第74話 帝国の力

突如、起きた出来事に対して何が起きたのか説明できる者は残されていない。


ただ、その場に生まれた闇が全てを飲み込んでしまった。


王国の最西に位置していたシンドリアと呼ばれる街が闇に飲まれて消えたのだ。

そこに住まう幾万人の人々を飲み込み、闇は地を腐らせた。

幾百年、その地は草も生えぬ死地へと変わり果ててしまう。


帝国が軍を進軍させ起こした大規模な魔法は、多くの遺恨を残すものとなる。

どういった原理で何が起きたのか、王国側の人間は誰もわからなかった。


王国に一つの歌が広まって行く。それはどこの誰だかわからない吟遊詩人が歌う歌。


「世界は闇に包まれる。闇は全てを飲み込んで、闇は全てを終わらせる。

闇を切り裂くことができるのは、我らが天帝様の威光のみ。

跪くなら早くしろ、逆らうのならば闇に飲まれよ

闇はすぐそこまで迫ってる。天帝様は寛大だ。天帝様は偉大なお方。

命がほしくば、我先にと走り出せ、王国に希望なし、王国に光なし、王国はただ滅ぶだけ」


天帝を称え、帝国の力を闇と例えた歌を歌い続ける吟遊詩人。

すぐに手配がかかったが捕まることはなかった。

しかし、この歌は王国内に住まうものに恐怖を植え付けるのに十分な力を発揮した。

シンドリアが闇に飲み込まれた事実はすぐに王国内に知れ渡っていった。

市民の中には帝国へ亡命を始める者まで現れる。


「最悪の出だしだな」


ガルガンディアで、この報告を聞いたヨハンはある兵器を思い出す。

元の世界で全世界を震撼させた兵器は、大規模な爆発を起こした。

爆発を起こした後に大地を死滅させた。

復興させるのに何年の時を費やしたことか……


「王国の戦況は一気に劣勢に立たされますね」


執務室で、この報告を持ってきたサクが悲しそうな声を出す。

ヨハンは眉間にしわを寄せて天を仰ぐ。


「こんな物を使われては、何の抵抗もできませんな」


家令となったジェルミーは、この悪夢に頭を抱えることしかできなかった。

神経質そうな疲れ切った顔が溜息を吐く。


「まぁ当分は使われることはないだろうな」

「そうですね。それがいつかはわかりませんが、使われてもあと一度」


莫大な被害をもたらせる兵器ほど何度も使う必要はない。

一度使うだけに敵国の民は心折れ。いつ使われるわからない恐怖に怯えなければならない。

何よりも土地を死滅させるほどの兵器は帝国にも恩恵をもたらさない。


「それはどうしてですかな?」


二人で納得していると、ジェルミーが不思議そうな顔で問いかけてきた。


「まず、帝国も王国の土地がほしいからですね。

支配下に置こうと思っているのに、死の大地に変えていては勿体無いでしょ?

最初に使ったのは帝国の力を示すためでしょうね。

次に使うとすれば戦況を打破するためか、決着をつけるためです。

王国側が圧倒的な不利に陥り、すぐに敗北すれば二度と使われることはないと思いますが」


ジェルミーも納得したのか、難しい顔をして黙り込んだ。


「すでに帝国は動いているんだな」

「はい。私の情報では、すでに敵は三日後にはガルガンディアに入ると思われます」

「そうか、敵の数や誰が指揮をしているかわかるか?」

「数は三万、指揮官はわかりません。ですが、推測はできます」

「聴かせてくれ」


サクは本当に有能な人間だ。

この情報もサクの影から受けているのだろうが、セリーヌにも同じ情報を伝えているはずだ。


「ガルガンディア領は南に王国、東に山脈、西にセリーヌ領があります。

そして砦の周囲はモンスターが多く生息する森に囲まれています。

このような状況では騎馬隊は不利だと考えられるので、新鋭の黒騎士や竜に跨る竜騎士は除外します。

魔法隊はその火力が重視されるため、帝国の闇が使われないのと同じで大地を破壊してしまう恐れがあります。

そのようなモノを森で使えば森が失われてしまうので、帝国宰相ウロボロスが率いる魔法隊も排除します」


これにより八魔将のうち四人が消える。

竜騎士、黒騎士、死霊王、狂人が消えたことで、残された四人の名が浮かんでくる。


「ではダークエルフか巨人か?」

「私の考えではダークエルフだと思われます。

巨人は帝国にとって先陣を切る切り込み隊長を担うことが多く。

それは帝国の力を示すために先陣を切っています。

そのため王国に分かりやすく、もっとも力を行使できる場所に配置されます」


ダークエルフの将軍は新鋭のために情報が少ない。

巨人に関しては、情報こそ多いが唯々強いとしか伝わってこない。

どちらがガルガンディアに来ても厄介な相手であることに変わりはない。


「戦い難い森に配置するよりも第二軍が布陣する草原がある中央に使いたいところです。

ダークエルフはエルフ同様、森に住まう者です。その強力な魔力もさることながら森の守護者と呼ばれるほど森を熟知しています」


サクの推測は的を得ていると思う。


「闇法師や闇商人はどうだ?」

「闇法師はモンスターテイマーなので、考えられなくはないです。

共和国と同じであれば各隊に織り交ぜてくるのではないでしょうか?

司令官さえ居ればモンスターたちを操ることができることは共和国との戦いでわかっています。闇商人に関しては私も詳しい情報はわからないのです。

そのため何とも言えません。ですが、現状を考えるならば、ダークエルフが一番可能性が高いと思われます」


サクの説明に俺は、ダークエルフという種族について考える。

シェーラはハイエルフだと言っていた。ではダークエルフとハイエルフは何が違うのか。


シェーラに聞いたところ。

最も理解しやすかったのは、エルフは妖精と人の間で生きているらしい存在であり、精霊の使いとして精霊に力を借りて精霊魔法を使う。

しかし、ダークエルフは闇の精霊に唆されて魔落ちた魔人に近い存在であるそうだ。

シェーラたちエルフの王族であるハイエルフ精霊に愛された存在で、精霊に力を借りて、精霊本来の力を使うことができるという。


「ダークエルフの能力はわかっているのか?」

「噂程度になりますが……」

「聞こう」

「ダークエルフは森の守護者から逸脱した膨大な魔力と、エルフが元々持っている森を護るために授かる幻惑の術を得意としていると聞いたことがあります。

戦う際は闇の精霊魔法と幻惑に気をつけなければなりません」


ダークエルフは一騎当千の強さを持つ。従っているダークエルフの軍団には十分に気を付けなければならない。


「ダークエルフは裏切り者なんだな?」

「はい。ですが、ダークエルフが率いるのは、ドワーフ族やエルフ族、他にはノーム族にシルフィー族などの精霊に近い種族の者が多くいます」

「それも……幻惑でか?」

「おそらく、精霊族は素直な者が多いと聞きます。ダークエルフの幻惑により操られているだと推測できます」


戦い難い相手だ。

闇法師が来ればゴブリン達モンスターを使う際、裏切られる恐れがある。

ダークエルフには対しては、幻惑を解く方法さえ分かっていれば問題ない。

闇商人ついては未知の部分が多すぎて、戦い方すら浮かんでこなかった。


「誰が責めて来るにしても準備は必要だな」

「はい」


それぞれの対策を考えつつ三人での会議を続けた。

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