第38話 500人
演習場に集合した数、500名。
騎士400、魔法師100。セリーヌの指示で動く遊撃隊。
王国の騎士、魔法士の総勢は13000人。数にしてみれば少なく感じるかもしれない。
それでも初めて500人が並んでいる姿を見れば、こんなにも多いのかと圧倒されてしまう。
「皆さん、彼があなた達を指揮するヨハン殿です」
集められた500名に向かって、公爵家の見眼麗しいセリーヌが声をかける。
その横に並ぶ俺はチンケな存在に見えることだろう。演習場に集められた者たちは、セリーヌが自分たちの指揮官だと思っていたようだ。
俺を見た騎士たちの落胆した顔は一生忘れられないな。
「セリーヌ様。よろしいでしょうか?」
セリーヌの紹介に対して、挙手して質問を求めた騎士がいた。
「はい。ミリーさんね。どうしたの?」
「どうして騎士である私達の指揮をそんな少年がとるのでしょうか?
トリスタント様やセリーヌ様ならば分かりますが」
ミリューゼ王女の部隊は女性が多い。ミリーと呼ばれたのは騎士は女性である。
いや、この場にいる騎士は全てが女性なのだ。
第三騎士師団に所属している騎士は全て女性で構成されている。魔法師団の100名は半分が女性である。
第三軍は元々王女様のために造られた軍であり、六羽も含め女性で構成されていた。そのため基本的に女性だけの部隊なのだそうだ。
そこに王女様が見込んだ男性、つまり俺や他の数名の男性が所属しているというわけだ。500人を見るまでそんなことも知らなかった。
「それはね。今回の作戦にあなた達の働きが重要な役割を持っているからよ。そして彼が指揮することが、今回の任務に適していると判断したからよ」
セリーヌの物言いに騎士達は俺の方を見る。
「私達は、自分の仕える主君は自分で決めたいと思います。よろしいでしょうか?」
「まぁ、あなた達はそういう人種だもんね」
ミリーの言葉にセリーヌも同意を返す。嫌な予感しかしない。
「じゃあヨハン殿、ミリーさんと決闘しなさい」
「はっ?どういう流れでそうなったんですか?」
「何っ?聞いてなかったのか?」
セリーヌは仕方ないわねと言いながら、耳元で説明てしてくれる。
話を要約すると、ミリーは自分達の主人としてヨハンを認められない。騎士の流儀として、戦略、戦術、実力を示してほしいと言っているのだ。
「とっいうわけで、皆さんもミリーさんが代表で問題ないわね?」
その一つとして、実力がこの中で一番高いミリーとの決闘になった。戦略はセリーヌが補うので問題なく。戦術はその場その場で各指揮官が補えばいい。
しかし、実力だけは指揮官としての力を見なければわからない。セリーヌは400人の騎士を見渡して反対がないか確認をとる。騎士たちに異論はないようだ。
「ヨハン殿に説明しておくわね。ミリーは第三騎士師団副団長をしてもらっているわ。トリスタント師団長に継ぐ実力者ということね」
「それって俺に戦うメリットあります?」
レベルも大分上がっているのでいい勝負は出来ると思うがめんどい。
「皆に認められるわよ」
「それだけじゃあな」
「それじゃあ、あなたが勝ったら望むことを一つ叶えてあげるわ。私にできる範囲でということになるけれど」
「それいいですね」
「無茶な要求は飲めないわよ」
「もちろんですよ。仕事に関することだけにします」
セリーヌに報酬をもらうことを決めてミリーを見る。カンナ、トリスタンの次に強いということは、騎士団のナンバー3ということだ。かなりの実力者だと思って挑まなければならない。
「わかりました。なんとかやってみます」
「へぇ~勝てるつもり?」
俺の返答にセリーヌは嬉しそうな、楽しそうな顔になっていた。もしかしたらミリーを事前にたきつけていたのもかもしれない。500名全員に見えるよう、中央へと移動する。
「ちゃんとした自己紹介がまだだったですね。第三魔法師団副団長ヨハンです。どうぞよろしくお願いします」
ミリーだけでなく。集まった500人に聞こえるように自己紹介をする。
「余裕があるんですね。副団長殿」
そんな俺の自己紹介を聞いて、ミリーが剣を肩に担いで待ってくれていた。
「余裕なんてないですよ。でも、多分この中では俺は年下です。礼儀を忘れてはいけないでしょう?」
