第85話 戦後処理

ガルガンディア要塞 会議室


上座に座るヨハンはテーブルを挟んで帝国陣営と対面していた。


ヨハンの補佐として左右にはサク、リンが控えている。

王国陣営としてガンツとミリーにも参加してもらった。


ヨハンの正面には鎖に繋がれたシエラルク。

隣には、シエラルクと同じ鎖で作られた腕輪をつけたゴルドナ。

シエラルクの後ろにはダークエルフの戦士、ゴルドナの後ろにはハンチャが控える。


末席についているのは、ノーム族の老人が座っていた。

ノームの老人の前には、テーブルに置かれた小さな椅子に座ったシルフィーが座っている。


「待たせてすまないな」


ヨハンが休んでいる間に、ジェルミーが敵陣営にも働きかけて会談の場を整えてくれていた。


「かまわないわ。出されたお茶はとても美味しかったわよ」


ジェルミーは趣味にしているお茶が褒められて満更でもない顔をしている。


「それはよかった。改めて、ガルガンディアへようこそ」


ヨハンは頭を下げる。嫌味にも受け取られる物言いだが、ガルガンディアの主が歓迎していることを示す儀式のようなものだ。


「あまり歓迎されているようには見えないけれど」


ヨハンの後ろに控えいるゴブリンのチンや、オークのギーグなどが睨みを聞かせていた。


「まぁ、歓迎しているつもりだ。ただ、帝国の人間だろ?これ以上の待遇は難しい。態度を変えてくれるなら待遇はよくするつもりだ」

「どういう意味かしら?」

「我が国へ。いや、このガルガンディアへ亡命しないか?」


ヨハンの申し出に帝国陣営は驚いた顔を見せた。

それはガルガンディア陣営も同じで、ヨハンの後ろから戸惑った声が聞こえてくる。


「そんなこと本当にできると思っているのかしら?」

「それは、貴方次第だと思います。裏切りのダークエルフの殿」


シエラルクの言葉にサクがすぐさま反論を返す。

これにはシエラルクではなくダークエルフの戦士が怒りを表すように前に出た。


「今の言葉を訂正されよ!シエラルク様は我々のために帝国に屈してくださったのだ!」


ダークエルフの戦士がサクを睨み付ける。

サクは全く動じることなくシエラルクを見つめていた。


「落ち着け、サク。今後仲間になるかもしれない人達だ。煽って敵対行動をとる意味はないだろ?」

「ヒューイも落ち着きなさい。彼女の言っていることは間違っていません」


ヨハンがサクを、シエラルクがダークエルフの戦士ヒューイを宥める。


「こちらの者が失礼な物言いをしてすまない」

「いや、先ほども言ったが間違ったことを言ったわけではない。気にしないでいい」


互いに部下がいる前なので堅苦しい物言いになる。

それぞれの大将が謝ったことで二人とも矛を納めたようだ。


「それで亡命の話だが、どうだろうか?」

「先程も言ったけれど。そんなことできると思っているのかしら?」

「できる。だろうな。あんたが力を貸してくれれば」

「どういう意味?」


シエラルクはヨハンの言葉に疑問を投げかけてきた。


「一年、あんた方が帝国に反旗を翻して戦い続けた時間だ。その間、ゴルドナ殿は前線で戦い続け多くの仲間を失ったはずだ。シエラルク殿も、他の種族の者たちも多くの同胞の命を散らしたことだろう」


ゴルドナは震え出し、シエラルクは目を瞑る。


「皆、二人に従い戦い続けた。帝国に下った後も戦いは続いている。

それでも彼らはあなたたち二人を慕っているから戦い続ける」


ヨハンはヒューイとハンチャを見る。二人は頷きを返した。

次いでノーム族の老人を見てシルフィーを見る。

彼らもヨハンの言葉をもう一度シエラルクを見た。


「このガルガンディアの地で休むことはできないか?」

「……考える時間を……もらいたい」

「ああ。ゴルドナ殿はどうする?ドワーフ族だけはあんたに付き従うそうだ」

「我も……時間がほしい」


ヨハンの申し出に対して、エルフとドワーフの大将はそれぞれ時間を求めた。


「なら、二人には考える時間を与える。

すまないが客人としては扱うが、外出は控えてくれ。

帝国に戦闘終結を知られたくないから、部隊はゴブリンの村で戦闘に備えている風に装っておいてくれ」


ハンチャとヒューイが頷き。二人に別れを告げて会議室を出ていく。

シエラルクとゴルドナもゴブリンに連れられて、客間へと戻ってもらった。


「本当によろしいのですか?」


会議室に残ったガルガンディア陣営。

サクの質問により、仲間がヨハンへと視線を集める。


「もちろんだ」

「では、ヨハン様は王国へ対して謀反をお考えということですか?」

「サク殿!何を言っているのだ!」


サクの言葉にジェルミーが声を荒げる。


「ジェルミー構わない。サク、俺は謀反を企てているわけではないぞ。

これは人助けであり、王国が帝国に対して行える最大限の牽制にもなる」

「ですが、それをすればガルガンディアに人が増え、王国に対抗できる組織をつくれてしまいます」


頭のいいサクのことだ、ヨハンの思惑について思考を巡らせていることだろう。

その思考の中にダークエルフたち精霊族を仲間にしたときの王国の勝利も産出されていることだろう。


「憶測だな。では、サクにはいい案があるのか?」

「彼ら二人を人質に、精霊族達を帝国と戦わせればよいではないでか?

それこそ彼らならそうするのでしょう」


サクは軍師として、王国にもっとも利益となることを考える。

ヨハンもサクの考えはあった。しかし、それはシエラルクとゴルドナの意思を無視する者であり、帝国を消耗させられても王国の勝ちは想像できない。

何よりヨハンの心がそれをしたくなかった。


「そんな安易な考えが通ると思うのか?」

「安易ではありません。もちろんそのために裏工作はします」

「裏工作とは?」

「実際には二人には何も発言させません。しかし、二人の命令として帝国に反旗を翻させます」


策を押し通そうとサクは説明するため身を乗り出す。


「セリーヌが戦っている隣の領土を守るというのか?」

「そうです。帝国はガルガンディアで戦っている部隊が反旗を翻したなど微塵も思っていないでしょう。奇襲をかけるのに、自国民も傷つかない策です」


王国の騎士である。ガンツやミリーはサクの策に賛同したそうな顔をする。

しかし、ガルガンディア要塞を守っていたエルフのシェーラや、ゴブリン、オークたちは渋い顔をする。


「サク、本気で今の言葉を言っているのならが、ガルガンディア領内にお前の居場所はない」


ヨハンは溜息を吐いて、サクを睨みつけた。


「どういう意味でしょうか?」

「俺の方針はこうだ。彼らを助け、受け入れ、仲間にする。

仲間にした後で他の領地を助けることはあっても、人質にして無理矢理命令することはない。それに従えないのであればお前に居場所はない」


ヨハンの方針が告げられると、会議室は緊張から静寂が訪れる。

 

「……わかりました。ヨハン様に従います」


沈黙を破ったのは、サクが同意であった。

あっさりと意見を取り下げたことに拍子抜けする。

しかし、これが軍師サクなのだ。

提案はする。それを決めるのは主の仕事であるとサクは思っていた。


「そうか。じゃあ、今後の方針は以上だ。解散とする」

「「「はっ!!!」」」


ヨハンは帝国との戦争に一矢報いた。

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