第60話 奴隷の力

ガルガンディア要塞へ向かうまでにはいくつかの森と草原を超えなければならない。

その中でも草原と呼ぶには一番狭く、森に囲まれた広場に馬車を停止させて休憩する場所に差し掛かったところで盗賊に扮した奴隷商に雇われた傭兵が待ち構えていた。人数にすれば20名ほどでそれほど多くない。


奴隷たちの力を見る意味でも、丁度いい人数が待ち構えていた。


「リン、全員に補助魔法を」

「はい」

「ゴブリンは弓を構えて俺の援護だ。オークは前衛でウィッチの護衛をしろ。ウィッチは炎以外の魔法で敵を撃て」


奴隷たちには名前がないということなのでヨハンが名前を付けた。

ゴブリンはトン、チン、カンと名付けた。

オークには名前があり、バイド、ギン、グーゴと言う。

ウィッチにも名前があり、ブルー、レッド、グリーンというらしい。


まとめて呼ぶときは種族で呼ぶ。

奴隷に向けて指示を飛ばすにはその方が効率がいい。

火が森に移れば厄介なことになる。エリア魔法で殲滅もできない場所なのだ。

今回は、どれほど奴隷たちが使えるのかを確かめたい。


「ご主人、私は?」

「シェーラは切り札だ。精霊魔法は使えるか?」

「使える。でも弓の方が得意」

「なら、まずはゴブリンと弓で援護してくれ。危なくなったら精霊魔法を使ってくれ」

「わかった」


奴隷たちが指示に従って動き始める。

20人の傭兵たちは余裕を見せているのか、こちらが用意できるまで動かない。

隊列を組んでいることからも、訓練はそれなりに積んでいる。

ドドンの手の者で間違いないだろう。

傭兵か、私兵を盗賊の格好にさせたといったところか。


「かかれ!!!」


盗賊の親玉らしき奴が号令を上げた。

傭兵は魔物と戦うことはほとんどない。

ましてや、連携して戦う魔物など見たこともないかもしれない。


「ウィッチ、一斉に放て!」


彼女たちが選んだ魔法はストーンだった。大量の石雨が盗賊に降り注ぐ。

運の悪い者は頭に直撃してそのまま永眠だ。一人か二人しかそんな効果は得られない。それでも目暗ましにはなる。

盾や兜をしている者たちは礫を防ぎならが進むことになるのだ。


「シェーラ、ゴブリン。弓を放て」


石礫の合間に降り注ぐ弓は確実に傭兵を減らしていく。

シェーラの弓は的確に傭兵を撃ち殺していく。


「オーク。今だ!」


傷つき視界を奪われた傭兵にオークの腕力が襲い掛かる。

彼らには巨大な鉄の棍棒を持たせているので、一振りするだけで二、三人が吹き飛んでいく。 

アイアンメイルなどで重装備した傭兵が前に出て盾の役割を担う。


ヨハンは待っていたとばかりに重装兵に向かってサンダーをお見舞いする。

鉄であるからこそ雷の効果は絶大になる。


20人いた傭兵も残っているのは5人ほどになっていた。

残った5人は警戒を強め、草むらから放たれた弓がトンの肩に命中してしまう。

すぐにヒールをかけてトンを回復する。


「ここからが本番みたいだな」


伏兵の存在に5人だけではないと判断して、ヨハンも警戒を強めた。

包囲するほどに人数は相手にも残っていない。

リンから追加の補助魔法がかけられる。

肉体強化と速度アップの補助魔法がゴブリンとオークにかけられる。

魔法部隊であるウィッチへの指示はリンに任せ。


ヨハンは斧を抜いて、オークと並んで前に出る。


「オーク、ゴブリン、ついてこい」


残った5人へ突撃をかけた。森に隠れた弓士はシェーラに任せた。


ヨハンは一直線に親玉の男を目指して走る。

他の四人はオークやゴブリンに相手をさせる。

一対一では不利でも、ゴブリン達は三人一対、オークは二体一対だ。

弓士にはシェーラとリンが対応してくれる。堂々と親玉に向かう。


「舐めるなよ。ガキが俺に勝てると思っているのか!」


親玉は、確かに冒険者をやっていればAランク相当の実力があるようだ。

シャムシールと呼ばれる曲刀を抜いて待ち構える。

しかし、待ち構えたことが悪手になるなど誰も考えないだろう。

ヨハンは全身に雷を走らせる。体内を走る神経線維の活動インパルスが加速する。

反応速度が上がることで、親玉がシャムシールを振るう前に全てが終わりを迎える。

双斧が親玉の腕と胴を薙ぐ。


「割に合わない仕事を請け負ったね」

「なっ!」


親玉が気づいたときには絶命したときだった。


「終わりだな」


振り返れば、傷付きながらも戦闘を終えた仲間達が立っていた。

奴隷たちは十分に役に立つ。ヨハンとって初めての私兵を手に入れたのだ。


「リン!馬車の調子は大丈夫か?」

「はい」

「怪我した奴は俺のところに来い。たしたことない奴は死体を集めて燃やしてくれ」


弓士も合わせると30人近くの死体をこんなところに放置するわけにはいかない。

森の中には魔物が救っているのだ。血の匂いに誘われて魔物が集まってきてしまう。

死体を集めて火をかける。


領地ではないが、この場所は商人もよく使う休憩所なのだ。

他人に迷惑をかけていいはずがない。

証拠隠滅も兼ねて一人も逃がしていないはずだ。

そのために探索を発動して、最後は前に出たのだから。


「さぁて、後始末は終わったな」

「主人は惨いのね」


全ての方を付けて、馬車に戻るとシェーラがそんなことを行ってきた。


「惨い?」

「だって、いくら報復で送られてきたからって全滅させなくてもいいんじゃないの?」


この妖艶なエルフは、どうやらその雰囲気と賢さをもってしても世界と言うものを知らないようだ。

もちろん元の世界で暮らしていた俺だって殺しなどしたくない。

だが、そんな綺麗ごとだけで、生きて行けるほどこの世界は甘くないことを知っている。知能が3だったヨハンだってそれぐらいのことは知っていた。

そして、ヨハンの記憶があったから、俺も嫌悪感を薄めることができた。


「報復だっととしても、それを許せば舐められる。

ドドンが怒りに任せて傭兵を差し向けた。俺達の命を奪いに来たってことだ。

なら、ドドンにも命をかけさせる。それが俺のやり方だ。

そのためには一人として許さない。ドドンの手の者はな」


それまでとは雰囲気の違うヨハンにシェーラが体を強張らせる。


「恐い人……でも……あなたなら……」


シェーラは独り言を呟くように考え事を始めた。

そんなシェーラをほったらかして、外を見る。


外は日が暮れ始め、夕暮れに照らされたガルガンディアの砦が見えてきていた。

新しい我が家に歓迎されているようで嬉しくなる。

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