第47話 電光石火
魔力を使い果たしたセリーヌは、獰猛なアラクネの瞳を見上げて意識を失いかけていた。
「セリーヌ様!!!」
追い詰められたセリーヌを救ったのはサクであった。サクはセリーヌが戦っている間、ガルガンディア要塞の異常に気付いて対策を練っていた。
「魔法部隊は炎で辺りを焼き払ってください。騎士隊は肉体を強化するように魔力を表面に展開して同士打ちをしている者たちの制圧を」
サクの命令で部隊が動き出して操られていた者たちを制圧していく。アラクネは仕留め損ねたセリーヌにトドメを刺そうとするが、セリーヌを護るように黒装束でその身を包んだ者たちが身構えていた。
意識を失いかけていたセリーヌは、サクの声になんとか意識を保って声を出す。
「サク!あなたが来ては、大勢を読む者がいなくなるではないですか!」
セリーヌは傷こそ追っていないが、仲間同士との戦いからアラクネに放出した魔力の消耗により立っているのもやっとの状態であった。
サクはセリーヌに応えることなく指示を出すため手を上げる。
「お願いします」
アラクネがサクに糸を放ったと当時に、サクの前に氷の結界が糸を遮った。
セリーヌや黒装束たちの前にも張られた氷の結界は、サクが命じた炎の魔法をも凍らせて世界を銀世界に変えてしまう。
その光景は美しく。セリーヌは何が起きたかわからなかった。炎を得意とするセリーヌの配下に、ここまでの氷を操れる魔導師は存在しない。
サクの配下は忍者であり、魔法とは違う特別な力を使うことができるが、ここまでの銀世界を作れる配下がいるなど聞いていない。
セリーヌが突然の出来事に目を奪われている間に、サクは配下に命じて退却を開始する。セリーヌは無策で敵の罠に飛び込み、一騎打ちを仕掛けた。
しかし、仲間の裏切りから同士討ちに合った。
それに対して、サクはあらゆる最悪の事態を考えていた。セリーヌが討たれていることまで想定していたが、一騎打ちにより稼いでくれた時間で間に合った。
「はいよ」
セリーヌはサクに連れられて退却する間に答えを知ることになる。銀世界を創り出した本人とすれ違ったためだ。
セリーヌがもっとも嫌い。遠ざけた者をサクは迷いなく使ってみせたのだ。
セリーヌとサクの代わりにアラクネに対峙したのはヨハンであった。サクからの緊急命令を受けたヨハンの動きは速かった。
共和国側のガルガンディア要塞付近に滞在していたため、駆け付けるのに時間はかからなかった。
それでも持ち込んだ馬を限界まで走らせ、少数を連れてガルガンディア要塞に突入した。
サクと合流したヨハンは、現状の説明を受けて、リンと共に編み出した協力魔法コキュートスで仲間以外を氷の世界へと閉じ込めた。
「悪いな化け物。大将は返してもらうぞ」
「無粋な者たちばかりだね」
新手が現れてもアラクネは動じることなく、冷酷な瞳でヨハンを見下ろしていた。
「無粋で悪かったな。こっちとしてはどうして俺がって感じなんだけどな」
「小僧、何をした?」
「簡単な話だ。糸に繋がれているなら糸を切ればいい。切る糸が見えなくて切れないなら、繋がれた者を動けなくすればいい」
ヨハンが実践していることは、言うは容易いが用意にできることではない。武力で制圧を試みたセリーヌと違い。ヨハンは状況判断に勤めた。
相手は、7千人の兵士を手玉にとって全滅させかけた化け物なのだ。
自信の糸に絶対の自信を持っていたアラクネも糸ではなく操り人形を奪われるとは思っていなかった。
糸は切られないと自負していたし、体が欠損しても無理に動かすことはできる。しかし、糸をいくら引いても人形からは反応も返ってこない。
「そんなことができるはずがない!」
「できるはずがないって……原理さえ分かってしまえばそれほど難しいことじゃないさ」
「何っ!原理だと?」
蜘蛛の糸は確かに正気を失った兵士を操ってみせた。しかし、糸の届かないところに行けば糸の操作は受けない。
