをしていた。


「舐められたものだ。王国の大将軍を舐めるなよ」


ミゲールが武器にしているのは、なんの変哲もない槍である。

細くしなやかな槍はその見た目に反して、ミゲールが使うために特注で作られている。ある特殊な素材を使われており槍の中央には魔石が組み込まれていた。


「反張」


ミゲールが呪文を唱えれば、ミゲールと側近たちが持っていた武器以外が宙に浮きあがる。無数の剣や槍が氷へと飛来する。

巨大な氷の塊は飛来する武器たちによって砕け散った。


「なっ!」


氷を作り出した魔導師はその光景に驚き、何が起きたのかわからなかった。


「俺の前で武器や魔法が通じると思うなよ」


ミゲールが乗る赤馬は、氷の魔導師へと一気に駆け抜ける。


「クックソが!」


魔導師は小さな氷の礫をいくつも出現させてミゲールを襲うが。

ミゲールは槍に語り掛けるように先程とは違う魔法を唱える。


「吸引」


近くで盾を構える帝国兵がミゲールと氷の礫の間に割り込んで魔法を体に受け止める。


「何を!いったい何をしているというのだ!」

「死を前にしたお前に話すことはない」


氷の魔導師が答えを聞く前に、視界はブラックアウトした。


「この……氷結魔法のヒュドラが……」


最後の言葉を残して、氷結魔法のヒュドラが命を散らした。


「おや?どうやら将の一人だったらしいな」


ミゲールは氷結魔法のヒュドラを討った。

ターゲットにしていた相手を倒しても、嬉しそうでもない。

あっけなく終わったことに物足りなさを感じたほどだ。


丘に駆け上がったことで、黒騎士の動向が気になり主戦場に目を向ける。

黒騎士が通った後に兵士が飛んでいるところを見えた。

主力部隊と交戦の真っただ中のようだ。


「どうやら、トッカツも敵将を討ったようだな。

俺の目標はまだまだ先か?さすがに初日の作戦で上手く行くほど甘くはないな」


主力部隊が崩れ出したのを見てミゲールは撤退を始める。

黒騎士が主力部隊の誰かを討ったか?状況が一変して黒騎士が蹂躙しているのが見えた。


「痛み分けか……敵を荒らして帰るとしますか」


中央は黒騎士が、左翼はミゲールがそれぞれ敵を蹂躙して一日目を終えた。

帝国の将軍が二人、王国の将軍が三人死傷した。

初日から激しい戦いが繰り広げられていた。

両軍の大将は無傷だったため、大勢に影響はなく。

王国側は将を失い。帝国は兵糧と兵を失った。


「ミゲール様、無事にご帰還。何よりです」


ライスに出迎えられて、ミゲールが槍を預ける。

見た目は普通の槍ではあるが、特殊な合金で作られた槍はかなり重い。


「戦況はどうなっている?」

「残念ながら、トッカツ、パッスタ、チャハーンの三名が戦死。二千ほどの兵が共に死にました。三千ほどの兵が負傷しております。しかし、主を失った私兵に価値があるかどうか……成果としては、敵将バグジーをトッカツが、敵将ヒュドラをミゲール様が討ちとりました。敵の損傷は三千ほどです」


ライスの報告を聞きながら、ミゲールは鎧を脱ぐ。


「そうか、初日は痛み分けだな」

「はい。若干ですが、こちらの方が被害が酷いようです」


ライスの言葉にミゲールは頭を掻く。


「若手を死なせてはなりませんぞ」


そんなミゲールにボルシチが言葉をかける。


「師匠……」

「若者の命を粗末にするもんじゃない」

「粗末になどしておりません。彼等にはチャンスを与えただけですよ。

ただ予想以上に相手が強かった。そして、彼らが予想以上に使えなかっただけです」


ミゲールの言葉にボルシチは悲しそうな顔をする。


「ミゲール……お主」

「ライス!三人の私兵たちについてはバラバラに配置しろ。

主の仇を討つために死にもの狂いで働けと言っておけ」

「はっ!」


ミゲールの熾烈な発言にボルシチもそれ以上何も言わなかった。


アリルーア草原の初日はこうして幕を下ろした。

それから両国の長い長い睨み合いが続くことになる。

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