第78話 裏切り者
門を破壊しようとしていたドワーフの脅威が去ったことで、持ち場をリンに任せてヨハンはドワーフの対応をすることにした。
ドワーフは正気を取り戻して太い首を左右に振って自らの身体の調子を確かめていた。
焦点の定まっていなかった白目は青い瞳が彫り深い顔によく似合っている。
一通り体の調子を確認したドワーフは白いガイゼル髭を撫でていた。
頭も真白なため、高齢であるように見える。
ドワーフの寿命というモノがわからないので、一体いくつなのやら。
「意識が戻ったか?」
「うむ。まだ頭にモヤがかかったような感じはあるが、自身の意志で身体が動いているのは理解できる」
ヨハンの問いかけに対して、ドワーフは素直に答えを返した。
「やはり、操られていたのか?」
「操られていたのだろうな。そうなるな」
「そうなるとはどういう意味だ?」
「ワシが言えることは、ここの門を叩いていたのはワシの意志じゃということだ。
それはアヤツの力でそうなったのかもしれんが、ワシに迷いはなかった」
ドワーフの言っていることはイマイチわからない。
操られている者ではあるが記憶や意思はあったということだろうか。
「ここがガルガンディアであることは分かっていたのですか?」
「もちろんじゃ。ワシ等はアヤツに命令されてここまできたからの」
「アヤツとは?」
「ふん、イケ好かぬダークエルフの女じゃ」
ドワーフはダークエルフのことを語っているときは、穏やかな声をしていた。
「帝国の八魔将ですね」
「ふん、アヤツは八魔将と呼ばれるほど偉くはないわい。
単なる小娘が虚勢を張っているに過ぎん」
ダークエルフは長寿族でもある。
それに対してドワーフも長生きではあるが、エルフほどではないはずだ。
小娘というぐらいだからこのドワーフも相当な長寿なのだろう。
「相手がどんな相手なのか教えてもらえないですか?」
「ふん、助けてもらった恩義もあるしな。よかろう」
裏切りのダークエルフと呼ばれる女性の話は意外なものだった。
ドワーフはドワーフ族の族長であり、名前をゴルドナと名乗った。
元々ドワーフとエルフは仲が良くないそうだ。
それは住む場所の違いや、考え方の違いなど様々な要因があるが。
何よりも生理的にそりが合わないと言うのが本音らしい。
鉄や木を加工し自然を利用するドワーフ族は、大雑把でガサツな者が多いらしい。
それに対して、性格は繊細で細やかな気配りのできるエルフは、森や自然を愛し破壊するドワーフを忌み嫌う。互いに思想が違いすぎるのだ。
そんな二つの種族も、共通の敵である帝国が攻めてきたことで力を合わせた。
他の精霊族を仲間に引き入れ決起した。
自らの住む場所を護るため、ドワーフが武器を造り、エルフが相手を惑わし、精霊族皆で抵抗を続けた。
しかし、帝国は人数でそれを圧倒するだけでなく、それを率いる将軍達も強かった。ゴルドナも将軍の一人である巨人族と戦ったが逃げるのが精いっぱいだったという。
「ワシがケガを負ったのが悪かった。ワシのケガを見たアヤツが言い出したのだ」
怒りと悲しみを含んだゴルドナの声に、その時の沈痛な気持ちがうかがえる。
「アヤツは帝国に下ると言い出したのだ。ワシはもちろん反対した。他のエルフたちや精霊族も反対した。劣勢に立たされたことで、王国に救援も求めた。
しかし、すぐにどうにかできる状況ではなかった」
ダークエルフであったアヤツは、ハイエルフの王族を裏切って帝国に寝返った。
「ダメ押しとなったのは、最前線で戦っていたワシが倒れたことでじゃ。精霊族は総崩れになってしもうた」
軍とはそういうものだ。司令官が倒れただけで機能を失う。
ゴルドナが精霊族にとって重要な大将であったことが分かるというものだ。
「では、ダークエルフは意にそぐわぬ形で帝国に加担したのですね」
「そうじゃが、それもどうかの~アヤツが帝国配下になることで、ワシ等精霊族の自治権は確保された。
人身御供ではあるが、アヤツは天帝にあってからどこかおかしいような気がするがのぅ」
「すいません。話を変えさせて頂きます。
ところどころあなたは操られてからの記憶があるようですが、操られても記憶はあったのですか?」
「ふむ。ワシは元々操られてはおらんよ」
「それは!」
「それはこういうことじゃ!」
ヨハンが驚いて飛び退くのと、ゴルドナが鎚を振るうのは同時だった。
ドワーフの攻撃は鋭く、ヨハンの右足からグシャッと嫌な音がする。
粉砕した骨にヒールをかけてすぐに回復させる。
もしも、ヨハンに回復魔法が無ければ次の一撃で死んでいた。
「今のを避けるとはなかなかやるのう小僧」
「いきなりの不意打ちは卑怯では?」