糸はガルガンディア要塞内全てに張り巡らされている。糸の届く範囲はアラクネが引いた糸で造られた巣の中だけである。それは要塞内限定ということだ。これがサクと俺が出した答えだった。
「そこまで教えてやる意味はないだろ?」
アラクネは違和感を感じていた。先程からヨハンを操ろうと糸で襲撃をかけている。
しかし、ヨハンの体に触れようと糸は接近しているのに一向に操れる気配がない。
新手として現れた者たちは悉く糸が通じない。先程のセリーヌを護った忍者たちにも糸は通じなかった。
「いい加減に見えない糸で俺を攻撃するのを止めないか」
「何っ!」
糸は確かに見えていないはずなのだ。それなのにどうして攻撃がわかるのか?アラクネはますます混乱せずにはいられなかった。
「種明かしをする気はないって言っただろう。決着の時だ」
ヨハンは速さを優先させるために身軽にするため、いつも持っている斧を持ってきてはいない。代わりになる手袋をアイテムボックスから取り出した。
「単なる人間に何ができる!我こそが魔族化した者たちの母になるのじゃ」
アラクネは赤い六つの瞳を光らせて、禍々しいオーラを放ち始める。糸だけがアラクネの力ではない。糸は巣を作り獲物を集めるに最適であるから使っているだけにすぎない。
魔族として暴走するのではなく、覚醒した者は全ての能力が桁違いに跳ね上がる。
暴走したオーガはランスと二人で倒した。ヨハンもあの時よりも強くなっている。それでも、コキュートスを使うのは相当な魔力を消耗した。
「人間如きが魔族である我を倒せるはずがないわ!」
透明な糸は視覚出来るほど一つの束になり、ヨハンに襲い掛かる。
「電光石火」
ヨハンはアラクネを見た時から、戦士や冒険者のジョブでは勝てないと悟った。
そのため新たなジョブを習得していた。
メインジョブ格闘家、サブ1魔法剣士、サブ2魔法師
格闘家は、肉体の強化と攻撃力補正をもたらしてくれた。さらに鍛えれば気功を使えるようになるので楽しみがある。
魔法剣士は、魔法剣と言われる武器に魔法を付加できるスキルを習得できる。
二つを組み合わせることで、新たな力を手に入れることに成功した。
雷の魔法が身体全体に巡っていくのが感じられる。電気信号は神経インパルスを刺激していつも以上の速度で体を動かせるようになる。
先に脳に命じた動きを強制的に発動させることがで出来るようになる。
決着は一瞬でついた。
音速を超える雷は魔族であろうと視認することは叶わない。ヨハンが【電光石火】を発動させると、雷と成ったヨハンがアラクネの後方に出現する。
その拳にはアラクネの心臓を握りしめて。
「……何をした?」
一瞬のことで何が起きたのかアラクネはわからない。心の臓を失ったアラクネは次第に息ができなくなり、苦しそうな表情で睨み付けた。
「最後だからな種明かしをしてやるよ。お前と対峙している間、常に体に雷を流していただけだ。お前が糸を俺に触れさせる度に、雷の熱で糸を焼き切っていたに過ぎない」
セリーヌが爆炎で自身を護ったように、最小の雷を纏っていたヨハン。雷は迫る糸に後出しでも対処できたのだ。
雷で自身を傷つけながらも、その都度回復魔法で回復する。諸刃の武器ではあるが、規格外である魔族を相手にするのにここまでしなくてはならない。
「器用な人間だ。くく、あぁ面白い」
アラクネは種が分かると、楽しそうにその身を倒した。それと同時に操られていた者達もバタバタと倒れて行く。
「任務完了だな。魔力が空っぽだ」
アラクネの横で座り込むようにヨハンも意識を失った。
「隊長!」
「ヨハンさん」
共に来ていたミリーとリンがヨハンに駆け寄る声は、すでに眠りについたヨハンには届かない。
ただ、ヨハンの顔は満足そうであったことにリンは心配と誇らしさがこみ上げてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます