第62話 お風呂
ガルガンディア要塞を作った人物は、なかなかに趣向を凝らす人物だったようだ。
特に遊び心を大いに含んでおり、ガルガンディア要塞には大浴場が備え付けられている。
男女はちゃんと分かれており、100名ほどならば一片に入浴しても大丈夫なほど広い。そのため孤児の中に風呂担当なども作って、清掃と湯入れを任せている。
サクという来訪者を出迎えたことで、頭を使って疲れたので風呂に入ることにした。大浴場は独占するのではなく、領民に解放している。
風呂に入る習慣のないこの国の人間は週に数回しか風呂に入らない。
夜に入るのではなく。仕事を終える夕方ぐらいに入るので。
日が完全に暮れしまったこの時間には誰もいないので貸切だ。
24時間風呂に入ることができるのも、管理が行き届いているからだ。
風呂に人員を回すことに反対している奴もいたが、今では反対する者はいない。
「貴族の策謀に計略ってやつだな。戦場じゃなくても色々考えるもんだな。
まぁ俺も来年までにはある程度形は作っておかないとな。来年には帝国が攻めてくるはずだ」
この先もゲームのシナリオとして知っている。
帝国が攻めて来るのは共和国が滅んでから丁度一年後だ。
そこで生き残るために、この要塞を修復して住民を増やす必要がある。
領民たちには力を付けてもらって、私兵として働いもらうつもりなのだ。
「来年に何かあるの?」
「ああ、多分、帝国が攻めてくる」
「本当に?」
「ああ。俺は知ってるんだ……うん?」
貸切の筈の風呂で誰と会話をしてるのか……声のする方に目を向ければシェーラがいた。スレンダーな身体は強調される部分も慎ましく。美の集大成だと思えるほど綺麗だった。
「なっ!何をしてるんだ?」
「お風呂に入ってるのよ」
俺の精神は大人なのだ。絶世の美を持っている女性が目の前にいれば覚醒しないわけではない。
エルフの胸はツルペタだとか、白い肌がスベスベで赤みを帯びて綺麗だとか考えてしまう。
「ここっここは混浴じゃないからな!女風呂にいけよ」
「こんな時間に誰もいないわ。どっちでも同じでしょ」
「違う。俺が入ってる」
「私は奴隷で、あなたはご主人だから裸を見られてもいいじゃない」
シェーラから馬車に乗っているときのような妖艶さが醸し出される。
湯気と風呂の温度がますます彼女の美しさを際立たせているように見える。
「恥ずかしくはないのか?」
「恥ずかしい……けど仕方ない」
どうやら羞恥心はあるらしい。顔を背けて赤くしている。
「恥ずかしいなら出て行けよ」
「無理、ここでしかできない話がある」
「うん?話?」
「そう。ご主人は他の人とどこか違う。普通の人族ではない。
普通の魔法使いではない。普通の貴族ではない。普通のご主人ではない」
もしかしたらバカにされているのかな?
「お前の気持ちはよくわかった。お前は俺が嫌いなのか?」
「違う。他の人と違うご主人だからお願いがある」
「お願い?」
「そう、私の全てを上げるから、エルフ族を助けてほしい」
シェーラの言葉に記憶が蘇る。
『エルフ族を助けてほしい』それは本編の主人公であり、ランスが消化するべきイベントなのだ。
どうしてそのイベントがヨハンに転がり込んできた。
それはシェーラを助けてしまったからなのだろう。
「エルフ族?」
「私達は今危機にある。帝国の魔手が我々の森に伸びようとしているの」
そう、これは本来一年後に起こるべきイベントだ。王国と帝国が戦争を仕掛けるための口実になる事件。エルフの王女が王国へ助けを求めにくる。
王国は秘密裏にエルフ族を助けるため騎士になったランスを派遣する。
「シェーラ……お前はエルフの王族か?」
「……そう、私はエルフの王が娘、第三王女シェーラ・シルフェネス」
知らぬうちに厄介事を招き入れていた。
「断る」
「どうして?ここには森がある。そしてあなたは領主として変わっているから私達の自由を奪わない。私はあなたのような人を探していた」
ヨハンの拒絶にもめげることなく、シェーラは必死に訴える。
「ハァ~お前はバカか?」
賢いと思っていたが、どうやら頑張っていただけのようだ。
「いいか、もしも相手に何かをしてほしいなら、それに見合う対価を示すものだ」
「だから、私を……」
「価値はない!確かにシェーラは美しい。だが、王国を賭ける価値はない」
必死に頭を振って否定する。今でもシェーラの魅力にクラクラではある。
だが、本来であれば俺が迎えるべき未来ではない。
ちゃんとした手順を踏んで、王国からランスを派遣させなければならない。
「む~私は可愛い」
湯船に顔を付けながら、シェーラがブ~垂れている。それでもヨハンは頷かない。
「確かにシェーラは可愛い。だが、ダメだ。今じゃない」
「む~」
「それにな、時期を待て」
湯船に顔を付けてのぼせそうなシェーラに、仕方がないなと忠告してやる。
「時期?」
「そうだ。エルフ族は助かる。だが今じゃない」
「私達が助かる?」
「そうだ。お前は言ったな、帝国の魔の手が迫っていると。そこから救い出すには俺一人の力じゃ足りない。王国が動かないとダメだ。そうじゃないと本当に救えはしない」
シェーラは湯船から顔を上げて考え込む。
「シェーラ、焦るな。まずはここで力をつけろ。
一年後、必ずエルフたちを救ってやる。今は俺もお前も力を、そして地盤を固める方が先決なんだ」
シェーラは賢い子だ。ヨハンの言葉を整理しているのだろう。
苦悩する顔すら美しい。
「わかった……でも一年は待てない……帝国は今もエルフの森を侵略している」
「だったら、お前がこの地にエルフが住める場所を作ってやれ。
エルフたちが逃げれる場所を作ってやれ。それが出来たら助けに行こう」
ヨハンが動いただけでは、王国が動いてくれるかわからない。
それでも泣きそうな顔で考えるシェーラを最後まで突っぱねることはできない。
「ご主人、ありがとう」
「まだだ、シェーラ。もう一つお前はやらないといけないことがある」
「夜伽?」
「違う!なんでそういう話になるんだ。
お前にはエルフの森に住んでいる兄妹達に手紙を書いてもらうぞ」
「手紙……」
「そうだ。ここで待っているから王国に助けを求めろと」
「わかった……書いてみる」
今できることを提案してやり、あとは相手次第だ。
シェーラのために仕事が増えた。
まぁ、この世界に来た時点でやらなければならないことだと思えば割り切れる。
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