第49話 褒美
ガルガンディア要塞の掌握が終えたヨハンは、意識を取り戻したセリーヌに参上を命じられた。
未だ、体が本調子ではないセリーヌは天幕の中でベットに腰かけていた。
「第三魔法師団所属 ヨハン副団長です。失礼します」
セリーヌは疲労の見える顔色をしているが、表情は清々しいものであった。
俺はセリーヌの表情に対して、怪訝な表情を浮かべてしまう。後ろにいるサクを見れば、相変わらずの無表情で何も知らないと首を横に振る。
「総大将、報告を求められたのでやってきました」
礼を尽くすために天幕に入ってすぐに膝を突いて頭を下げた。
「ええ、よく来てくれましたね」
「はっ」
「ヨハン殿。この度は窮地を救って頂きありがとうございます。よくやってくれました。魔族を打ち倒し、多くの兵を救ってくれたこと。皆の命を預かるモノとして感謝いたします」
ヨハンの礼に対して、セリーヌも褒めの言葉と感謝の言葉で出迎える。
「はっ、身に余る光栄の極み」
建前上の受け答えはこれで十分なはずだ。すでにサクから条件は伝わっているはずだ。
アラクネを倒したのはセリーヌであり、ヨハンは手助けをしたに過ぎない。
そういうことにしてもらっているはずだ。
「いえ、身に余るなどとんでもない。これほどの功績称えずにはいられないではないですか」
セリーヌの物言いにヨハンは条件に反するということかと、殺気を込めてセリーヌを睨み付けた。
ヨハンの殺気に対して、サクの後ろで控えていた黒装束が反応して武器に手をかける。しかし、そんな黒装束にセリーヌが手で制止をかける。
「この場で称えることはと言っておきましょう」
セリーヌはヨハンを試していた。
本気で条件を反故にした場合、ヨハンがどんな反応をするのか試したのだ。
セリーヌを殺すことに意味はない。むしろ、デメリットの方が多いだろう。
しかし、今回の作戦でヨハンはある結論に至った。
マルゲリータもセリーヌも上司としては最悪である。
ランスは王道の乙女ゲーム【キシナリ】の道を歩き始めた。
王都に留まる理由は、ランスが騎士になるまで見届けようと思っていた。
ランスが騎士になって、王国を救えば戦争も終わって全てが無事に終わるはずなのだ。それなのに貴族であるこいつらが邪魔になるなら……
「此度は助力感謝します。また治療中とはいえ、不在の間良く働いてくれました。
あなたには特別褒美を与えることにします」
なるほど、報酬を褒美と置き換えたか……まぁその方が体面が良いのだろう。
「ありがたき幸せ」
これからもらえるであろう金額に期待を膨らませてしまう。
先ほどの殺気を納めて何もなかったように振る舞う。
「あなたに爵位を授けてもらうつもりです。まだ正式な決定ではありませんが、王都に帰り次第。ミリューゼ様並びに国王様に許可をもらいましょう」
セリーヌの不意な発言に面食らう。褒美とはてっきりお金だと思っていた。
意表を突かれた言葉にセリーヌの意図を考える余裕が持てなかった。
「いいですね」
追い打ちのような問いかけに対しての思考が追い付かず……
「ありがたき幸せ」
その前に言った言葉を繰り返すことしかできなかった。
「よかったわ。あなたへの褒美を何にしようか考えてね。これが一番いいと思ったのよ」
セリーヌは上機嫌で話を続けているが、ヨハンにはセリーヌの意図が未だにわからない。返事をしてしまった以上、断る理由が無ければ断ることもできない。
「褒美の話はこれぐらいでいいでしょう。それでは現在の状況を報告してくれるかしら?」
顔を上げられなかった。セリーヌの思考が読めない。
後ろに控えるサクを見ても、首を横に振るだけだ。
顔を上げれずに下を向いたまま現場の状況を伝えて、その場を後にした。
「隊長!どうだったんだい?」
現場に戻ると、指揮を任せていたミリーがすぐに近づいてきた。
リンは補助として、天幕の外で待っていてもらった。
すでにセリーヌから与えられた内容を伝えてある。
「俺……貴族になるらしい……」
実感が持てない。
「なるほどね。名誉騎士を賜るのか。でも、それは本当に褒美なのかい?」
「そうらしいな」
「まぁそれなら喜んだ方がいいね。難しいことは考えても仕方ないよ。
昇進したなら素直に喜べばいいさ」
腹の底で何を考えているわからないセリーヌに会っているからこそ素直に喜べない。
セリーヌに会っていないミリーが素直に喜んでくれる。
それ自体を悪いことだとは思えない。
「皆!ヨハン隊長が出世して貴族になるらしいよ」
ミリーは遊撃部隊のみんなにヨハンが貴族になることを宣言する。
500人の中には下級貴族の者もいるのでどうかと思ったが、普通に喜んでくれていた。
その日はそのまま宴会になった。昇進祝いとセリーヌの快気祝い。
ガルガンディア要塞攻略祝いと。祝いが目白押しである。
ただ、料理を作るのはヨハンだったため、祝われているのか祝っているのわからない。
量が必要だったので、共和国側で手に入れたオークの肉をメインに、野菜たっぷりポトフを作った。乾パンと共に食べることでお腹が膨れ身体も温まる。
肉のボリュームとコンソメスープが体に染み渡る。
料理をするの嫌いじゃない。
何より何かをしながらの方が考えがまとまることもある。
ミリーが持ってきたワインで乾杯しながら祝いの食事にありつく。
現在5000人ほどの指揮を執っているので、それらの人間でも食べられるように鍋を十個も使ったのだ。
作った矢先に無くなって行くので、鶏ガラの春雨スープも後から作った。
絞めは乾燥めんをぶち込んで量を増やしていく。
それでも足りない者には残ったスープに干し飯を入れて雑炊を作った。
夜通し宴会を続けることで、仲間の弔いも兼ねている。
要塞内には仲間の死体やモンスターの死体。気が滅入る物は全て火にくべる。
「隊長は平民だけど、案外大物になるかもね」
色々と手伝ってくれているミリーがそんなことを言ってきた。
リンも同意を示すように雑炊を口に入れて頷いている。
「老後が苦労しないぐらい稼げて、悠々自適な生活が送れればそれでいいんだけどな」
二人は不思議そうな顔をする。
「なんだか年寄りくさいことを言うんだね」
「意外です。もっと野心でいっぱいなのかと」
ミリーはそんな考え方をするのかと感心して、リンは意外なことを言ったと言わんばかりの表情だった。
「お前らは俺をなんだと思ってるんだよ。生き残るのに必死な普通の平民だぞ」
二人はまた不思議そうな顔をする。
何度も目をパチパチさせて次第に笑い出した。
「あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「そうですね。ヨハンさんってたまに不思議なことをいいますよね」
二人が何を言いたいのかわからない。
月明かりがガルガンディア要塞を照らしている。
戦いを無事に終えられたことで今回もなんとか生き延びることができた。
ヨハンは一人でホッと息を吐いた……
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