第46話 意思に目覚めた者

セリーヌ率いる本隊は、当初の予定どおり一週間のときを待ってガルガンディア要塞の攻略に乗り出した。

朝日が昇ると同時に発せられたセリーヌの攻撃命令に応えるように攻撃は開始され、攻撃の合図を待っていたかのようにガルガンディア要塞の門は難なく開かれた。


予定通りに作戦が成功したことを確信したセリーヌは、トリスタントに指揮をとらせてガルガンディア要塞へ突入させた。

この戦いにおいて、セリーヌに褒められることがあるとするならば、大隊を一辺にガルガンディア要塞に突入させなかったことだけだろう。


突入したトリスタントの部隊は、最初こそ順調にガルガンディア要塞を侵略していた。

しかし、要塞の中盤に差し掛かるとゴブリンやオークなどの兵が配置されており、モンスターは意思を持たぬ骸のように攻撃を受けようと、体の一部を破損しようと、怯まずに襲い掛かって来るので手こずってしまう。


退却を余儀なくされた部隊は後退しようとしたが、どこから現れたのかわからない一体のアラクネによって襲撃をうけた。

アラクネは自身から放出される糸をつかって、トリスタントの護衛をしていた部隊を操ったのだ。

2000名近くいたトリスタント軍が瓦解するのに時間はかからなかった。


「トリスタント軍崩壊。トリスタント様の行方知れず」


伝令によってもたらされた内容にセリーヌは我が耳を疑った。

作戦は順調の一言だった。内通者によって門が開かれたところまでは。

 

