第61話 来訪者
領地経営を初めて一か月か経とうとしていた。
まだまだ開拓が進んでいないガルガンディア要塞から見える景色は、ほとんどが森だ。森全体が領地であることを思うと気が遠くなる。
未だに住居として使える施設は要塞しかない。
それでもガルガンディア要塞は、要塞一つで全てが賄える。
最大5万人が収容できる砦の中は、住居区間、商業区間、医療区間、馬屋など全てが揃っている。
ただ5万人が収容できる領民が出入りしていない。
一か月の間に領民は300名まで増えている。
リンの家族は総勢10人で引っ越してきてくれた。
ガルガンディア領の農業を一手に任せているので、毎日親父さんの指揮の元子供たちが畑作りを頑張ってくれいてる。
商人たちも露天商のオッチャンやオバシャンが引っ越してきてくれた。
要塞内にある商業区間には鍛冶師と商売人で活気に溢れている。
商人たちに声をかけられた寒村の村々からも移住してきてくれているので多少ではあるが領民も増えている。
奴隷であるゴブリン達は森に仲間がいるかもしれないと、日々仲間捜索をしながら開拓の手伝いをしてくれている。
傭兵を倒したお陰で一人はボブゴブリンに進化して、残り二人も進化の予兆があるとシェーラが言っていた。
野生化してしまったゴブリンは人と交流を持つのは難しい。
だが、まだ子供のゴブリンであれば教育次第で人との共存も望めるので、市民として受け入れるつもりでいる。
オークたちは仲間意識はそれほど高くないので仲間探しはしていない。
食事を大量に消費するが、綺麗好きで真面目に仕事をしてくれる。
街道や河までの道を整備してもらうのを優先的に働いてもらっている。
綺麗好きな彼らは礼儀作法を好み物覚えが良かった。
野性的だった立ち振る舞いは綺麗になり、服も支給してやるとオシャレにも気を使うようになったので、仕事着、生活着、寝間着と着せ替えをさせている。
ウィッチはリンの預かりとしてリンの補佐をやらせている。
魔法が仕えるウィッチだが、他にも生活知識を豊富に持っていたり、家事をしてくれるので、リンの成長にも繋がっているようだ。
ただ、何故かウィッチもリンと同じようにメイド服を着ている。
ヨハンのメイドとして、給仕作業をしてくれるのでありがたい。
「ご主人、次はこれ」
シェーラは誰よりも賢く状況判断が早い。書類整理の手伝いに駆り出している。
ヨハン自身も領主として求められることが多く。一人では処理しきれない部分を補ってくれているのだ。
「ああ、そろそろ昼だな休憩にしよう」
「わかった」
ジェルミー団長は仕事の関係で来れていない。
だが、アリスが図書館の本を丸ごともって引っ越してきてくれた。
ヨハンにとって図書館はもっとも効率よくレベル上げができる場所なのだ。
いつかは街全体を本で埋め尽くしたい。
好きに魔法や化学の研究ができる場所を作って研究者を集めたい。
「ねぇご主人?」
「どうした?」
昼休憩をしているとシェーラが声をかけてくるのは珍しい。
ガルガンディアに来てから、シェーラは仕事以外のことではあまり口を開かない。
特に休憩中はアリスが持ち込んだ本を読むのに明け暮れている。
さすがは森の知者と言われるほど知識への好奇心が旺盛な種族である。
「お嫁さんはもらわないの?」
「はっ?」
意外な質問にヨハンは飲んでいたお茶を吹き出してしまう。
「だって……ご主人は貴族になったのでしょ?妻がいてもおかしくはないわ」
シェーラの不意な質問に眉をしかめることしかできない。
質問自体は間違っていない。だが、恋愛などしている時間は今の俺には存在しない。
恋愛をしないで妻だけはどうかと聞かれればそれも考えないことはない。
適当な相手を妻にするなど今は考えられない。
「今はこの領をまとめることが先決だと思っているからな。ある程度落ち着くまではその話はなしだ」
「そう……心に決めた人はいないのね?」
