第48話 交渉
ガルガンディア要塞を攻略した第三軍は多くの犠牲を出すこととなった。
トリスタント率いる先方隊はほぼ全滅となり、トリスタント自身も右腕の粉砕骨折に内臓損傷と大怪我を負ってしまった。
ケガは治療師たちよる治療が開始されたことで一命は取り留めた。
しかし、後遺症あ残ってしまうため、前線に立ち続けるのは困難と思われた。
セリーヌに関しては魔法の使い過ぎによる消耗だけだったため、休むことで魔力の回復が見込め落ち着きを取り戻した。
出兵の際に一万三千いた兵は、その兵数を八千まで数を減らしていた。
同士討ちで傷つけあってはいたが、八千も生き残れたことを喜ぶべきかもしれない。
意識を失い休んでいた天幕でセリーヌが目を覚ました。
傍らにはサクが座っていた。
「状況報告をしなさい」
セリーヌの頭はクリアであった。自分に何が起きて、最後にどうなったのかも十分にわかっている。
サクが何をしたのか、改めてサクの口から聴かなければならないと問いかけた。
「はっ。現在ガルガンディア要塞の戦後処理をしております。
すでに兵のほとんどはガルガンディア要塞に拠点を構えるために動いています」
「そう」
「トリスタント殿は、セリーヌ様との戦闘で負った傷により現在意識不明の重体です。傷は治療師により回復されましたが、未だに意識は戻っておりません。
他の主だった騎士達も満身創痍のため、現在はヨハン殿とミリー殿に遊撃隊に現場の指揮を任せています」
ヨハンの名前を聞いたセリーヌは苦虫をかみつぶした顔になる。
セリーヌが排除した者によって救い出される。
これほどの屈辱があるのかとセリーヌは怒りにも似た感情を抱いていた。
「どうして彼を呼び戻したのか教えてもらえるかしら?」
セリーヌの指示により、サクの策でヨハンを死地に追いやったはずだった。
敵陣に飛び込むなど自殺行為である。
ましてや、救援を求めるなどあってはならないことだ。
サクはセリーヌの指示に反してヨハンを呼び戻した。
あまつさえ現在は指揮まで任せているという。
「はい。私は最悪の事態を想定しました。私が考える最悪とはあなたを失うことです。どんな形にせよ。セリーヌ様が死んでしまうことがないように私は動きました。
そのために仕える物は全て使わせて頂きます。それが私の流儀ですので。
セリーヌ様の感情を考慮しても、彼を使うことに私は躊躇などしません」
サクは、自身がとった行動が間違っていないことを主張した。
それはセリーヌとて分かっている。分かっているが、心が納得できない。
「私が聞きたいのはそういうことではありません。
私を助けるまでは納得しましょう。ですが、彼が今も指揮を執っているのはどういうことです」
こんなことを聞いても仕方ないことはわかっている。
それでもサクの口から聴かなければ納まらない。
「彼がそれに値するだけの価値と実力を示したからです。
セリーヌ様の思考を、私の策を彼はすでに理解していました。
その上で私と交渉をすることで彼は私達に力を貸しました」
交渉と言う言葉に、それまで上を見ていたセリーヌが初めてサクを見る。
「交渉とはどういうことです?」
「彼は私達の策を看破していました。だからこそ、私達に力を貸すことを拒みました」
サクの言葉でセリーヌはある程度の状況を理解できた。
ヨハンは自分が思っているよりも賢く狡猾だったということだ。
「そう、それで取引内容は?」
「内容は三つです」
・これから先、自分に手を出さないこと。
・此度、部下や仲間になった者に手を出さないこと。
・今回の手柄はセリーヌのモノとして自分の名を出さず、それとは別に報酬を支払うこと。
「以上の三つが破られたとき、セリーヌ様及び、私の命をもらい受けるということです」
「そんなことができると!」
「彼にはそれができます。私達が彼を死地に追いやったことで、彼はここにいたときよりもずっと成長していました」
サクは気付いてしまった。
死地で生き抜くために、ヨハンは人々を癒す新たな魔法。
誰も死なせないために作戦を考えた知力。
考えたことを実行するために動き続けた行動力。
セリーヌが追いやったことで、彼は著しい成長を遂げることになったのだ。
「信じられるとは言えないわね」
「彼のことを信じられなくても、私の先見の明を信じください」
「サクがそこまでいうほどなのね」
「はい。今の彼はセリーヌ様でも手に負えません」
サクのハッキリとした物言いがセリーヌは嫌いではない。
それがたとえ気にいらないことであっても、軍師にはハッキリ言ってもらわなければ意味がない。
「わかったわ。彼のことは信じられない。
だけど、彼を起用しようと思ったあなたを信じます」
セリーヌはヨハンが気にいらない。
しかし、トリスタントを失い。自分自身もすぐには動けない。
サクは自分の指示が無ければ動かない。
そうなれば立場的には他の貴族騎士が指揮をとるほかない。
しかし、指揮を執るべき騎士はほとんどがケガ人であり、指揮を執れるほどの人材が残っていない。
「とりあえず、今の状況を報告させなさい。それが最低条件よ」
「わかりました」
サクは椅子から立ち上がり、ヨハンを呼ぶために天幕を出た。
「彼の評価を改めなければならないようね」
セリーヌは平民が嫌いである。
もちろんその根底になったのはマルゲリータの事件ではあるが。
それとは別にセリーヌは使えぬ者が嫌いだ。
平民は貴族に比べ、考えが足りず、無駄にこちらに手間をかける者が多い。
セリーヌは平民が使えないと思ってしまっていたのも事実である。
「使えるのなら、存分に使わせてもらうわ」
ヨハンが来るまでにセリーヌは気持ちを完全に立て直していた。
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