ガルガンディア要塞内で何が行われているのかセリーヌにはわからない。

しかし、現場指揮官であるトリスタントが使えないとあれば、自らが動かなければならない。

セリーヌは立ち上がり、立てかけていた槍を手に取る。


「お待ちください。我が将よ」

「サク。今は私が動かなければならないときです」

「私はあなたの軍師です。あなたの不利益になることはさせられません」

「あなたは策を考えるためにここにいます。もちろん私の不利益を正すのも仕事でしょう。しかし、現場では臨機応変な対応が求められるのです。

それを決めるのは指揮官である私です」


セリーヌは、真っ赤な鎧に身を包み。立てかけてあったランスを持って白馬に跨る。


「誰かいますか?」


セリーヌの後ろ姿を見つめ、サクは最悪の事態を考えついていた。

自分にできる策を実行するため、最悪をさけるための一手をうった。


「ヨハン殿に連絡を、至急ガルガンディア要塞へ救援を求められたりと……」


サクが呼んだ影は音も無く姿を消す。

彼女が誰であるか、それを知っているのはサクだけだ。


「セリーヌ様、あなたは良き方かもしれない。

大抵の相手ならば、あなたが相手をすれば負けてしまうでしょう。ですが……」


サクはその続きを言葉にすることはない。

戦場へ赴いた我が主君の安全を確保するため、大隊の指揮を再開する。


「セリーヌ様を殺させてはなりません。全兵力でセリーヌ様をサポートしなさい」


サクの激と供に、戦場はガルガンディア要塞内へと移行していく。


トリスタントが2000を連れて行方知れずになったため、セリーヌは部隊の残り半分を連れて、ガルガンディア要塞に突入した。

要塞内を白馬に乗って駆けぬけているセリーヌは、ガルガンディア要塞の違和感に気付き始めた。


「どうなっているの?」


ガルガンディア要塞内では、モンスターも兵士も関係なく武器を持って殺し合いをしていた。

誰が敵で、誰が味方か、わからない状況でどうすればいいのか、セリーヌは状況を図りかねた。


「トリスタントは?トリスタントはどこにいるの?」


状況を掴めないことに、現場指揮官であるトリスタントの名を叫ぶ。

すると、トリスタントらしき青色の鎧に身を包んだ女性が、長剣を構えこちらに向かってくる。

ランスでトリスタントの長剣を受け止め弾き飛ばす。


「トリスタントですの?」


セリーヌの呼びかけにトリスタントは答えない。

弾き飛ばしたことで、肩の鎧は弾き跳び口からは血が流れている。

それでも血を拭こうともせずに、長剣を構えて向かってくるのだ。


「くっ!正気に戻りなさい」


セリーヌは先程よりも強い攻撃でトリスタントを吹き飛ばした。

痛みによって正気が戻るかもしれない。

しかし、右腕が変な方向に折れ曲がっているのにもかかわらず。

トリスタントは片手で長剣を持ってまだ向かって来ようとしている。


「こんな異常な事態は想定していません。たっ退却です!皆さん退却しなさい!正気の保っている者は退却しなさい!」


セリーヌは自身の手には負えないと判断して退却を指示する。

しかし、すでにセリーヌを囲むように正気を失った兵達が退路を塞いでいた。


「くっ!」

「派手な鎧だね」


セリーヌが数名の正気を保つ者と陣を組んで退路を作ろうと悪戦苦闘している前に化け物が降り立つ。

戦場には似つかわしくない気怠そうな女性の声の主を見てセリーヌは目を見開いた。


「キサマは!魔族化か?」

「まぁ人間はそう呼んでいるようだね。だけど、意志に目覚めた者と呼んでほしいけどね」


魔族化の情報はセリーヌも聞いている。

セリーヌが聞いていたのはゴブリンやオークなどの下級モンスターが魔族化しているというものだ。

しかし、下級モンスターは理性を失い暴走することしかできないと聞いていた。


目の前にいるアラクネは魔族化していることを自ら宣言した。

尚且つ圧倒的な存在感を放ってセリーヌにその身を晒していた。

こんな魔族化があるなど聞いていない。


「あんたらは全部あたしの餌なんだ。このガルガンディア要塞に入ったときからね」


アラクネが指を鳴らすと今まで見えなかった糸が姿を現した。

糸は自我持っているようにセリーヌたちを襲っていく。

糸に捕らえられた者は操り人形のように手足をバタつかせたと思ったら動かなくなった。


「餌に逃げられたら困るからね。餌は新鮮な方が美味しいからね。死なせはしないよ」


どうやら、動かなくなった者も、正気も失った者も死んではいないらしい。


「はっ!アラクネ如きが私に勝てると思っているのか」


セリーヌは相手の正体が分かり、先程までの不気味さを感じる以上に勇猛果敢にランスを構え直した。六羽は伊達ではない。


貴族の娘としてミリューゼ王女の側近になっただけで六羽に選ばれた者は一人もいないのだ。

姫騎士と呼ばれるミリューゼ王女と並び立つため、六羽は共に修練を積んだ強者たちなのだ。


アラクネは糸によって死者を操れると聞いたことがある。

死んではいないが、どうにかして意識を奪うことで自由に操れるようにしているのだ。タネが分かってしまえば恐れる必要など感じない。


「威勢のいい小娘だね。でも、嫌いじゃないよ」


アラクネは本当に楽しそうにセリーヌを見つめる。


「私を小娘と呼んでくれて、どうもありがとう。

では、改めて名乗らせていただきます。

ミリューゼ王女近衛隊隊長、六羽が一の羽、第三軍総大将セリーヌ・オディヌス。またを爆炎のセリーヌ、推して参らせてい頂きます」


セリーヌが名乗りを上げると、全身から炎が吹き上がる。

炎はランスも鎧も包み込み。セリーヌ自身が炎を纏っていた。


「いいねぇ~今までの奴とは違うようだ」


炎を纏ったセリーヌは白馬共にアラクネに向けて一直線に駆けた。

鋭い突きはアラクネを捉える前に、爆炎を上げて全てを飲み込んでいく。

爆炎は連鎖するようにガルガンディア要塞を火の海に変える。


「アラクネの糸であろうと、我が爆炎を持って灰と変えてくれる」

「できるものならやってみな」


爆炎が晴れた先には、連れてきていた兵士がアラクネの盾となって爆炎を防いでいた。意識を持たぬ仲間にセリーヌは一言だけ告げた。


「ごめんなさい」


それは謝罪の言葉であり、誰に向けた者かすぐに理解できた。


アラクネはセリーヌの言葉の意図を察して次の一手を打とうとしたが、セリーヌの愛馬の方が速かった。

セリーヌは爆炎を纏って兵士の一団に突入し、炎槍となってアラクネに迫った。


「アタシをやれると思うんじゃないよ」


六羽の中で一番の攻撃力を誇るセリーヌの攻撃は、肉の盾となった兵士を蹴散らした。アラクネの喉元まで迫ったランスが届くことはなかった。

アラクネは天井へと跳躍して逆さまになったままセリーヌを見下ろしていた。


「地上を這うことしかできない弱者が、力の使い方を教えてやるよ」


アラクネはゴブリンやオークなどの兵士をセリーヌの前へと呼び寄せる。

数でセリーヌを圧倒するため、集めた兵士でセリーヌをすり潰す。

セリーヌは炎を噴き上げ、アラクネを追い続けるが全てを消し炭に変えることはできなかった。


「私が負けるのか!」


魔力が底を尽き、セリーヌは力を使い果たしてしまう……


六つの朱い瞳が満足そうに力尽きたセリーヌを見下ろしていた。

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