「うん?ああ。今はしたいと思う人はいないよ」
アンナやリンなど、数人の女性の顔が浮かんだ。
結婚となると何か違う気がした。
それ以上シェーラから質問はなかったので、休憩を終えて仕事に戻る。
執務室は要塞の最上階に当たる4階にあるので同階に自分の寝室を作った。
これ以上は天守閣しかないので、監視をする人員はヤコンが連れてきた孤児に任せてある。
孤児たちは全員で100人ほどいたので、商人や農業に割り振って仕事を与えている。
開拓している途中のガルガンディア領には仕事は山ほどあるので、しっかり働いて腹いっぱいご飯を食べてもらう。
執務室は元々共和国の将軍が使っていただけあり、置かれている家具は高級品で見た目だけは立派な執務室になっている。
そんな豪華な窓から見える街道沿いに来訪者らしき人影が見えた。
「シェーラ、今日の仕事はここで終わりだ。お前も今日は休んでいいぞ」
「わかった」
その人物と話しをする時間を取るため、仕事を早々に切り上げる。
シェーラも何か思うところがあったのか、すぐに立ち上がって執務室を後にした。
「ヨハン様、お客様です」
シェーラが出ていく代わりにリンが入ってきた。客人の来訪を告げるためだ。
「ああ、窓から見てたよ。ここじゃあ散らかっているからな。応接間に通してくれ」
「わかりました」
客人の思惑について考えを巡らせながら応接間へと向かった。
応接間は、謁見の間とは違いソファーとテーブルを置いて談笑室のような作りにした。
「よくぞおいでくださいました。サク殿」
来訪者である。セリーヌの軍師サクにこちらから挨拶をする。
彼女は立ったまま待っていたらしく、ヨハンが現れるとニッコリと微笑んだ。
「お久しぶりです。ガルガンディア卿」
勝手に無表情で感情の起伏が少ない人だと思っていた。
ただ顔は微笑んでいるのに薄らと寒いものを感じる。
嫌な予感はあまり的中してほしくないが、彼女は微笑んだまま話を始めた。
「本日は突然の訪問、誠に申し訳ありません」
「いやいや。同じ戦場で命を預け合った戦友ではありませんか。
何より開拓途中の我が領では十分なおもてなしも出来ないでこちらこそ申し訳ない」
腹の探り合いをするように、サクに白々しい挨拶を返しておく。
「そう言っていただけると助かります。本日はセリーヌ様からある書状を預かってまいりました」
「わざわざサク殿を遣わせるとは相当な内容ですかな?」
「そんな私など……こちらがその書状になります」
サクから書状を受け取り目を通す。
拝啓 ヨハン・ガルガンディア殿
貴族になられたこと、心より祝福させていただきます。
そして新たな領地経営大変ないことと思い、私からささやかながらプレゼントとして、サクを貴方へ仕えさせてあげてください。彼女もそれを望んでおります。
それでは益々の王国の繁栄と、これからの活躍を心より楽しみにしおります。
第三近衛師団団長 セリーヌ・オディンヌより
セリーヌの書状を二度見して、サクをもう一度見る。
「この内容は知っているのですよね」
「はい。我が主の命ですから」
「あなたの配下は?」
「私一人です。配下の者はセリーヌ様と共に」
「そう……ですか……」
明らかにセリーヌからのスパイだと理解できる。
セリーヌから宣戦布告とも受け取れる。断る簡単だが、セリーヌに負けた気がする。
「確かに……受け取らせてもらいました。今日よりあなたは私のモノです。いいですね?」
それまでの微笑みではなく、いつもの無表情になったサクは深々と頭を下げた。
「この日この時を持って、サクはセリーヌ・オディンヌ様からヨハン・ガルガンディア様を主として、ヨハン・ガルガンディア様の頭脳となりましょう」
「よろしく頼む」
スパイであれ、今は人材が必要なのだ。毒を食らわば皿まで食ってやる。
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