第75話 狂人
王国の最果てに位置するシンドリアが存在を消した場所に、二人の人影が立っていた。
死んでしまった大地は空気も汚染されており、普通の人が立っていられるはずのない場所と成り果てた。
しかし、汚染などまったく意に返さない二つの影が死の大地を見つめる。
「やはりつまらぬ結果になったな」
「そうですかね?私にはとても面白い見世物でしたが」
死の大地を見つめて、白髪に青白い肌をした闇商人が溜息を吐く。
会話をする相手は、この世界では珍しい黒髪に白衣を纏い、寄れたシャツとパンツを着たしまりのない中年オヤジだった。
「これほどの所業をつまらないと言ってしまうあなたの感性を疑いますよ。まぁ私はあなたから資金提供がありましのたで十分な研究成果が見れて満足ですよ」
狂人は興奮気味に白髪オヤジに詰め寄る。
そんな狂人に闇商人は何も残らない大地を唯々見つめるだけだった。
「ハァーですが、研究が完成してしまいました。これより先はない。これほどつまらないことはないですね」
先ほどの興奮が覚めてしまえば、狂人は研究が終わったことへのつまらなさを口にする。
「ふむ。新たな研究成果を試すときかもしれませんね」
「まだ何かやるつもりか?」
狂人の言葉に反応した闇商人が初めて興味を示した。
「ええ、少しばかり魔人を作ろうと思いまして」
「魔人?魔族とは違うのか?」
「ああ、あれは実験の一環でしかありませんね」
共和国にもたらされた戦争の兵器である魔物や魔族化を開発したのは狂人であった。
「魔人とは?」
「そうですね。まずは見てもらうのが一番ではありませんかね?」
狂人が指を鳴らすと、どこからともなく真っ白い肌に真っ赤な瞳をした少年が現れる。少年には生きている気配が感じられない。闇商人は異常な少年に不気味さを感じた。
「私が作り出した魔人です。私の子と言ってもいい。傷つけてみますか?」
「どういう意味だ?」
狂人の申し出の意図がつかめない闇商人に狂人はナイフを差し出した。
「不死者なのです。胸を一突きしようと脳を破壊しよと死にはしません」
狂人の言葉に闇商人は驚き、ナイフを正面の瞳目がけて投げつけた。
避けようともしない少年はナイフで瞳を抉られても痛みを発しはしなかった。
狂人は歓喜するように美少年の身体をべたべたと触りだす。
青白い顔をした美少年と、無精髭を生やした白衣を着た中年オヤジの絡みはお世辞にも美しいとは呼べる者ではない。
救いがあるとすれば、中年オヤジは性欲を全く持っていない。
魔人となった美少年も、男よりも女性の柔肌の方を好むということぐらいだ。
「一応痛覚は残しているのですが、その方が生きている感じが味わえるでしょう?」
「ふん。それが道具として使えるのであれば問題ない」
美少年の身体を触るのを止めて、中年オヤジが辺りを見渡す。
「調査もこれで一通り終わりですね。これは置いていきますのでお好きにお使いください」
「ふむ。性能を見るのも悪くはない」
「では、帰って次の研究に取り掛からねばならりませんので。そうそう、この魔人の名前はガルッパ・ベルリングと言います」
狂人の名前は、ゴウリという。
魔導の研究者であり、帝国内で狂人と呼ばれる古参の八魔将だ。
しかし、彼が作り出した兵器は確実に相手を無力化すほど恐ろしい効果をもたらした。それ以外にも彼が作り出したあるアイテムによって、魔族化が勧められている。
「狂人めが……」
白衣を翻し狂人は死地の砂を袋に詰めて、その場から離れていった。
すでに彼の頭の中には王国を攻撃したことも、ましてや闇商人と会話していたことも頭の中にはない。
新たな実験材料が手に入ったことで、次なる研究へと頭をシフトしていた。
「ついてこい」
闇商人は魔人を呼び寄せ歩き出す。ただ、魔人はボソボソと呟いていた。
「兄さん、待っていてくださいね。あなたの血は誰よりもおいしいく頂きます」
不気味に笑うガルッパ・ベルリングは、闇商人に見られることなく笑顔を浮かべていた。
闇商人の配下はすでに王国へ進軍を開始している。
狂人によって遣わされた。命令など不要な不死者達に果たして、王国はどう対処するのか、闇商人にはそんなことどうでもよかった。
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死地から土を持ち帰ったゴウリは、そこから新たな生命を誕生させる研究に入っていた。それは吸血鬼のような不死者や、アラクネのような魔族化ではない。
まったくの新しい生命の誕生であった。
命の宿らない物から、生命を宿した者を作り出す研究であった。
「くくく。まだまだ研究段階ではあるが、良きものができましたね」
何かの液体と混ざりあった泥の塊は、人間の女性へと形を整えていく。
生命を得たことで、泥は主が望む形を、とろうとしているのだ。
「まだまだ見苦しいが、こやつがどんな働きをするのか今から楽しみで仕方ないな」
狂人は壊れたように笑いだす。
「実験場はいくらでもある。これだから戦争はやめられん」
狂人は戦争を、ただの実験場ぐらいにしか思っていなかった。
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