第77話 ドワーフ
ガルガンディア領を進む込んだ霧は、一日が過ぎても晴れることはなかった。
ガルガンディア要塞以外を包んでいる霧のせいで、要塞から一歩も外に出ることができずに時間だけが経過していた。
敵方の影は、ガルガンディア要塞を囲うように現れていた。
霧によって高く築かれた門から見ても、影しか見えない。
いるのかいないのかわからない。それが恐ろしさを際立たせている。
「大丈夫か、シェーラ」
霧に対してガルガンディアを護っているのはシェーラ率いるエルフ部隊だった。
エルフたちによって、要塞の周りだけ結界を張ってくれているのだ。
「うん。私はあの子たちを維持するだけだから、ここから動かなければ問題ないよ」
シェーラがガルガンディア領を全て見渡せる天守閣に陣を張って、結界を維持していくれている。
交代で魔力を注ぐことで維持できているが、シェーラは陣の柱として休息は最小に押しとどめられている。
「そうか、必要な物があれば言うと言い」
「ご主人、ありがとう」
ガルガンディア要塞はシェーラに任せればもう少しだけ耐えられる。
「すぐに何とかする」
「うん。待っているね」
ヨハンを一切疑うことなく頷いたシェーラに、ヨハンは片手をあげて天守閣から降りていく。
「サク、策を言え」
天守閣の階段を下りていくと、サクが頭をさげて待っていた。
「はっ、この霧は精霊魔法で生み出されたものです。術者の魔力と精霊の助力。我々人間では対処しようがありません」
「では、どうする?」
「今回、私が考えた作戦は二つです」
「言ってみろ」
「まずは、霧を吹き飛ばします」
「どうやってだ」
「爆発を起こします」
「爆発?」
「はい」
火薬の無いこの世界で、どうやって森全体を包む込んでいる霧を吹き飛ばすだけの爆発を起こせるというのか。
「ガルガンディアにいる魔力を持つ者に、魔力を集めさせて一気に解き放ちます」
「どうやって魔力を集める?」
「魔力を蓄積する水晶があります。それに溜めれるだけの魔力を集めます。
水晶に込められた魔力が一気に外に放出する際に強力な爆発が起きます」
火薬ではなく魔力を下に爆発を起こすのだという。
「それではガルガンディアにも影響が出るんじゃないか?」
「多少は致し方ないかと」
「そうか、二つ目はなんだ?」
一つ目の策を念頭に置きつつ、二つ目を聞いたうえで考えようと思った。
「二つ目は」
ドッゴーンー!
サクが言葉を発する前に、ガルガンディア要塞門前に轟音が鳴り響く。
「なんだ!」
「敵が攻めてまいりました」
ゴブリン兵が駆けこんできて、ヨハンの疑問を解消する。
「敵の方が早かったようですね」
「どういう意味だ?」
「私の策は、霧があろうと、こちらから攻撃を仕掛けるというモノでした」
「どういうことだ?」
「シェーラ殿が霧を退けられるのであれば、逆に敵の霧を利用して、身を隠しつつ敵の本陣に強襲をかけるというものでした」
サクの言葉に納得しながら、すでに敵の攻撃を受けている。
今となっては手遅れだ。
「ゴブリンとオークを門に集めろ。指揮はリンが、いや俺が行く。他の門も囲まれているかもしれない。ミリー殿とガンツ殿に各門の防備を」
「はっ!」
ゴブリン兵はすぐに踵を返して、階段を駆け下りた。
「サク、今の現状を打破する策を考えろ。すでに時は動いた」
サクは頷いて走り去る。ヨハンは時間を稼ぐため門へ駆ける。
門が破られてはシェーラがせっかく守ってくれている結界が破れてしまう。
「門は俺が護る。必ず知恵を絞れ」
「はっ!」
ヨハンが門に到着すると、全身が鍛え抜かれた小男が巨大な鎚を持って門を叩いていた。
「なんだあの化け物は!」
「ヨハン様、あれはドワーフ族です」
「あれがドワーフ……」
身長は150そこそこしかない小兵ではあるが、鍛え抜かれた身体から放たれる大きな鎚によって門にダメージを与えていた。
「私も見るのは初めてですが、なんと凶暴で恐いのか」
リンは暴れ狂うドワーフに恐怖を感じているようだ。
ドワーフは意識がないのか白目で焦点が定まってはいない。
それでも一心不乱に鎚を振り回している。
「あれは完全に操られてるな」
「そうなのですか?」
「どうやら、今回の大将さんは相手を幻覚で操るらしい」
「じゃあ、あのドワーフさんは操られているのですか?」
「そうなるだろうな」
門を叩くドワーフを見て溜息を吐く。
「とりあえずあの化け物をどうにかしよう」
門を隔てた先で、ドワーフが鎚を振るい続けている。
到着した時点で、門の隙間を全て土魔法で塞ぎ終えた。
いくら叩いても壊れないような作り直した。
しかし、ドワーフの勢いがあまりにも強いため不安もある。
「一先ずはこれで大丈夫だろうが。あいつをどうにかしなくちゃな」
門を強化するだけではダメだ。壁も攻撃され続けていればいつかは崩れる。
「どうにかこちらに引き入れれば」
シェーラの結果内なら正気を取り戻すかもしれない。
「では、こういうのはどうでしょうか?」
リンが考えた策を耳打ちしてくる。ヨハンはリンの策を採用することにした。
「やってみよう」
ドワーフが見えるように門の上に上がり、魔法を唱える。
風魔法に二人がかりで魔力を注いで大きくする。
「いきます」
リンの掛け声で地面から風が吹き上がり、ドワーフの身体を持ち上げる。
一瞬だけ浮き上がったドワーフの身体であったが、門を超えるほどではなく。
しかし、ドワーフにまとわりついていた霧が吹き飛ばされる。
焦点の合わなかったドワーフの意識が一瞬だけ戻ったタイミングに、ヨハンは二段目の風を吹き上げた。
力の抜けたドワーフの身体はガルガンディア要塞の広場へと落下する。
「どうだ?」
広場に落ちたドワーフから距離を置いた状態で意識が覚醒したのか時を待つ。
周りにはゴブリンやオークも武器を構えて警戒を続けている。
「うぁ、ウガアアアアア!!!」
呻き声を上げたと思えばドワーフは雄叫びを上げて起き上がった。
鎚を握り締めたことで、意識が戻らなかったことを諦めヨハンは斧を構えた。
「失敗か?」
一頻り叫び声を上げていたドワーフが次第に叫び声を押さえて鎚を地面に置いた。
「ふん、スッキリしたわい」
ドワーフはそういうと鎚を肩に担いでこちらを見た。
「成功か?」
「いちいちうるさいガキじゃな。じゃが助けてもらったようじゃ。礼を言う」
ダークエルフの洗脳から覚醒したドワーフが頭をさげた。
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