「戦場に卑怯などという言葉はないわい。まぁワシを助けようとして中に引き入れたお主を殺すのは忍びないがの。じゃからある程度の情報は話してやった。
じゃがここからは別じゃ。ワシはここの大将を倒してガルガンディアを落とす。
それがアヤツのためであり精霊族全ての為になる」
ゴルドナはワザとダークエルフの幻惑に操られていたようだ。
自らの歯止めを外すために……
「して小僧、ここの大将は誰じゃ。大将だけを殺すとしよう。
これは主への恩義であり、それで戦いは終わる。先程話したとおりじゃ」
ゴルドナは間違いなく歴戦の勇者である。
体には無数の傷があり、鎚を振るう力も門を破壊するほど強力である。
他の者に託せるほど甘い相手ではない。
「大将は俺だ……」
「ほう……主がのう……まぁそうじゃろうな」
ゴルドナの目付きが変わり殺気が放たれる。威圧など生易しいものではない。
向けられた殺意だけで人を殺せるのではないだろうかと思うほど恐ろしい。
「逃げぬか。なかなかやりおるな」
「逃げない。俺が逃げたら皆に被害がでる」
「ふむ。主にも背負うものがあるか、ならば決着をつけねばならぬな」
「ああ」
斧を抜く。ゴルドナも鎚を肩に担ぎ直す。
「改めて名乗らせてもらう。ドワーフ族が族長ゴルドナじゃ。粉砕してくれる」
「エリクドリア王国ガルガンディア地方領主、ヨハン・ガルガンディアだ」
「うむ。大層な名前ではないか」
「自分でもそう思う」
自分の名乗りに苦笑いしながら、全身に魔法強化をかけていく。
「いくぞ」
「ああ」
ゴルドナは優しかった。合図と共に互いに駆ける。
両手斧とゴルドナの鎚が激突する。
「パワーもあるか!」
ドワーフを見たときにスキル覧から剛腕を入手した。
剛腕は現在の攻撃力に駆ける十倍のパワーを追加する。
さらに魔力強化を入手して全ての身体機能を二倍に向上させた。
それでもゴルドナとの力比べは互角だった。
「化物爺が!」
ドワーフは鎚を軽々と振りまわして、勢いを乗せてヨハンに向かって振り回す。
「ワシの攻撃を受け止められただけで主も十分化け物じゃよ」
「こっちは一杯一杯だ」
「くははは。それでよい。全力を出せぬ者は死ぬだけじゃ」
ゴルドナは大きく鎚を振り上げ、地面へと深々と突き刺した。
アースクエイクと呼ばれる土魔法で、地割れを起こしてヨハンの足場を奪っていく。
「なっ!」
「ドワーフが魔法を使えんとでも思ったか」
地割れのせいでバランスを崩してしまう。
揺れる地面を物ともしないゴルドナは大きく跳躍してヨハンの頭上から鎚を振り下ろす。ヨハンは出し惜しみせずに雷を体に纏わせる。
「消えたじゃと!」
「こっちにも奥の手ぐらいある」
体に電気を流すことで、反射神経を強制的に早くする。
ゴルドナの動きが止まったようになり、躊躇なく斧を振り下ろす。
「ぐっ!」
ゴルドナも身を翻して、躱すがヨハンの斧の方が速い。
剛腕で強化した斧がゴルドナの左腕を引き裂く。
「ゴルドナ殿、降参することをお勧めする」
「掠り傷を負わしたぐらいで勝った気か?」
左腕から大量に出血しているゴルドナは、それでも痛みなど感じていないように鎚を構えた。
「なら遠慮なく」
ゴルドナが動きについてこれてないことを悟り、スピード重視でゴルドナに傷を負わせていく。
「ちまちまと嫌らしい奴じゃな!」
雄叫びを上げるようにゴルドナが怒り声を上げる。
「あなたが知っているか分かりませんが、血液とはどんな生きモノでも命を支える大切な物です」
「だからなんじゃというのだ」
「小さな傷でも、血を流し過ぎれば意識も飛ぶ」
そういうとゴルドナの体がグラリと傾く。
「毒か?」
「毒なんて使いません。それはあなたの体から必要な血液が奪われたからですよ。
あなたの身体を支えられなくなってきたのでしょうね」
説明している間にもゴルドナの顔が青白く変色していく。
「ワシは負けんぞ」
「あなたが強者で、ここが私に地の利があったから取った手です。
あなたは敵陣に単身乗り込んだ。それが敗因でしたね。
自分の強さを驕ってしまった」
「負けん、負けんぞ」
ゴルドナの様子が変わり、身体が赤くなり始める。
「もう何もさせません」
サクの言葉を思い出した。魔力を一気に外に放つことで爆発を生み出せる。
ゴルドナは自爆という形でそれをしようとしていると直感的に動いた。
「銀世界」
大気中の空気を一気に下げてゴルドナを氷漬けにする。
「負けた戦いで敗北を認めず自決はダメですよ」
氷漬けのゴルドナに話しかける。氷の中で意識を失ったことを見届けて氷の中から解放する。ゴブリンにゴルドナのことを頼んでリンの下へ戻った。
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