第83話 ガルガンディア防衛 4

二人を包み込むように放たれた霧は目の前にいたはずのシエラルクの姿が見えないほど濃度を増していく。 


「何をしようとしたのか知らないけれど。あなたは霧の檻に閉じ込めておくわ。

あなたからは何をしでかすかわからない雰囲気を感じるもの。

次にあなたが霧から出る時は全てが終わっているでしょうね。

私と戦おうとしたことを後悔しなさい。その頃にはあなたの知っている王国の民は全て死に絶えているかもね」


霧の向こうから少女のようなシエラルクの声が響いてくる。

いったいどれくらいの時間閉じ込めるつもりなのか、見当もつかない。


「そうか……話し合う余地はなしか……」

「ふふふ。そうよ。あなたは何もできずに終わるの」

「そういうわけにはいかないな」


スキルを開いて、新たな魔法を手に入れる。


「グラビティー」


レベル80を超えたことで、魔力は膨大に増えてくれた。

魔力が尽きるまで、使い切るつもりで広範囲に魔法を発動した。


「何っ!」


霧のせいで姿は見えない。だが、今起きていることは分かる。

自分自身にも同じように感じられるほどの重力が全てを圧迫している。

肉体強化されていなければ耐えられなかっただろう。


「何をした!」

「この世界の人間は知らないかもしれないな。星には重力と呼ばれるものが存在するんだ。星から人が落ちていかないように、地面に引き寄せらる力が働いている。それは人に重みを与えたり、逆に重みを軽くすることができる」


ヨハンは霧の向こうで苦しむ相手に説明を続ける。

重さにより身動きが取れないのか、シエラルクから返事はない。


「このうっとうしい霧も晴らさせてもらうぞ。ストリーム」


MAXまで上げたウィンドーは、竜巻のように風を巻き起こして霧を吹き上げていく。ヨハンを中心とした竜巻は敵の存在など一切考えない。

普通の風では霧を吹き飛ばすことは叶わない。

だが、一部分だけに集中して、晴らすことならばヨハンの魔法でも出来た。


「こんな感じになっていたのか」


霧が晴れれば、ダークエルフもドワーフも暴風によって傷つき倒れていた。

一人だけ立ち続けるダークエルフは美しさを損なうことなく、ヨハンを睨みつけていた。


「流石だな」

「いったい何をしたの?」

「ユニーク魔法は知っているか?」

「もちろん知っているわよ」

「俺はユニーク魔法を習得したんだ」

「それがこれってわけ?」

「そうだ。これは重力魔法。この世界で俺だけが使える魔法だ」

「最悪の魔法ね」


シエラルクは仁王立ちの姿勢で一歩も動けない。

重力の中で動けるのは、肉体強化を発動したヨハンだけである。

初めて使うユニーク魔法は魔力の消費が半減していも激しい。

長時間は使えない。威力や範囲も最大限にしているので改良の予知がある。


「上手く行くかしら?」


不敵に笑うシエラルクに、少しでも時間を短縮するために走った。

彼女を拘束する術も持ってきた。アイテムボックスから拘束用の鎖を取り出す。


「女性には似つかわしくないわね。あなたのセンスを疑うわ」

「すまないな。これは特別性でね。むしろあんたの為だけに作った。特注品だ」


ジョブで鍛冶師をとっては見たが、上手く作ることはできなかった。

もっと鍛冶スキルがあれば鎖などではなく、コンパクトで使い勝手のいい物を作れたんだろう。

残念ながらスキル修練で習得したので不格好な形になってしまった。

ジョブスキルのお陰で付加魔法はかけられたが、スキルポイントを残して置きたかったのでこれしか作れなかった。


「準備していたってわけ?」

「ああ。八魔将の誰がきてもいいように用意していたんだ。それが戦闘準備だろ?」

「やるじゃない」


グラビティーを解除すると、暴風を逃れていたダークエルフたちが戻ってきた。


「おっと動かないでくれよ。彼女がどうなってもいいのか?」

「そんなものでシエラルク様を拘束できると思っているのか!」


先程、ハンチャに弓を放ったダークエルフの戦士が弓を構えて威圧を放つ。


「それができるんだな。これは魔法を遮断するための鎖だからな」

「なっ!」


ダークエルフの戦士は、シエラルクを見る。

シエラルクは霧を出そうとしたのだろう。

しかし、いくら精霊魔法といっても魔力を使う魔法に代わりはない。

魔法を使う源である魔力を遮断してしまえば、使えないのは当たり前だ。


「ゴブリン隊、狼煙をあげろ」


ドワーフに混じっていたゴブリンではなく、モブに連れて来させていた穴の中からゴブリンが這い出て来た。

シエラルクの魔力が遮断されたことで霧が消え、幻覚が解除されているので出て来ても問題ない。


「キィー!」


ゴブリンがヨハンに敬礼してから、狼煙を上げる。


「これはどういうことかしら?」

「俺達が勝つにはこれしかなかっただけだ」

「まんまとやられたと言うわけ?」

「さぁな」


サクはドワーフ達の前でワザと負けて引くように言った。

そうしてダークエルフから兵を離れさせ、モグの穴を使ってヨハンをダークルフの下に連れて行く。そこまでが、モグが知っている策であった。


ヨハンとサクには詰めとして続きがあった。

モブによって事前に掘っていた穴にゴブリンを潜ませ、ヨハンに何かあった時の護衛と伝令の役目を担っている。


ドワーフがヨハンを裏切ることなく、ダークエルフに勝てばそれでいい。


だが、戦場とはそんな甘いものではないことぐらい、ヨハンもサクも分かっていた。ならどうすればいいか?話は簡単だ。

最初から負けることを想定して、相手が勝ちを確信した瞬間に相手の大将を討ち取るか、捕まえて逆転の一手を放つしかない。

 

兵力でも、能力でも負けているならば、相手に勝るとすればサクの策だけだった。


「とりあえず、まだ気が抜けないからな。モグ!今度はどっちにつく?」


穴の中にいたモグに声をかける。モグは穴から顔を出し頭を掻いていた。


「あんさん、エゲツないお人やな」


モグは恐ろしいモノをみるような目でヨハンを見た。

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