第79話 逆転の一手
リンが監視する城門の上に戻ってきたヨハンを出迎えたのは、ゴルドナがいなくなった静かな霧の風景であった。
「リン、敵の様子はどうだ?」
「今のところは何の反応はありません。ですが、門の近くから音がするんです」
「音?」
「はい。どこから音がするのか、何の音なのかわからないのですが。ガルガンディア要塞全体に響いているような気がします」
リンに言われて耳を澄ませる。確かに「ガッガッガッ」と音がする。
門に耳を当ててみるが、門の向こうではないようだ。
空を見上げるが何もない。門から降りて地面に耳を当てる。
「リン!地面だ。地面から何か音がする」
「地面ですか?」
リンもヨハンに習って地面に耳をつける。すると、地面を削るような音が聞こえてくる。
「向こうは、地面を掘ってきてるんだ」
「地面を掘る?」
理解が追いついていないリンに説明する時間はない。
派手なゴルドナに気を取られている間に、敵は二段構えでガルガンディア要塞を攻略しようとしていたのだ。
ヨハンが気づいたときには、城門前の地面に人が通れるぐらいの穴が空いた。
穴からは人サイズの巨大なモグラが顔を出す。
手には長い爪があり、目元にはサングラスをしていた。
「何者だ!」
ヨハンが叫ぶと同時にゴブリン達が槍をモグラに向ける。
「ふぅ~穏やかやないなぁ」
「答えろ」
「せっかちな旦那はんや。まぁ待ちいや。ワシも一仕事終えて疲れてんのやで。
まぁええ。ワシはノーム族のモグ。ドワーフ族の依頼で穴を掘ったまでや」
「ドワーフ族?」
「旦那たち。出番やで」
そういうとモグは穴の中に顔を隠してしまう。
代わりに顔を出したのは、髭面の厳ついドワーフが現れる。
「おう、小僧。我らが族長はどこじゃ?」
ガラの悪いドワーフが穴から出て来る。
次の奴が穴から出ようとしたので、ヨハンは魔法を放った。
「グワッ!」
「何をするじゃワレ!」
二人目が魔法の餌食になって落下していった。
その下にも何人かいたのか、共倒れした音が響いた。
「お前達はバカか?敵が中に入ってきたら倒すのが当たり前だろ」
「クソがッ!お前らが族長を引き入れられたから我々はここまで来たに過ぎんのじゃ。族長は無事なんか?」
「無事だが、引き渡しはできんな」
「何っ!」
「お前はやっぱりバカだな。捕まえた捕虜を何もなしに返すと思うのか。
何より、この場で貴様等全員捕まえても良いんだぞ」
「そんなことできると思っとんのか!」
躊躇なく穴に魔法を放つ。大量のストーンが逃げ場のない穴に注ぎ込まれる。
モグがいればいくらでも穴は開かれるだろうが。
ノロマなドワーフを何人か道連れにはできるだろう。
「それで?何の用だ?」
改めて一人だけ残ったドワーフに質問を投げかける。
バカな返答をすれば次はないと右手を掲げて問いかける。
「……交渉がしたいんじゃ。ワシらの要求はゴルドア族長を返してほしいじゃ」
「ふむ。交渉は応じよう。それで?そちらの提示するものはなんだ?」
「武器を差し出す。ドワーフが作った武器じゃけぇ品質は最高品質じゃ。
どの国であっても喉から手が出るほど欲しがるはずじゃ」
「いらん」
ドワーフのプレゼンに対して、キッパリと断る。今はそんなものをもらってもどうにもできん。
「なんでじゃ!大金持ちになれんじゃぞ」
「他は?」
「ちょっと待ちい。そうじゃ、我々ドワーフがお前に寝返るというのはどうじゃ?それならば我々の全てが受けいれて、お前も戦力増強できるじゃろ」
「おしい」
掌に魔力を溜めて、答えを急かせる。
焦ったドワーフはがどんな答えを出すのか、楽しみで仕方ない。
「そうじゃ!この霧を消すというのはどうじゃ」
「どうやって?」
「我々があのダークエルフと交渉してくればええんじゃ」
「無駄だろうな。お前はバカだし。真面に交渉に応じる相手とも思えん」
ドワーフは打つ手がないのか、頭を抱え込んだ。
「なら、ワシがあんさんの味方をしてやるっていうのはどうや?」
頭を抱えるドワーフに代わり、いつの間にか別の場所に穴を空けたノーム族のモグが顔を出す。
「お前が味方して何ができる?」
「穴を掘れるで。まぁ言うたら、霧の届かない範囲で行動ができるちゅうことや」
モグの提案は魅力的である。しかし、モグが裏切らないという保証がない。
「お前が裏切らない保証がないぞ」
「なんやそんなこと心配してんのか。ならワシの妹を人質に出してもええで」
「どうして、そこまでする?」
「ワシたちにとって、あの方が居るからなりたってんねや」
ゴルドナを返す意味を考える。もしもモグの言うとおり、ゴルドナにそれだけの価値があるのなら。モグが仲間になるだけでは足りない。
「モグが言うことが正しいなら、お前が味方するだけでは足らんな。
この霧を消すか、ダークエルフの首をとってきもらおうか」
「それは……できんな。戦ってもあの方には勝てんし。
あの方は我々のために戦ってくださってるんやで、恩義があるがな」
どうやらゴルドナの話は間違いではないらしい。
裏切りのダークエルフと言われながらも、ダークエルフは十分に慕われている。
他のエルフたちがどうして、彼女についていかなかったのかわからない。
ハイエルフとダークエルフ、どちらが正しいのかわからない。
それでもヨハンの立場では、ガルガンディアの民を救う必要がある。
「なら、ノーム族及びドワーフ族は我が軍としてダークエルフと戦え。
お前達がどれくらいいるかしらないが、俺達を勝たせろ」
「勝たせろて。どないせいいうんや」
「お前達が仲間割れでもなんでもすればいいだろ」
「そないなこと!」
「ゴルドナのオッサンは言っていたぞ。戦場に卑怯何て言葉はないってな。
ならどんな手でも使え。オッサンを助けたいならな」
黙って話を聞いていたドワーフは沈痛な顔になり、モグも長い爪で頭を掻く。
「お前は酷い奴だな」
「そうか?命のやり取りをしている戦場で、仲間と共に生き残るために必死なだけだ」
ゴルドナのオッサンほど心が強ければ敬意を払う。
だが、こいつらには覚悟がない。そんな相手に交渉する価値はない。
「お前……どこかゴルドナの大将に似とるわ」
モグが言った言葉で、ドワーフが覚悟を決める。
「我が名はドワーフ族の戦士ハンチャ。
我等が族長を助けるため、どんな手でも使う。名を教えてもらえるか」
「ヨハンだ」
「ヨハン殿ことはもっともじゃ。我々は大将を助けるため、今この時より、ヨハン殿の配下となることを誓う」
ハンチャと名乗ったドワーフは片手、片膝を突いて礼を尽くした。
ドワーフと言う種族はガサツだという印象が強い。
だが、義理堅く人情深い。仲間を助けるために自らの命を差し出す者もいる。
「言っている意味がわからん。俺の配下になるとはどういう意味だ?」
「そのままの意味じゃボケ。我々の大将はゴルドナ様じゃ。
しかし、大将が捕まり、大将を救い出すために我々は覚悟を示さなあかん。
その覚悟をこの命を持って示すだけじゃ」
ハンチャは本気だった。本気でドワーフの権限をヨハンに委ねようとしていた。
「お前は本当に馬鹿だな」
これはガルガンディア攻防戦の逆転の一手を手に入れたのかもしれない。
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