第54話 あの人にも声をかけてみよう

突然のことにヨハンは呆然として、アリスは何度も頭を下げていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「えっと、何が何やら」

「すみません。私の気持ちの問題です」

「気持ちの問題?」


先ほどまではいい感じに話を進められていたと思う。

アリスさんの好感度も高いはずなのだ。

それなのに伝えた気持ちに帰ってきたのはビンタだった。


「本当にごめんなさい。わたしのことは気にしないでください」

「えっと……」


あれ?これってフラれたってことかな?ヤバい泣きそうなんですけど。


「えっと、誤解がないようにいいますね。ビンタしたのはごめんなさい。お詫びと言うわけではありませんが。司書の申し出受けさせていただきます」

「えっ?受けてくれるんですか?」

「はい。恥ずかしながら。私で務まるなら喜んで」

「ありがとうございます」


フラれた後の大逆転ではあるが解せぬ。

どうして叩かれたのか未だに理解できない。

雰囲気的に聞いては行けない気がして、それ以上言葉が出てこなかった。

許可をもらえたので一先ず図書を離れて、アリスには後日会いに来ることを伝えた。


「気を取り直して、あの人達に声をかけるか。来てくれるかはわからないがな」


顔が浮かんでいる人物たちに会うため、アリスの次に訪れたのは露天商が店を開く屋台街だ。ここには随分と世話になった。

自分の経験としてここにいる露天商たちは信用できると思っている。


「おっ!ヨハン……様じゃねぇか」

「あっ、ヨハン…様…」


商人は情報が早い。

ヨハンが貴族になったことで、挨拶がぎこちななっている。

名前に様付けで呼ぼうとしてくれている。


「前のまんまで大丈夫だよ。貴族になったからって俺は変わらないから」

「そう言ってもらえると助かる」

「ああ、安心したよ」


オッチャンやオバちゃん達がふぅ~と息を吐く。

無礼千万ではないが、貴族に逆らえばその場で殺されることもある。

商人たちの言葉遣いが変わってしまうのも仕方ないことだ。

今まで可愛がっていた近所の子供が急に偉くなったぐらいに思ってもらえればありがたい。


「今日は皆に話があってきたんだ」

「なんだい?」


ヨハンを知る露天商は興味深そうに仕事の手を止めて集まってくれる。

忙しい中でありがたいことだ。


「実は……今度地方の領主になることになってね。人手不足で困ってるんだ。

俺のところで働いてくる人はいないかな?まだまだ開拓途中だから、要塞内に店を構えてもらうことになるけど。とりあえず税金はいらない。どうかな?」


露天商たちは顔を見合わせ沈黙がしてしまう。


「ダメ……かな?」


商人が何を求めているかなどわからない。提示できる条件など思いつきもしない。

それでも信用できる露天商のオッチャン、オバちゃんが領民になってくれるのは心強い。沈黙が続いて段々不安になってくる。


「いきなりな話で……「いいさ」」

「はっ?」


説得しようと言葉を発するより速く。オッチャンが被せて言葉を発する。

なんて言ったかわからずに聞き返す。


「ヤコンの親方から話は聞いてるよ」

「えっ?」

「ヨハンが人手を求めてるってね」


オバちゃんは息子の頼みを聞く母親のように、オッチャン達はどうしようもない悪ガキを見るように、優しい眼差しでヨハンを見つめていた。


「じゃあ……」

「ああ、俺達も店を持つ夢を諦めたわけじゃない。

それがヨハンの下で叶うんだ。税金も免除してくれるんだろ?これほどありがたい話はないさ。まぁ稼がせてもらったらちゃんと税は納めてやるからさ。

ヨハンの下で俺達の夢を……店をやらしてくれないか?」


露天商の家主達はヨハンの頼みを聞くのではなく。

商人としての意地とプライドを尊重するように、自らヨハンの領地に住みたいと言ってくれた。食料や武器、防具、生活用具やアクセサリーなど。

様々な物を露天商は安く仕入れて売っている。

王都の下町を支え、貧民層を護ってきたとも言える。


「でもみんなが一気に俺と一緒に地方に行ったら……」

「バカだな。そこの調整はヤコンの親方がしてくれるんだよ」


ヤコンの有能さに舌を巻く。

こちらが心配していたことはすでに解決していた。

全てを分かってオッチャン達はヨハンを待っていたのだ。

王都に来てから、すでに一年が経とうとしていた。

その間に育んだ縁がヨハンを支えてくれる。


「ありがとうございます。助かります」


自分よりも大人な彼らに対して、ヨハンが今できるのはお礼と尊敬をこめて頭を下げることだけだった。


露天商たちと別れたヨハンは、一番重要な人物に会うため第三魔法師団の宿舎へと足を向けた。

領主となり、退役したのは先日のことなのでそれほど日は経っていない。

それでも懐かしいと思いながら、宿舎の中へ入って団長室を目指した。


「ジェルミー団長。お久しぶりです」

「お久しぶりって、祝賀会の前にあっただろう」

「まぁそうなんですけど。今日はジェルミー団長に願いがあってまいりました」

「君が私にお願い?」


この神経質そうな顔をした男は、腹黒で常に何かを企んでいる。

そのくせ良く人を見ていて、部下に慕われている。

ヨハンも幾度となく助けられた。

縁の下を任せて、これほど安心感と安定感を発揮する人物をヨハンは他に知らない。


「はい。ジェルミー団長……俺と供にガルガンディアに来ていただけませんか?」

「何のために?」

「団長に開拓を手伝っていただきたいのです」

「ふむ。相変らず君は面白いね」


ジェルミーはいつもの楽しそうな瞳でヨハンを見ている。

この人はいつもそうだ。ヨハンの行動を楽しんでいる節がある。


「ダメですか?」

「一応私も貴族だしね。しかも、第三魔法師団団長の地位もある」

「はい」

「難しいことは分かっているね?」

「はい……」


断られるのは十分にわかっていた。

それでもジェルミーがいれば心強いと思ったのだ。ジェルミーには立場もある。

何より無理やり連れて行っても、意志が伴っていなければいい仕事ができるはずがない。


「無理なお願いをしてしまい申し訳ありません」

「うん?何か勘違いをしていませんか?」

「はい?」

「すぐに行くことはできません。ですが、面白そうなので協力してあげます」


ジェルミーの言葉に我が耳を疑う。


「はい?」

「だから、協力します。もちろん貴族としてですが」

「貴族として?協力してくれる?えっと、ありがとうございます」


ジェルミーが言った貴族としての意味はわからなかった。

それでも一緒に来てほしいという言葉に、承諾してもらったことに頭を深々と下げた。


「実に君は面白いね」


そんなヨハンを見て、ジェルミーはいつもの悪巧みをしている顔で笑っていた。

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