第63話 マダラベアー 前篇

ハイスペックなサクが来てくれたことはガルガンディアにとって発展への足掛かりになった。

サクは領民から求められる書類の整理が速く。王都から来る難しい書簡にも対応してくれた。

ジェルミーが来てから処理しようと思っていた領地関係の王国に送る書類が見る見る片付いていったのだ。


シェーラに持ちかけられたエルフの問題も、今は手紙を出しただけなので相手の返事待ちということになる。


日々の生活も大分落ち着いてきたガルガンディア領内。

慌しく執務室の扉を開いて入ってきたのは、ゴブリンの三人組である。

トンはボブゴブリンに成長したので、三人の中ではリーダー的な役割を担っている。


「それで?どうしたんだ?」


ゴブリンたちはこちらの言葉は理解しているが、未だに話をするのが苦手なのだ。

興奮しているので「ギィギィ」とか「ウゥー」とか言ってくるので、訳が分からない。


「いいか、お前達は仲間を探す前に勉強しろ!」


ゴブリンでも分かるシリーズの中から、王国言葉編を投げつける。

ゴブリンは会話ができる種族なのだ。なのにこいつらは一か月たっても言葉がさっぱりわからん。


「それを読んで話せるようになってから来い!」


勉強を義務づけて三人組を執務室から追い出す。

代わりに執務室にリンが入ってきた。


「ヨハン様!大変です」

「今度はリンか、どうしたんだ」


やっと落ち着けると思ったところなので、ため息交じりにリンを出迎える。


「お疲れですね。後でお茶を入れます」

「ああ、ありがとう。それで、どうしたんだ?」

「はい。近くの森に魔物が出たと報告が上がっています」

「魔物?ゴブリンの野生化とかオークじゃなくてか?ビックボアとかなら今日のいい肉になるが」


スライムやゾンビなどの意思を持たぬ魔物は厄介だ。

ゴブリンやオークなどの人型は魔族化でもしない限りは、暴れるような者は少なくなっている。

進化して知能の高くなった者は、人との共同生活する方が増えているぐらいだ。


「毛むくじゃらで巨大な魔物だそうです」


毛むくじゃらな巨大魔物と言われてウルフを想像する。

獣系の魔物は冒険者に随分と駆逐されて今は数を減らしている。


「それで?そのモンスターはどこにいるんだ?」

「森です。場所までは特定できていません。ですが、商人やガルガンディアに来ようとしてくれている人たちを襲ってるみたいなんです」


なかなかに厄介な出来事が起こっているみたいだな。


「とりあえず、見に行ってみるか」

「はい!」


リンを同行者につけて旅人を装う。

ガルガンディア方面に向かう商人や旅人が襲われているので歩いてみた。

ガルガンディアは森に囲まれているので、どの道を通っても森に入る。

馬車が通れるだけの道は確保されているので、それでも歩いてみると整備が必要なところが、ところどころ見て取れた。視察としては丁度よかったかもしれない。

王国に通じる道だけでも整備した方がいいことが良くわかる。


「それで?こいつが魔物か?」

「そうです。報告にあった魔物の特徴と一致します。

ビックベアーと呼ばれる魔物の変異種ですね。さしずめマダラベアーでしょうか?」


マダラベアーって……目の前にいるのは、間抜けな顔をしたパンダだった。

確かにデカい。クマというのは凶暴な生き物だ。

見た目の間抜けさと、魔物としての野生を含めれば危険な生物である。

 

ただ、パンダは顔が以上にデカい。三頭身ぐらいしかないのではないだろうか。

顔もなんだが凶暴というよりも絵に描かれたパンダのように間の抜けた顔をしている。


「おい!お前、言葉はわかるか?」


魔物と言ってもここまで大型であれば知能が高い者が多い。

言葉ぐらいはわかるかもしれないと声をかけてみる。


「ガオ?」


どうやら話しかけられているのわかるらしい。


「お前が市民を襲っているせいで迷惑している。やめてくれないか?」


考えているように腕を組む。顔のデカさに対して腕が短いので掌しか組めていない。


「ガォー!!!」


交渉は決裂したようだ。牙を剥けて威嚇を始めた。

パンダの短い腕の先に長い爪が出現して襲い掛かってきた。


「問答無用か?リン、下がっていろ」

「はい」


両手に斧を構え、パンダの爪を迎撃していく。

腕の短さに反比例するようにパンダの爪はどこまでも伸びてくる。

間合いを測りそこねて、斧を弾き飛ばされた。


「ほう~なかなか面白いな」


どうやらパンダは魔族化しているわけではなく。野生化しているだけのようだ。

腹が減って餌を探しているのだろう。それでも襲われた方は堪ったもんじゃない。


「対峙するには間抜けズラが愛らしいと思うがな」


片方残った斧を捨てて肉体強化の魔法を唱える。最近覚えた魔法だ。

補助系魔法はリンの方が得意だが、一つ覚えてみれば案外共通するところが多い。

攻撃強化やスピード強化も覚えれた。


「耐えろよ」


肉体強化+攻撃強化を拳にかけてパンダの顔を殴った。


「堅っ!」


強化した拳よりもパンダの顔の方が堅かった。

パンダは勝ち誇ったような顔になり、爪を振り下ろしてきた。


「舐めるなよ」


スピードはヨハンの方が早い。


「スタンガン」


いくら防御力が強かろうと、魔法耐性が高くなければ防げない。


「グオーーーーー」


どうやら今度は聞いたらしい。本来で有れば気絶してもおかしくない量の電流を流したはずなのにパンダは立ち上がった。


「やるな」

「ガォー!」


痛みを感じたことでパンダも本気になって獰猛な牙を剥きだして、左右だけでなく足爪を伸ばして攻撃をしてくる。

短足からは予想外なスピードで、二十本の長い爪が前後左右上下から襲い掛かる。

獣系の魔物が本気になれば人間の反応速度をはるかに超える。

パンダもその例に漏れないらしい。どんどんと加速していく。


「ヨハン様!」

「手を出すな」


まだ対処できない速度じゃない。

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