第55話 願い

第三師団はミリューゼ王女を将軍とした軍である。

軍関係の人事はミリューゼ王女に一任されており、ジェルミーがガルガンディア領に来てくれる辺りミリューゼ王女にも了承を得なければならない。


ヨハンは配属されてから挨拶をした程度で、まともに話したこともないミリューゼ王女にジェルミーが欲しいと願うため、執務室にやってきた。


「失礼します」


三回ノックして声を上げる。


「どうぞ」


ミリューゼ王女ではなく。セリーヌの声が聞こえてきた。


「失礼します」


礼を言って扉を開ける。

ミリューゼ王女の執務室には六羽のメンバーの半分が揃っていた。

セリーヌとマルゲリータは執務室のソファーに座り、メイド姿のレイレがミリューゼ王女の横に立っていた。


「やあ、ヨハンじゃないか。どうしたんだい?」


ミリューゼ王女は気さくな様子でヨハンを出迎えた。

ミリューゼ王女にとってヨハンは自分が見込んで取り立てた者であり、その者が手柄を立てて貴族にまで昇格したのだ。誇らしく喜ばしいことはない。


「本日は、ミリューゼ様にお別れのご挨拶と一点お願いがあってやってまいりました」

「うむ。君も貴族になったのだ。領地を経営するのは大変な苦労であろう。第三魔法師団を離れるのは仕方ないことだが寂しくなるな」

「はい。ミリューゼ様には大恩があります。私を第三魔法師団に取り立てて頂き、本当にありがとうございました」


労いの言葉をかけられ、ヨハンは自然と礼を尽くすことができた。

セリーヌやマルゲリータと違い。

ミリューゼ王女はランスが惚れるのに十分な女性であるとヨハンには思えた。


「ミリューゼ様にチャンスを頂いたお陰で、私は貴族になることができました」

「うむ。願いとは貴族になった褒美が欲しいということかな?」


ヨハンの意図を察したミリューゼが先に要件を述べてくれる。

ミリューゼ王女の気遣いにヨハンは深々と頭を下げた。


「ミリューゼ様の慧眼通りにございます。貴族になれたことは喜ばしいことなのですが、私は平民出身であり領地経営などしたことがなく」

「ヨハン殿。私からも賛辞の言葉を送らせてもらいますね。おめでとうございます」


ヨハンの言葉を遮るように今まで黙って見守っていたセリーヌから声をかけられる。

貴族と言っても身分はセリーヌの方が遥かに上になる。

言葉をかけられて無視することもできない。


「有難きお言葉」


セリーヌが腹の底で何考えていることはすでにヨハンもわかっている。

知っているのはセリーヌとセリーヌの軍師であるサクだけだ。

セリーヌから送られる賛辞は皮肉としかヨハンには思えなかった。


「セリーヌ様指揮の下、戦えたこと光栄の極み。セリーヌ様の指揮があったればこそ私はこうして貴族になることができました」


逆にヨハンからセリーヌに対しての皮肉で応える。

お前が無能であったお陰だと暗に伝えているのだ。


「それは何よりです」


ヨハンの皮肉など気にすることなく、セリーヌは微笑んでいた。


「うむ。それで願いとはなんだ?」


二人の微笑みによるにらみ合いを中断させたのは、ミリューゼの素朴な疑問だった。

セリーヌが割って入ったことなど気にする様子もないミリューゼに感謝の念が湧いてくる。


「話の腰を折ってしまい申し訳ありません。願いなのですが、平民であった私では領地経営をしようにも知識がありません。そこで補佐として人材を頂きたいのです」

「なんて図々しい!!!」


ヨハンの願いに対して反応したのはマルゲリータだった。

マルゲリータはヨハンが貴族になろうと、目の敵にしているのに変わりはないようだ。ヨハンの発言を下世話なものだと声を荒げた。


「まぁまぁ、マルゲリータは黙りなさい。

それで補佐としての人材をほしいとはいうが、私の周りにやれるような人材はいないぞ。紹介してやれる者はいるが、皆それぞれの領地を治めている。

人材を分けてもらうためにも君から会いに行ってもらうことになるぞ?」


ミリューゼは相変わらずの常識人である。

ちゃんとヨハンのことを考えて発言してくれている。


「いえ、目ぼしい人物には心辺りがあります」

「ほう~誰だ?」

「ジェルミー団長です」

「ジェルミーとは、魔法師団のか?」

「はい。現団長であり、マルゲリータ団長の代から副官をしていた方です」

「ふむ。あまり公の場にでる人物でないな。あまり面識もない。どんな人物なんだ?」


ミリューゼはあまりジェルミーを理解していないらしく。

元上司であるマルゲリータに話を振つた。 


「はい。彼自身は下級貴族の出身です。

魔法の才能はそこそこなのですが、事務仕事や雑用を得意している人物です。

私も使い勝手がよかったので有用していました。

無口で何を考えているのかわからない男だった思います」


マルゲリータの評価に、内心笑ってしまう。

ジェルミーがマルゲリータの前で如何に自分を隠していたかが良くわかる答えだ。


「そうか、まぁ事務仕事に長けている人間は有用だが。

魔法師団に必ずしも必要と言うわけではないのだな」

「はい。私がいなくなったことで自動的に団長になっただけの者です」

「引き継ぎもあるだろうから、すぐに向かわせることはできないだろうが。

ヨハンの願いは聴いてやれそうだな」


マルゲリータのダメダメっぷりに内心笑ってしまう。

そのお蔭でジェルミーを手に入れることができた

マルゲリータには感謝の言葉しか浮かんでこない。


「ありがたきお言葉、恐悦至極にございます。

私もまだまだ準備がございますので、ジェルミー団長を出迎えられるように精進致します」

「うむ。団長と副団長がいきなり代わるとなると魔法師団も手入れが必要であろう。セリーヌ、その辺はどうなっている?」

「はい。ミリューゼ様。ヨハン殿が貴族になられた時から、動いておりますので何の問題もおきないでしょう」

「そうか、私の周りは優秀な者が多いので助かる」


ミリューゼはセリーヌの言葉に満足して、レイレが入れてくれたお茶に口をつけた。


「大恩あるミリューゼ様の力になれるように粉骨砕身、精進致します」

「ああ。ヨハン頼んだぞ」

「はっ。ではこれにて失礼いたします」


再度礼をしてミリューゼの執務室を後にした。

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