「年なんて関係ありません。礼儀もいらない。あなたが力を示せば、私達は納得します」
ミリーの言葉に多くの騎士が頷いた。騎士はどうにも脳筋集団のようだ。100名の魔法師団の方を見れば、俺が勝つことに期待しているのか祈るようなポーズをとっている人までいる。そこまで期待されても困るのだが。
「それでは始めましょうか」
「ええ、では遠慮なく」
ミリーは持っていた剣を肩からそのまま振り下ろした。予備動作がない。彼女の身体は想像できないほどの腕力と速度に反応が遅れる。なんとか二本の斧で受け止めることができた。
「へぇ~魔法使いなのに斧を使うのかい?」
「元々冒険者ですから」
余裕があるミリーに両手で押し返し距離をとろうとする。それを許してくれるはずもない。
「ふふふ。面白い。ではこういうのはどうだい?」
中途半端に距離を空けたことが仇となる。中距離はミリーの距離だったらしく。剣の突きが放たれる。重い大剣なのに数本に見えるぐらいに速い。
もしも、戦士として斧だけで戦っていれば絶対に勝てない。
「無詠唱!」
セリーヌの叫び声、今は聞いてる余裕なんてない。
ミリーと自分の間に氷盾を作り出して剣を止める。
突然の魔法に驚いて動きを止めたミリーの横へとスライドする。体に触れるか触れないかの距離まで近づいたところでミリーが防御の姿勢に入った。
騎士が来ている鎧には魔法耐性が施されている。それでもゼロ距離から放たれる電撃は体を突き抜ける。
「ウグッ!」
身体が痺れる感覚など味わったことがないのだろう。突然の痛みにミリーが戸惑い、剣を落として座り込んだ。
「あまり傷つけたくないので」
決着をつけるため、ミリーの首筋に斧の刃を向ける。
「降参して頂けますね?」
「ああ。私の負けだ」
俺達のやり取りを見守っていた500人。騎士は何が起きたのか分からず、魔法士は騎士が降参したことに歓声を上げていた。
ミリーとの決闘で、俺はある確信を得た。この世界に来て、魔法とは元の世界にあった便利な道具の応用である。
いくらでも用途を変えてくれるしイメージ一つで加減もできる。まだまだ知識が足りないが、知識は本を読めば手に入る。
知識を得ればレベルが上がる。最高の環境に身を置いている。
「それまで勝者ヨハン!」
負けを宣言したミリーを見て、一番驚いていたセリーヌが勝利宣言を告げる。
「大丈夫ですか?」
体が痺れているミリーへ手を差し出す。一時的に動きを止める不意打ちだった。
もし、ミリーともう一度戦えば次は同じ結果を得ることは難しい。
「ああ、ありがとう」
手を握るミリーの頬は赤かった。騎士と言っても女性なのだ。男性に触れるのは嫌だったかもしれない。ミリーを起こして、500人の正面である所定の位置に戻った。セリーヌが脇腹を小突いてくる。
「ちょっとどうなっているの!あれは何よ」
小声なのに偉くデカい声で質問してきた。セリーヌだけでなく、他の者も何が起きたのか解説がほしいようだ。
「簡単なことですよ。サンダーの魔法を指サイズに縮小してミリーさんの素肌に当てました。
素肌に当たったサンダーが、神経インパルスに異常を与えて、全身を硬直させたんです」
説明をしても理解できていいない者がほとんどだった。魔法師団の連中は、理解はしていないが誇らしげな顔をしていた。
「まっまぁ、これでみんなもヨハン殿の力はわかったわね」
俺の力をわかっていないのはセリーヌだ。とりあえず実力を示すことができたので、話をまとめようとしている。
「ええ。私は認めます。魔法士がこれほどまでに強いとは知りませんでした。自らの実力を過信していた。良い戦いができた。ありがとう。魔法士との戦いは想定外なことがたくさんと起こると勉強になりました」
ミリーは負けた相手にも敬意を払える素晴らしい女性だった。セリーヌやマルゲリータとは大違いな態度に感心してしまう。
ミリーの発言で理解していなかった者達も、納得し始めて拍手が起こり始めた。
「ヨハン隊長!よろしくお願いします」
ミリーの声と共に500人が俺に向かって敬礼する。
「「「よろしくお願いします!!!」」」
500人に認められた俺は、セリーヌの耳元で「約束守ってくださいね」とささやいた。
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